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懐疑派、極右・右翼の温床になる欧州議会選【デモクラシーのゆくえ:欧州編】

木村正人在英国際ジャーナリスト

5月22日~25日に行われる欧州議会選の投票が近づいてきた。結果はとても楽観できない。

欧州議会は3億9千万人の有権者と欧州連合(EU)の距離を埋めるために設けられた。しかし、「民主主義の赤字」を解消するどころか、欧州統合を阻止しようと手ぐすね引く懐疑派、極右・極左の欧州議会議員がウジャウジャ誕生する見通しが強まっているのだ。

どれぐらい当選すると予想されているのか、シンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)の報告書「欧州会議派のうねりとその対策」から数字を拾ってみよう。

極右・右翼政党77議席

欧州保守改革連盟46議席

欧州統一左派・北方緑の左派同盟55議席

五つ星運動(イタリア)20議席

移民、既成政党、EU官僚への不信から、欧州統合に懐疑を唱える政党が獲得しそうな議席数を合わせると、751議席中、実に200議席近くを占める勢いだ。

これを円グラフにしてみると次のようになる。

画像

青っぽい部分が懐疑派勢力である。欧州統合を推進する勢力が多数派を形成するには、中道右派の欧州人民民主党、中道左派の欧州社会・進歩連盟、中道リベラルの欧州自由民主連盟の主要3会派が「大連立」を組まなければならない。

「形だけの議会」という批判を解消するため、欧州議会の権限は次第に強められてきた。

(1)新しい欧州委員長と欧州委員会の任命を承認し、3分の2の多数で罷免する権限

(2)閣僚理事会と共同で予算に関する権限を保有

(3)欧州委員会が提出した法案を閣僚理事会とともに制定する権限

(4)国際協定、新たな加盟国の決定などについては、閣僚理事会は欧州議会の同意を得なくてはならない

低下する一方の投票率を引き上げる「目玉」として、今回初めて主要会派がそれぞれ欧州委員長の候補者を立てて選挙戦を戦っている。

しかし、欧州議会の権限が強化されたことで、懐疑派が次の選挙で台頭すれば、逆に欧州プロジェクトを滞らせることができる。これを防ぐため、主要3会派が「大連立」を組むことになれば、「民主主義の赤字」はますます大きくなる。

有権者はこれまで中道右派、中道左派のいずれかを選ぶことで欧州の進む方向を決められたが、これからは欧州統合をめぐる「推進派」か「懐疑派」を選ばなければならない。

こうした傾向はすでにEU加盟国の国政選挙でも顕著に現れている。中道右派と中道左派が「大連立」を組むようになった国は少なくない。

ドイツ キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)

イタリア 民主党、新中道右派及び中道勢力

オランダ 自由民主党(VVD)と労働党(PVDA)

フィンランド 国民連合、社会民主党など6党

オーストリア 国民党と社会民主党

ギリシャ 新民主主義党(ND)と全ギリシャ社会主義運動党(PASOK)

「大連立」の動きが国政レベルにとどまらず、欧州議会にも押し寄せてきたのは、懐疑派の急増と無関係ではない。中道右派か中道左派のどちらかを軸にした連立では過半数を形勢できなくなっているのだ。

懐疑派は「EUを延命させるためのカルテルだ」とさらに批判を強める。

EUの核心プロジェクトである欧州単一通貨ユーロは債務危機を境にギリシャ、ポルトガルなど重債務国の主権を制限し、ブリュッセルを通じて、事実上、ドイツの主権を強めてきた。

重債務国では年金の受給年齢が引き上げられたのに、ドイツでは逆に引き下げられた。ドイツは、旧マルクに比べれば割安のユーロのおかげで輸出にドライブがかかり、今や世界最大の経常黒字を積み上げている。

ユーロが抱える構造的な欠陥、EUが拡大させた問題に、EU市民は欧州議会選を利用して「ノー」を突きつけようとしている。懐疑派は不満や嫌悪の声をうまくすくい取って、巧みに「国民国家に戻ろう」と訴える。

英国では、かつては「道化師」呼ばわりされた独立党(UKIP)のファラージ党首が「われわれは英国の政治状況を劇的に変える存在になった」と高笑いする。

英日曜紙サンデー・タイムズと世論調査会社ユーガブが4月下旬に実施した世論調査で「欧州議会選ではどの政党に投票しますか」と質問したところ、31%が独立党と回答。労働党は28%、保守党は19%にとどまった。

もともと独立党が誕生したのは、欧州中央銀行(ECB)や単一通貨創設を定めた1991年のマーストリヒト条約がきっかけだ。92年、英国はヘッジファンドのジョージ・ソロス氏に自国通貨ポンドを売り浴びせられ、ユーロ準備段階の欧州為替相場メカニズム(ERM)から離脱する。

93年、メージャー政権は単一通貨への不参加を確約した上で、英議会での条約批准に臨んだが、歴史的な大量造反にあった。こうした混乱から発足した独立党の「EU脱退」は筋金入りである。ファラージ党首も元保守党員だ。

EU加盟国のルーマニアとブルガリアの出稼ぎ労働者が自由に英国で働けるようになり、「移民嫌い」が増幅している。ユーロ危機で欧州統合の幻想が急速にしぼみ、景気低迷と失業者の増加により欧州全体に排他的な空気が垂れ込める。

イタリアの総選挙でお笑い芸人出身のベッペ・グリッロ氏の「五つ星運動」が躍進したのと同じように、独立党の台頭は、欧州の民意を反映しないEUに市民がうんざりしていることを如実に物語る。

民主主義とは自分たちの手で統治者を選ぶシステムだ。議会は税金の取り方と使い方を決める権限を国民から負託されている。

しかし、現実には自分たちが選んでいないEUの官僚や他国の政治家が自分の国の財政に口を出し、国境管理まで差配している。

EUの権限が拡大するにつれ、国民国家の主権は弱まり、自分たちが国政に投じる1票の価値はどんどん小さくなる。そんな問題意識が今回の欧州議会選の根底に横たわっている。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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