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いよいよ本心を現した中国 日本は「連帯力」で持ちこたえろ

木村正人在英国際ジャーナリスト

中国が沖縄県の尖閣諸島を含む東シナ海上空に防空識別圏(ADIZ)を設定したのに対して、米戦略爆撃機「B52」2機が中国当局に事前通報せず尖閣周辺上空を飛行した。日本も米国に追従した。

尖閣は日本と中国の領土問題というより、台湾海峡と東シナ海をめぐる米国と中国のパワーゲームという本質を現してきた。

6月のオバマ米大統領と習近平国家主席の米中首脳会談で協調ムードが演出された。それだけに突然の防空識別圏設定にオバマ政権に衝撃が走ったのは間違いない。

28日、ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で「世界の中で変化する米国の役割」と題した討論会が開かれた。中国メディアの記者が「日中間で起こりうる紛争にどの程度まで米国は関与すべきなのか」と質問した。

メディアと言っても、中国当局の意向を受けて質問しているとみていい。

米国家安全保障会議(NSC)や米国務省でアジア問題を担当してきたゼニア・ドーマンディ女史は「関与しなかった場合のコストということに質問を置き変えてみよう。もし、米国が同盟国を守らなかった場合、日本の側に立たなかった場合、米国の評価はどうなるのか」と切り出した。

「2008年の世界金融危機のあと、米国の衰退がクローズアップされ、中国が台頭してきた。米国経済が回復し、米国衰退論はいったん影を潜めたが、財政の崖問題で政府機関が閉鎖され、再びぶり返した」

今年7月に発表された米ピュー・リサーチ・センターの国際世論調査によると、欧州の57%、米国の47%が「やがて中国が世界の覇権を握る」と答えた。

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「私は米国衰退論にはくみしない。信頼されること、予測可能という評価を保つことは国家と国家の間において多大な意味を持つ。しかし、米国はブランドを失い、評価にあまりこだわらなくなった」

ドーマンディ女史は「ケリー米国務長官が、緊張が高まる日中関係についてどっちつかずの態度を示したため、日本の関係者は私に『米国は信頼できない』と漏らした。これは非常に危険なことだ。もし、米国が同盟国を守らなかったら、代償は高くつく」と語った。

司会者の米紙ニューヨーク・タイムズのスティーブン・アーランガー・ロンドン支局長は「これは日本だけの問題ではない。東南アジアの問題だ。米国は関与すべきだ」と述べる一方で、「日本の攻撃的な態度は何の助けにもなっていないが」と指摘した。

この期に及んで、まだ日本の対応が日中間の緊張の一因と公言する鈍感さには愕然としたが、日本から遠く離れた英国ではこうした見方が決して少なくないのも現実なのだ。

従軍慰安婦をめぐる河野談話や、村山談話の見直し、安倍晋三首相の「侵略の定義」答弁、靖国参拝、防衛力強化、集団的自衛権の行使容認、憲法改正の動きを結びつけて「日本の軍国主義復活」をイメージさせるのが一部日本メディアと欧米の主要紙の典型的なパターンである。

その思考に基づき、米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官が安倍首相の靖国参拝を牽制するために千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れたが、今回の防空識別圏の設定でアジアにおける中国の覇権意識に気づかなかったとしたら、鈍感を通り越している。

だから米国は3日後にB52を飛ばしたのだ。

尖閣問題の本質は安倍首相が掲げる「戦後レジームからの脱却」という政治スローガンではなく、中国の国家戦略にある。

東シナ海の日本の防空識別圏が中国によって侵された場合、台湾有事の際、米国の軍事行動が制約されてしまう。欧米メディアは尖閣について「誰も住まない小さな島をめぐって日中間の緊張が高まる」と報じるが、東シナ海から米国を追い出すことが中国の中期的な目標であることを見落としている。

中国が「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイルなど接近阻止・領域拒否能力を増強するのは、1996年の台湾海峡危機で受けた屈辱が背景にある。

今度は制海権を通り越して、制空権につながる防空識別圏の設定である。無害通航権が認められる領海とは異なり、領空に接近する航空機に対しては戦闘機で対領空侵犯措置を取れる。尖閣をめぐる緊張は一触即発という危険な局面に突入した。

台風30号「ハイエン」の被害にあったフィリピンを支援するため、自衛隊の統合任務部隊司令部の田中1佐が27日、英空母「イラストリアス」に乗艦した。連絡幹部として国際緊急援助活動にかかる日英間の調整を行っている。

英空母「イラストリアス」に乗艦した統合任務部隊司令部の田中1佐(防衛省提供)
英空母「イラストリアス」に乗艦した統合任務部隊司令部の田中1佐(防衛省提供)

「日英同盟復活プロジェクト」の確実な歩みの1つである。

尖閣と東アジアに対する中国の圧力は今後、一段と激しさを増すのは必至だ。日本は中国の挑発に乗ったり、自ら歴史問題を蒸し返したりする愚を犯すことなく、国際社会の平和を守る勢力として、日米同盟を深化させ、欧州と東南アジア諸国との連帯を強める必要がある。

特定秘密保護法をめぐっては国会が紛糾したが、国家の安全を守るためには、知る権利を一定の範囲で制限してでも守るべき秘密があるのは当然のことである。

そして、集団的自衛権の行使容認はもはや待ったなしである。「集団的自衛権の行使を容認すれば、地球の裏側まで行って戦争ができるようになる」というのは詭弁である。行使するのは国民の意思に基づくからだ。

東シナ海や西太平洋で自衛隊の航空機や護衛艦が米軍やオーストラリア軍と行動をともにするとき、集団的自衛権を行使できるようにしておくことで連帯を強化できる。

「憲法上、集団的自衛権を行使しない」という制約に縛られながら、中国の圧力を今後数十年はね返すのは難しい。自国の領土を守るのに「あなたに万一のことがあっても助けることができません」という国に、一体誰が力を貸してくれるのか。日本もそろそろ目を覚ましていい頃だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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