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ドイツ国防相は7児のスーパーママ、メルケル首相の後継者?

木村正人在英国際ジャーナリスト

サプライズ人事

ようやく社会民主党(SPD)との連立にこぎつけたドイツのメルケル首相は15日、第3次メルケル政権の閣僚メンバーを発表した。

ドイツのフォンデアライエン国防相(同氏のHPより)
ドイツのフォンデアライエン国防相(同氏のHPより)

サプライズだったのは、7人の子供の母親であるウルズラ・フォンデアライエン労働社会相(55)を国防相に指名したことだろう。

ドイツでは初の女性国防相の誕生である。政策をめぐって衝突を恐れないフォンデアライエン氏の政治手法はメルケル首相とは正反対。

女性役員のクォーター(割り当て)制を強硬に主張して党(キリスト教民主同盟=CDU)と対立、合意形成型のリーダー、メルケル首相から干されるのではという観測も流れていた。

にもかかわらず、メルケル首相がフォンデアライエン氏を要職の国防相に昇進させたため、ドイツメディアは「4選を否定しているメルケル首相による事実上の後継指名」ともてはやしている。

ドイツでは「女性は教会、台所、子供を大切にすべきだ」という保守的な考え方が残っており、女性が家庭と仕事の「両立」ではなく、どちらかを選択せざるを得ない空気を醸し出している。

米中央情報局(CIA)のワールド・ファクトブックによると、ドイツの合計特殊出生率は1.42(2013年推定)で世界200位。移民増を除くとドイツは人口減少に転じている。フランスは2.08で117位、英国は1.90で140位。ちなみに日本は1.39で208位だ。

7児の母であるフォンデアライエン氏が将来、ドイツの首相に就任するようなことになれば、ドイツを覆い始めた少子高齢化の流れを逆転させることができるかもしれない。

メディア批判にめげないしたたかさ

フォンデアライエン氏のすごいところは保守的なドイツの中でもさらに保守的な政党CDUの中で、子育てとキャリアを見事に両立させていることだ。

メルケル首相には再婚相手の連れ子2人(大人)がいるが、出産経験はなく、家族のメディア露出は極力避けている。

これに対して、フォンデアライエン氏は動物とたわむれる9人家族の写真をメディアに提供して「子供をダシに使っている」と批判されたり、「役所の秘書を家政婦代わりに使っている」とたたかれたりしたこともある。

負けても勝ったような顔をしているところがフォンデアライエン氏の最大の持ち味だ。ヘアスタイル、美貌、キャリア、家族、どれを取っても完璧すぎて、目立ちすぎるのが彼女の欠点かもしれない。

ニーダーザクセン州首相(CDU)だったエルンスト・アルブレヒト氏を父に持つ。1958年、ベルギーのブリュッセル生まれ。独ゲッティンゲン大学や英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済学を学んだが、医学を志し、独ハノーファー医科大学に進んだ。

ハノーファー大学病院産婦人科に勤務。そして、結婚。米スタンフォード大学の研究員となった夫とともに4年間、渡米した。英語にもフランス語にも堪能な国際派だ。

フォンデアライエン氏は30代初めにCDUに入党したが、活発に活動し始めたのは40代になってから。2003年にニーダーザクセン州議会選に当選、同州政府の社会・女性・家族・衛生相に抜擢されて、メディアの注目を集めた。

05年、メルケル党首により「専門チーム」の一員に指名されてから、家庭相、労働社会相を歴任した。

国防は未知数のソリスト

家庭相時代に、月額300〜1800ユーロの育児手当を支給、有給の父親育児休暇など中道左派的な社会改革を促進、保守的なCDUのイメージアップに貢献してきた。インターネット上の児童ポルノをシャットアウトしたことでも話題をまいた。

やり手であることは間違いないが、独自路線を貫くことから「ソリスト」と批判されることもある。しかも、これまでの経歴を見ると、国防とはまったく無関係だ。

実はフォンデアライエン氏の名前が外相候補として挙げられたとき、ドイツ外務省の関係者は「えっ」とあわてたそうである。外交や国防に素人のママには来てもらいたくないというのが同外務省の本音だったのだろう。

ドイツは自動車の輸出、エネルギーの輸入でロシアとの関係を深めており、欧州連合(EU)の対ロシア外交が甘くなるのではとバルト三国や旧東欧諸国をやきもきさせている。

さらに、ドイツはリビア、マリなどの軍事介入について否定的な姿勢を鮮明にし、武力行使をためらわない米国や英国、フランスとの距離を広げた。

北大西洋条約機構(NATO)をめぐっては、欧州に配置されている米戦術核の撤去問題、アフガニスタン撤収後のNATOの役割、欧州の防衛力再編など、課題が山積している。

米国の欧州離れが顕著になる中、足並みが乱れる英仏独の3カ国が欧州と中東・北アフリカの安全保障にどう取り組んでいくのか。スーパーママ、フォンデアライエン氏の一挙手一投足は否が応でも世界の注目を集めそうだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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