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許すな!ヘイトスピーチ 裁かれたのは私たちの良心だ

木村正人在英国際ジャーナリスト

ヘイトスピーチは「違法」

朝鮮学校の周辺で民族差別などのヘイトスピーチを繰り返したとして、京都朝鮮学園(京都市)が市民団体「在日特権を許さない市民の会(在特会)」とそのメンバーらを相手取り、街宣活動の差し止めと損害賠償を求めた訴訟で、京都地裁の橋詰均裁判長は10月7日、差し止めを認め、計約1200万円の支払いを命じた。

在特会のメンバーらは2009~10年にかけ、旧京都朝鮮第一初級学校(休校)周辺でスピーカーを使って「朝鮮人をたたき出せ」「北朝鮮のスパイ養成所」などと連呼し、授業を妨害した。

学校の元校長は無許可で隣接する公園を学校の運動場代わりに占用していたとして都市公園法違反の罪で罰金10万円が確定。街宣を行った在特会のメンバーら4人は威力業務妨害罪などに問われ、有罪判決が確定している。

橋詰裁判長は「日本が批准する人種差別撤廃条約上の人種差別に当たり、違法だ」と指摘した。当然とはいえ、遅すぎた判決とも言える。在特会のヘイトスピーチに対して民事上「違法」という司法判断が示されたことになり、一定の歯止めがかかりそうだ。

裁かれたのは私たちの良心だ

これまでヘイトスピーチについて何度かエントリーしているが、1960年代に大阪市西成区で生まれた筆者にとって、在日韓国・朝鮮人が多い東京・新大久保や大阪・鶴橋で「朝鮮人を殺せ」と連呼するヘイトデモが頻発する光景は断じて受け入れることはできない。

在日差別はなくなったとは言えないまでも少しずつ社会は良い方向に向かって進んでいると信じて疑わなかった。筆者が産経新聞大阪社会部で働いていた2000年夏までは、在特会のような団体が大阪で大手を振って活動する事態は想像すらできなかった。

大阪の新聞記者も弁護士も政治家もいったい何をしていたのだろう。

北朝鮮の核・ミサイル開発、日韓関係のこじれという背景があるとはいうものの、人種的・民族的差別はまったく別の問題だ。

なぜ、ヘイトスピーチは許されないのか。

それは人種差別撤廃条約に反しているからではなく、人道に反しているからだ。1983年に書かれた『イギリス民主主義の危機』(K.W.ワトキンス著)にこんな一節がある。

「アフリカの黒人たちは完全に人間とはいえないのだという見方が受け入れられていたことは、奴隷貿易の支えになっていた。ナチ理論を受け入れると、その論理的帰結として何百万というユダヤ人がアウシュヴィッツやトレブリンカのガス室で殺されることになった」

この日、京都地裁で裁かれたのは在特会とそのメンバーではなく、在特会の主張を許すか許さないかという私たちの良心である。大阪で生まれ育った人なら誰でも在日差別を間近で体験したことがあるはずだ。

小学生の頃、在日の同級生の家族が経営する焼肉店で酔っ払いの男が同級生の祖母に向かって、「ここは日本なんじゃ。お前ら朝鮮人は朝鮮に帰らんかい」と罵倒した光景を忘れられない。在日の人々は戦後、こうした不当な差別に黙って耐えてきた。

中学校の卒業式、「俺たち朝鮮人はいくら勉強しても就職でけへんのや」と悪態をついていた不良少年が本名で堂々と校長先生から卒業証書を受け取った。非行に体当たりで取り組んできた先生や地域の強力な支援があったからだろう。

大学時代、大阪市生野区の学習塾でアルバイトをしていたが、在日の子供たちはやんちゃだったけれども、日本社会で生き残ってやろうというガッツがあった。

在特会の主張にうなずく人

在特会の主張に陰で相槌を打つ人は、心の中で在日の人たちに向けられる不当な差別を容認しているのだ。

欧州で起きた虐殺や弾圧の現場を訪ねると、言葉にできないような残虐な方法で人が殺戮された場所で子供たちが楽しそうに歓声を上げているシーンに出くわすことがある。

歴史上のありとあらゆる残虐行為が人間の心の中から生み出されてきたことを実感させられる。心の持ち方一つで、世の中は天国にも地獄にもなる。

極右が台頭する欧州

差別主義が台頭しているのは何も日本に限った話ではない。ギリシャ警察は9月28日、犯罪組織に所属した疑いなどで、極右政党「黄金の夜明け」の党首と国会議員4人を逮捕した。

ギリシャではその10日前、黄金の夜明けを批判してきた人気ヒップホップ男性歌手のパブロス・フィッサスさん(34)が刺殺された。

英民放チャンネル4ニュースは、黄金の夜明けの支持者が「色のついた移民は俺たちの水や空気、食べ物まで横取りしやがる。あいつらを丸焼きにして石鹸にするオーブンを用意しろ。移民で作った石鹸を使うと肌が荒れる。車か道路を洗うぐらいしか使い途がない」と吐き捨てるシーンを報じたことがある。

ハンガリー、ノルウェー、フィンランド、オランダ、オーストリア、フランスなどでも右翼・極右政党の躍進が目立つ。日本ではまだ、極右政党が国会の議席を占めたり、政権に参加したりする事態には至っていない。

体制批判を封じ込めたり、少数者を黙らせたりする目的で、「表現の自由」は歴史上たびたび、権力者によって制限されてきた。こうしたことから、「表現の自由」を絶対不可侵とする考え方もある。

しかし、大虐殺、拷問、奴隷、人道に対する犯罪に関して「表現の自由」は決して絶対ではあり得ないはずだ。

グローバル経済はこれから先進国と新興・途上国の格差を収斂させていく。その一方で、国家間よりも国内で貧富の格差がどんどん広がっていく。

低賃金労働を強いられ、社会から疎外された下流階層が憎悪や怨嗟を心の奥底にため込み、移民に怒りをぶつける現象が欧州ではすでに顕著に現れている。

憎悪や怨嗟が「愛国」の名を借りた排外主義に変貌する。どれだけその誘惑に耐えられるのか、私たちの人間性と寛容が試されている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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