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調査捕鯨差し止め訴訟 日本が衝撃の全面敗訴

木村正人在英国際ジャーナリスト

南極海で日本が行っている調査捕鯨は「事実上の商業捕鯨だ」として、反捕鯨国のオーストラリアが国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)に差し止めを求めた裁判の判決が31日、言い渡されました。

ペテル・トムカ所長(裁判長)は「日本政府は国際捕鯨取締条約を順守して行動してない」と判断、現在の調査捕鯨・JARPA(南極海鯨類捕獲調査)2について差し止めを認めました。

賛成意見は12人、反対意見は日本の小和田恆氏を含め4人。今回の判事16人のうち10人は反捕鯨国出身でした。

総論として調査捕鯨の権利は認められましたが、「JARPA2は国際捕鯨取締条約8条の調査捕鯨に当たらない」という日本全面敗訴の内容です。

日本政府は判決に従う考えを示しており、1987年から続けてきた南極海での調査捕鯨は中止に追い込まれる見通しです。

オーストラリアの反捕鯨ジャーナリストでさえ、国際捕鯨委員会(IWC)への差し戻し判決を予想していただけに、JARPA2の差し止めに反捕鯨国も日本政府も驚いたに違いありません。

外務省の切り札、鶴岡公二・現TPP(環太平洋連携協定)首席交渉官もこの日、法廷で判決に聞き入りました。

鶴岡首席交渉官は昨年6月26日から7月16日まで実に計41時間35分に及んだ口頭弁論にフル出場しました。

エースを投入、総力戦で臨んだ戦後初の国際(ICJ)法廷で予想外の全面敗訴を喫したことは中国や韓国との間で領土問題や歴史問題を抱える日本外交には大きな痛手になります。

現に在オランダ韓国大使館の職員は昨年の口頭弁論を熱心に傍聴していました。

この日の判決で、トムカ所長は「JARPA2は広い意味で科学的な調査といえるだろう」と判定する一方で、捕獲枠ミンククジラ最大935頭、ザトウクジラ50頭、ナガスクジラ50頭について「規模が大きすぎる」と述べました。

また「クジラを殺す調査方法は合理的でないとは言えない」と判断しながらも、(1)調査期限が定められていない(2)研究結果が限られている(3)国際的な研究機関との協力が欠如している―ことなどが日本の調査捕鯨の意図に疑念を抱かせていると指摘。

「JARPA2の計画そのものよりも、実行方法をみると、日本政府の所期の動機は科学目的ではないと推察され、よって国際捕鯨取締条約に違反している」と判断しています。

昨年の口頭弁論で日本側証人、オスロ大学のラース・ワロー名誉教授が「ザトウクジラとナガスクジラは調査捕鯨の対象に含まれるべきではない。ミンククジラの捕獲枠がどのようにして決められたのか本当のところわからない」と想定外の証言をしました。

日本側証人がJARPA2の規模と方法に疑問を唱えるという不手際が致命傷になった可能性は否定できません。

調査捕鯨とは国際捕鯨取締条約第8条に基づき、クジラ資源の調査を目的に南極海などで行われている捕鯨活動のことです。IWCの捕鯨全面禁止により、日本の南極海母船式捕鯨は1987年から、沿岸捕鯨も翌88年から中止されました。

しかし、日本政府は科学調査を目的に南極海でミンククジラの調査捕鯨を始めました。これに対し、各国から事実上の商業捕鯨だという批判が上がり、IWCで話し合いが進められてきましたが、捕鯨国と反捕鯨国の対立でIWCの機能はマヒしてしまいました。

捕鯨をめぐっては実にいろいろな考え方があります。筆者は個人的に自然の恵みを持続的に享受するのは人間の知恵だと思います。

7年以上にわたるIWCの取材を通じて「反捕鯨国は日本沿岸での商業捕鯨再開を認める代わりに、日本政府も南極海での調査捕鯨を自主的にあきらめる」というような妥協が成立すればいいのにと考えるようになりました。

しかし、今回の判決で反捕鯨国が勢いを増すのは避けられそうにありません。オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、アメリカ、オランダなど反捕鯨国の結束は強力です。

日本は2005年、クジラの資源管理を目的にしたJARPAから生態系モニタリングを加えたJARPA2に切り替えました。それまでは調査捕鯨の捕獲枠はミンククジラ440頭でしたが、上述した通り、一気に増やしました。

皮肉にもこれを境に日本の調査捕鯨船団に対する環境テロリスト団体シー・シェパードの妨害がエスカレートし、2010年度に調査捕鯨は初めて中止に追い込まれました。

2012年度の捕獲頭数はミンククジラ103頭と、調査捕鯨が始まった1987年以降で最低に落ち込みました。

日本では2000年末に約1900トンだった鯨肉の在庫量が、商業捕鯨国アイスランドからの輸入の本格化で、一時5000トンを上回り、売れ残った鯨肉がドッグフード材料に使われているというニュースも流れるようになりました。

水産庁によると、2012年に日本国内に供給された鯨肉は5028トン。内訳は南極海の調査で捕獲された鯨肉は992トン。北西太平洋の調査捕鯨で1564トン、日本沿岸の調査捕鯨で431トンだそうです。

反捕鯨の立場からクジラ裁判をウオッチしたオーストラリアの有力紙エイジ(メルボン)のアンドリュー・ダービー記者は昨年、次のように分析していました。

「日本が南極海での調査捕鯨枠を減らすことについて、シー・シェパードの妨害行為も一因だが、調査捕鯨を実施している日本鯨類研究所の財政問題も大きく、以前ほど日本政府が調査捕鯨に精力を傾注できなくなったことも背景にあります」

南極海での日本の調査捕鯨阻止を公約に掲げて登場したオーストラリアのラッド前首相は2010年、機能不全に陥っているIWCに見切りをつけ、日本を相手に調査捕鯨の差し止め訴訟をICJに起こしました。反捕鯨国のニュージーランドも訴訟に加わりました。

オーストラリアは今回の法廷で、調査捕鯨で捕獲されたミンククジラの鯨肉は日本の市場に流通しており、「科学調査に名を借りた商業捕鯨だ」「クジラを殺さなくても科学調査は可能」「年間約1千頭の捕獲頭数は多すぎる」と主張しました。

オーストラリアのフレーザー首相(当時)は1979年、同国議会で「クジラは特別で知的だ。政府は南極海を含むオーストラリアの漁業水域でのすべての捕鯨を禁止する」と宣言しました。それから反捕鯨はオーストラリアの国是になったといわれています。

オーストラリアの元環境相は、環境テロリストのレッテルがはられるシー・シェパードのワトソン代表を「世界で最も偉大な環境保護活動家の1人」ともてはやしたことがあります。

オーストラリアは調査捕鯨差し止め訴訟のため日本円にして20億円を費やしたと言われています。政権は労働党から日本と協調的な外交政策をとる自由党に変わりましたが、今回の判決で反捕鯨の国内世論は強まりそうです。

日本を含む多くのICJ加盟国は、相手国の提訴に応じる義務を受け入れています。このため、日本はオーストラリアの提訴に応じ自動的にICJの法廷に参加しました。

日本側は「オーストラリアは近隣国との兼ね合いから南極海の排他的経済水域(EEZ)について自らICJに留保を申し立てている。その海域について裁判を起こせる権限があるのか」と主張しましたが、トムカ所長に早々と退けられました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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