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債務危機国の市場復帰は朗報か【デモクラシーのゆくえ:欧州編】

木村正人在英国際ジャーナリスト

ポルトガルが約3年ぶりに国債入札を再開するそうです。3月中旬、アイルランドが3年半ぶりに入札を行い、4月にはギリシャも国債発行を再開しています。

欧州債務危機で欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)から緊急融資を受けた国々が順調に国債市場に復帰しています。これは果たして朗報なのでしょうか。

筆者は市場の動向にはそれほど詳しくありません。でも「門前の小僧習わぬ経を読む」で少しは市場の意図がわかるようになりました。

欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁がデフレ懸念・ユーロ高を警戒して、追加の金融緩和をにおわせています。

超タカ(金融引き締め)派の筆頭であるドイツ連銀(ドイツの中央銀行)のワイトマン総裁もデフレ突入を警戒して、量的緩和を否定しないようになりました。

金融が緩くなるとき、市場はリスクを取るように動きます。利回りが低い安全資産より、少々リスクがあっても利回りのいい金融商品を買うようになります。

ギリシャ10年物国債の金利(長期金利)は2012年3月の39.85%から6.11%まで下がりました。

ポルトガルの長期金利は12年1月の17.34%から3.74%に、アイルランドの長期金利は11年7月の14.49%から2.85%に落ち着いています。

潮の流れが変わると言います。

市場が「欧州売り」から「欧州買い」に一変したのは、ドイツのメルケル首相がユーロ圏の債務危機国を見捨てないと決断したのを受け、ECBのドラギ総裁が12年7月に「ユーロを救うため、やれることは何でもする」と宣言したことが大きかったです。

市場はこうした動きを受けて、リスクはくすぶるものの利回りのいいポルトガルやギリシャの10年物国債を買っているのだと思います。

ユーロバブルの崩壊で30~40%下落したスペインの住宅市場も回復し始めているという報道もあります。崩壊の危機は去ったものの、ユーロ圏にはこれから本当の試練が待ち受けます。

債務危機の震源地になったギリシャでは2008年から対国内総生産(GDP)比でマイナス成長が続いています。

08年マイナス0.2%、09年マイナス3.16%、10年マイナス4.86%、11年マイナス7.16%、12年マイナス6.99%、13年マイナス3.9%。

07年を100にすると、こんな感じで経済が縮小しています。これが、筆者が作成したギリシャの経済規模のグラフです。

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失業率は現在27.5%。こんな感じで増えています。

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英紙フィナンシャル・タイムズのコラムニスト、Wolfgang Munchau氏は、ギリシャの政治経済学者ヤニス・バロウファキス氏の衝撃的なデータを伝えています。

それによると、ギリシャ280万世帯のうち230万世帯が税金を滞納、年金を主な収入源とする世帯が48.6%を占めるそうです。就業者は350万人で、失業者や仕事に就くのをあきらめた470万人を支えているのだそうです。

14年2月の消費者物価指数は前年同月比1.1%の下落となっています。ギリシャ経済の体温は完全に冷え込んでいます。デフレに突入しています。

国債市場に復帰できたからといって、ギリシャ経済が回復したわけではありません。破綻しているのです。

ギリシャ財務省の14年1~2月財政統計では、財政収支は4億8700万ユーロの黒字になっています。長期金利を6.11%まで押し下げる代償としてギリシャは民主主義の健全性を損ないました。

5月の欧州議会選を前にしたギリシャの世論調査を見ると、背筋が寒くなります。インターネット上の百科事典ウィキペディアから数字を拾ってみます。

11年まで政権を率いた全ギリシャ社会主義運動(PASOK)は5%前後で低迷し、EUとIMFの再建策に反発している急進左派連合(SYRIZA)が第一党になる勢いを見せています。

極右政党・黄金の夜明け党も大きく躍進しそうです。

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欧州議会議員の任期は5年で、今回から定数は751議席。選挙方式は国によって異なります。有権者は3億9千万人です。

欧州議会は徐々に立法権限が強化されてきましたが、例えば「議会主権」といわれるイギリスの議会のように絶対的な権限が与えられているわけではありません。

自分の1票の影響力が目に見えないため、投票率は回数を経るにつれ、下がってきています。

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これまでスポットライトがあまり当たらなかった、その欧州議会選に注目が集まっています。

債務危機の原因となった欧州単一通貨ユーロやEUそのものに根本的な疑念を唱える欧州懐疑派が台頭しているからです。

欧州のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)は次のような報告書をまとめました。

欧州懐疑派は欧州議会選で、フランス、イタリア、イギリスで勢力を増し、ギリシャ、チェコ、オランダで主要な政治勢力になるそうです。デンマーク、オーストリア、リトアニア、ハンガリー、フィンランドでも得票を大幅に伸ばしそうです。

欧州懐疑派は次のようにグループ分けできます。

(1)極右政党のフランスの国民戦線、ハンガリーのヨッビク、ギリシャの黄金の夜明け党

(2)国家主権を強調するイギリス独立党(UKIP)、ドイツのための選択肢

(3)欧州議会の会派、欧州保守改革グループに属するイギリスの保守党、ポーランドの法と正義

(4)左派のギリシャの急進左派連合、ドイツの左派党

EU域内の世論調査ユーロバロメーターによれば、07年には52%のEU市民がEUに対してプラスイメージを持っていましたが、今は31%に減りました。

逆にマイナスイメージは15%から28%に増えました。

EUを信頼すると答えた人は31%で、信頼しない人は58%にのぼっています。

ECFRのマーク・レオナルド所長は「アメリカのティーパーティー(茶会党)より欧州懐疑派の台頭の方が、影響が大きいだろう。欧州議会を自己嫌悪する勢力が議会内に生まれ、最終的に議会の解体を要求するようになる」と分析しています。

EUは主に、

(1)加盟28カ国の最高協議機関で、各国首脳、常任議長のEU大統領、欧州委員会委員長でつくる欧州理事会(EU首脳会議)

(2)EUの主な立法、意思決定機関で加盟国の閣僚で構成させる閣僚理事会

(3)EUの政策を立案し、行政執行機関の役割も持つ欧州委員会

(4)閣僚理事会と共同で立法権を持つ欧州議会――からなります。

欧州議会は09年に発効したリスボン条約で権限が強化されています。欧州懐疑派が影響力を持つと、欧州統合は大きく停滞する恐れがあります。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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