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早ければ31日夕にも米仏でシリアを攻撃へ

木村正人在英国際ジャーナリスト

攻撃は限定的

シリアのアサド政権が化学兵器を使用したとされる問題で、オバマ米政権は国連調査団がシリアから退去するのを待って8月31日夕か9月1日に、フランスとともアサド政権の化学兵器貯蔵庫や部隊などを攻撃するとみられている。

地中海東部に展開中の米駆逐艦4隻、フランスの戦闘機ラファールから巡航ミサイルを発射、攻撃は48時間で終了するという。トルコやサウジアラビア、イスラエルが領空を巡航ミサイルや戦闘機が通過するのを認める形で、米仏のシリア軍事介入に協力する。

オバマ米大統領は「限定的で厳密な軍事行動だ。無制限な関与ではない」と強調、地上軍の投入は明確に否定した。

オバマ政権は、レッドライン(越えてはならない一線)と警告してきた化学兵器使用を黙認すれば、大量破壊兵器の使用が北朝鮮、イラン、レバノンのシーア派組織ヒズボラなどに拡散する恐れがあることを懸念している。

軍事介入の目的はアサド政権が化学兵器を再び使用しないよう懲罰を与え、抑止力をきかせることで、アサド政権と反政府勢力の軍事バランスを変えるものではないと強調している。

反政府勢力内のアクターが分裂、対立している上、イスラム原理主義組織ムスリム同胞団や国際テロ組織アルカイダとの関連が疑われるヌスラ戦線が影響力を増していることから、アサド政権転覆には欧米諸国も慎重になっている。

オバマ政権は、アサド政権の軍事施設への限定的な攻撃でアサド大統領が交渉のテーブルに着くことを期待している。

強い確信

ケリー米国務長官は30日、米国の情報機関による報告書を公表し、「強い確信(high confidence)がある」としてアサド政権が化学兵器を使用したと断定した。

報告書はA4判4ページ。それによると8月18日から準備が進められ、21日にダマスカス近郊12カ所でサリンなどを混合した化学兵器が使用された。アサド政権の支配地区からロケットが撃ち込まれた直後から化学兵器の被害が広がった。犠牲者は少なくとも1429人で、うち426人が子供。

アサド政権の高官が化学兵器を使用したことを認めたり、国連調査団の調査を心配したりする会話を傍受した。アサド政権は証拠隠滅のため、化学兵器使用後、砲撃の頻度を4倍に増やしたという。

ケリー長官は、イラクが大量破壊兵器を保有しているというデタラメな情報に基づき戦争に突入した経験に十分に配慮しているとした上で、「アサド政権が化学兵器を使用したのは事実だ」と断定した。

問われる正当性

しかし、国連安全保障理事会の決議を経ない軍事介入をめぐっては今後、正当性が問われそうだ。

オバマ政権は「窒息性ガス、毒性ガス等の戦争における使用」を禁じた1925年のジュネーブ議定書を「人道的介入」の法的根拠に挙げているが、安保理決議なしに化学兵器を使用した国を攻撃してもいいという特別な条項があるわけではない。

自国民の保護という国家の基本的な義務を果たす意思のない国家に対して国際社会が代わりに国民を保護する「保護する責任」という考え方がリビアでは適用されたが、この時は安保理決議があった。

30日、英BBC放送の報道番組「ニューズナイト」に出演した医師はシリアの現場で化学兵器の被害者の治療に当たった経験から「無作為は許されない」と早期の軍事介入を求めた。

こうした人道的要請はしかし、米仏が「世界の警察官」として振る舞うことにお墨付きを与えているわけではない。軍事介入でシリア情勢が混乱を深めた場合、オバマ大統領は軍事介入の正当性を厳しく問われることになりそうだ。

英国の苦悩

29日、キャメロン首相が出したシリア介入動議を議会が否決した英国では複雑な波紋が広がっている。戦争をめぐる首相の動議を議会が否決したのは1782年、米国の独立戦争をめぐる戦闘継続を議会が否決して以来、実に231年ぶりのことだという。この結果、米国は英国から独立を勝ち取った。

アフガニスタン、イラク戦争で計623人、2005年のロンドン同時爆破事件では市民52人が犠牲になった。「もはや英国は帝国ではなくなった。いつまでも身の丈以上の振舞い(punch above your weight)はできない」というのが国民の偽らざる思いだろう。

シリア軍事介入に参加していたとしても、英国の原子力潜水艦1隻から発射できる巡航ミサイルの数は高が知れている。英国の参加は軍事的貢献よりも、米国の軍事行動の正当性を高めるという意味合いが強い。

米国の大衆紙は「英国はついてこない」と1面に大見出しを掲げ、ケリー長官は記者会見で、軍事介入に参加するフランスを「われわれの最も古い同盟国」と持ち上げたが、英国についてはまったく言及しなかった。米国は言葉ではなく、行動でしか同盟国を評価しない。

米共和党の元大統領候補ジョン・マケイン上院議員は英紙フィナンシャル・タイムズに「英国が世界の主要プレーヤーから離脱した象徴的な出来事だ。ある種の終焉を告げている」と指摘した。

1956年のスエズ動乱で米国と対立し、撤退を強いられた英国はベトナム戦争を除いて徹底的に米国に追従してきた。ブッシュ元米大統領のイラク戦争に加担したブレア元英首相は「米国のプードル」と揶揄された。

しかし、国力の衰えと国民意識の変化から、英国でさえ米国に追従するのは難しくなってきたことを今回の出来事は物語る。化学兵器の使用は許容できない。しかし、英国は米国とともに「世界の警察官」として主導的に行動する能力も意思も失いつつある。(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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