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【日米首脳会談】頼りにならないオバマとの交際術

木村正人在英国際ジャーナリスト

3年5カ月ぶりの来日

オバマ大統領が23日夜に来日する。国賓としてのアメリカ大統領の来日は1996年のクリントン元大統領以来18年ぶりだそうだ。「国賓」カードは、腰が重いアメリカの大統領を日本に呼び寄せる切り札なのかもしれない。

オバマの来日は2010年11月に横浜市で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合に出席して以来、3度目だが、3年5カ月余も日本にやって来なかった。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を嫌って中国に秋波を送ったクリントンも1993年7月から96年4月にかけ2年9カ月余も日本に来なかった。

第1次安倍政権以降、日本の首相が猫の目のように代わった恨みがあるにせよ、オバマの3年5カ月余は相当長い。

どれだけ長いかというと、3年以上、アメリカ大統領の来日がなかったのは(1)アメリカ大統領の初来日となった74年11月(フォード大統領)から79年6月(カーター大統領)の4年7カ月余(2)80年7月(カーター大統領)から83年11月(レーガン大統領)の3年4カ月の2回しかない。

しかも、今回は、沖縄・尖閣諸島をめぐって中国の圧力が強まり、同盟国の日本が窮地に立たされていた時期だけに、この空白を看過するわけにはいかない。

同盟を維持するのは難しい

近代以降、日本は日英同盟、ドイツ、イタリアとの三国同盟、日米同盟と、3つの同盟を結んだ。三国同盟は国家を破滅に導き、日英、日米同盟は日本に繁栄をもたらした。

どんなに上手く行っている同盟でも、維持するのは難しい。双方が衰退し始めているとしたら、なおさらである。

日米同盟のアメリカを男性にたとえるなら、日本は甲斐甲斐しくて、働き者の女性だった。しかし、90年代の金融バブル崩壊後、老いさらばえ、手ばかりがかかるようになった。

しかも、近所付き合いはヘタで、もめごとばかり起こしている。

方や、中国は元気いっぱいで、アメリカとしても上手に付き合わないといけない。短期的な為替変動を排した購買力平価(PPP)ベースでは、中国経済は2018年、アメリカ経済に追いつくと予想されている。

「日本を相手にしている暇はない」というのが、来日を3年5カ月余も先送りにしてきたオバマの本心だろう。

世界のレームダック

安倍首相にとっては待ちに待ったオバマ来日だが、オバマの評判はお膝元のワシントンだけでなく、国際社会でもすこぶる悪い。

中東では、「アラブの春」で長年にわたるアメリカの盟友エジプトのムバラク大統領をあっさり見捨てた。シリア軍事介入の回避、核開発をめぐるイランとの対話路線に親米国家イスラエルとサウジアラビアが激しく反発している。

欧州では、アメリカ国家安全保障局(NSA)によるドイツのメルケル首相の携帯電話やフランスの在外公館の盗聴が暴露され、アメリカとの同盟に対する不信感が広がっている。

ロシアのプーチン大統領のクリミア編入でも、オバマは「外交」という掛け声ばかりで、抑止力としての部隊展開を早々と否定してしまった。

オバマの相談相手はイギリスのキャメロン首相でもフランスのオランド大統領でもない。リビア軍事介入の国連安保理決議を棄権したドイツのメルケルというから救いがない。

ドイツも日本同様、軍事アレルギーの強い経済国家だ。

ポーランドやバルト三国は、「アジア・ピボット(回帰)」ではなく「ヨーロッパ・ピボット」を――と必死に叫ぶが、オバマは動かず、背筋を寒くしている。

そして、BRICs。

プーチンはシリア問題でオバマの足元を見透かし、ウクライナ問題でさらに揺さぶりをかける。

中国の習近平国家主席も「新しい大国関係」を掲げ、台湾、チベット、南シナ海、東シナ海における中国の「核心的利益」に口出しするなとオバマに無理難題を突きつける。

インドの新首相に選出される見通しのナレンドラ・モディ氏はヒンズー至上主義者で訪米ビザを拒否されており、アメリカとの関係が今後どうなるのか予想がつかない。

ブラジルのルセフ大統領はスノーデン事件でアメリカ公式訪問を延期した。

「アジア回帰」は信頼できない

無聊をかこつオバマに熱烈なラブコールを送ったのが安倍晋三首相だ。昨年末の靖国神社参拝で在日米国大使館から「失望した」とまで言われたが、落ち目のオバマを「国賓」として迎え入れた。

2020年までに米海軍力の60%をアジアに集中させるという「アジア回帰」政策をどこまで信頼できるのか。

ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のアメリカ・プロジェクト部長ゼニア・ドーマンディ女史の最新レポート「アジア・太平洋安全保障:変化するアメリカの役割」を読むと、とても楽観できない。

ゼニアはアメリカ国家安全保障会議(NSC)、国務省で要職を務めたアメリカ外交のベテラン。尖閣問題でも同盟国・日本への配慮をオバマ政権は忘れていると警鐘を鳴らしてきた。

「私はアメリカが衰退するとは思わない」と毅然と語ってきたゼニアだが、最新レポートは「アジア回帰」政策の限界を感じさせる。

結論は「他の地域と同様、アジア・太平洋でもアメリカの役割は変わり続ける」ということだ。

太平洋戦争で日本に勝利し、アジアへの関与を決定的にしたアメリカだが、これからは、国防費削減、国内問題優先で武力を行使する役割は後退すると分析する。

アメリカが武力を行使するのは、アメリカの国益が致命的な侵害を受ける恐れがあるときだけだという。それが「尖閣事変」を指すのか、「台湾有事」を意味するのかはわからない。

非伝統的な脅威

ゼニアは今後15年、伝統的な形の国家対立は非伝統的な形で起こると予想している。

(1)天然資源へのアクセス妨害

(2)経済的な敵対関係

(3)サイバー空間、軍事衛星、通信衛星への攻撃

こうした非伝統的な形での対立がエスカレートした場合にのみ、伝統的な武力行使という形での国家間の衝突が発生するという。

「アメリカはアジア・太平洋で中心的な役割は果たし続けるが、リーダーではなく、リーダシップを分担するようになる」とゼニアは指摘している。

アメリカの武力をかつてのようにあてにはできない。このため、日本を含めアジア諸国は軍備を増強している。しかし、伝統的な武力をいくら増強しても、非伝統的な脅威には対処できない。

緊張をエスカレートさせないため、環太平洋経済連携協定(TPP)やASEAN(東南アジア諸国連合)、APEC(アジア太平洋経済協力会議)などを舞台にした外交力も強化することが重要になる。

アメリカは根本的に中国との対立を望んでいない。これが安倍首相とオバマの大きな違いだ。

歴史問題、中国との関係で日本と韓国の利害は鋭く対立。アメリカは日米韓の安全保障トライアングルを機能させるのは難しいと判断したようだ。

安倍首相の選択肢

そんな中で、日本と安倍首相の選択肢は限られている。

日米同盟を維持するため、農業問題で妥協してTPP交渉を成立させること、集団的自衛権の行使を必要最小限の範囲に限定して容認することは避けては通れない。

いざという時、同盟国を守らない国をいったい、どこの国が守ってくれるのか。ロシアの脅威にさらされるポーランドもバルト三国もイラクやアフガニスタンで血を流している。

尖閣事変が起こらないよう監視を怠ってはいけないのはもちろんだが、有事の際は日本が文字通り尖閣を死守する覚悟と備えが必要だ。自国の領土を自国以上に守ってくれる同盟国など存在しない。

日本の覚悟と備え、それに日米同盟の後ろ盾が中国に対する抑止力になる。

日銀の異次元緩和だけでは不十分だ

日本経済を再生させることが大事だが、日銀の異次元緩和だけでは不十分だ。人口減少と少子高齢化に対応する長期の人口政策に着手しなければならないのは言うまでもない。

アメリカでさえ、中国の台頭を認めた上で、アジアの平和的な繁栄を継続させる長期的な国家戦略を立てている。

一方、日本は安倍首相の経済政策アベノミクスは株価にらみ。外交・安全保障政策は中国との緊張が高まるばかりで、硬直化している。日韓関係も暗礁に乗り上げたままだ。

全チャンネル、フル回転を

中国も韓国も歴史問題で日本を追い込む姿勢を強める中、安倍首相が状況を好転させるのは難しい。しかし、これ以上、悪化させない努力は最低限必要だ。

国内受けを狙って、日本から歴史問題を蒸し返し、無用に中国との「対立」をあおるのは愚の骨頂だ。

幸い、中国、韓国を除くとアジアの対日感情は良好である。尖閣をめぐる緊張を日本から高めることがないよう、TPP、ASEAN、APECを軸に外交力を強化しなければならない。

軍備増強、日米同盟の強化だけで問題は解決しない。その日米同盟も後ろ盾としてしか期待できないのが厳しい現実だ。

日本はアジアの平和と安定、繁栄を達成するため、歴史問題の思考停止に陥らず、外交・安全保障、経済関係など、あらゆるチャンネルをフル回転させるときだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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