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ビンラディンの後継者「イラク・レバントのイスラム国」の人・武器・資金集め

木村正人在英国際ジャーナリスト

イラクの首都バグダッドに迫るイスラム教スンニ派の過激派「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」がここまで急激に勢力を拡大した理由は何なのか。

服従しない者はすべて敵だ

国際テロ組織アルカイダの最高指導者ウサマ・ビンラディンの「真の後継者」とまで評されるアブ・バクル・アル・バグダディ容疑者のカリスマ性と自分に服従しない者はすべて殺害するという残忍さ、混乱に乗じて兵士や武器、資金を集める戦略が大成功している。

米国のブログサイト「シンクプログレス」が掲載したグラフィックを見ると、イラク、シリアなど中東の複雑な関係が容易に理解できる。

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ISILに注目するとわかるように、彼らに味方は1人もいない。直接の敵はシリアのアサド政権、シリア反体制派の自由シリア軍、Islamic Front、アルカイダ系ジャブハット・アル・ヌスラ(Jabhat Al-Nusra、アルヌスラ戦線)のほか、レバノンのシーア派組織ヒズボラ、イラク、トルコ、アルカイダ(Core Al Qaeda)。

間接的に敵対するものも含めると、まさに四面楚歌、全員が敵なのだ。「ISILを資金面でサポートしているのはアサド大統領だ」という謀略説がまことしやかに語られる。

反体制派の自由シリア軍、Islamic Front、アルヌスラ戦線と戦わせて、反体制派を弱体化させるというシナリオだ。

しかし、英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センターの協力研究員シラツ・マハー氏は「深読みのしすぎ」と英BBC放送のインタビューに答えている。

ビンラディンの後継者

バグダディ容疑者の写真は2枚しかない。アルカイダのビンラディンや後継者ザワヒリ容疑者のようにビデオ・メッセージも発しない。ISILの戦士すらバグダディ容疑者と直接会ったことがないという。

バグダディ容疑者は1971年、イラクのサマラで生まれ、2003年のイラク開戦当時はサマラの礼拝所で聖職者をしていた。しかし、フセイン大統領時代からジハーディストとしての顔を持っていた。

アルカイダの司令官らと一緒にイラク南部の米軍収容所に収容されたのをきっかけにバグダディ容疑者は過激化したといわれる。

シリア内戦で勢力拡大

2010年、「イラク聖戦アルカイダ組織(後にISILを構成)」のリーダーとなったが、米軍がスンニ派に資金をばらまいて武器を与えたため、孤立してジリ貧状態に陥った。

翌11年、「アラブの春」でアサド政権と反体制派の紛争が始まると、側近をシリアに派遣。側近は「アルヌスラ戦線」を設立。シリアには打倒アサドを目指す資金と人が潤沢に流れ込んだ。

バグダディ容疑者はアルヌスラ戦線をISILに吸収しようとしたが、側近が拒否。このため抗争が始まり、アルカイダの最高指導者ザワヒリ容疑者が仲介に入った。しかし、バグダディ容疑者が拒絶したため、破門される。

これが逆にISIL人気を高めた。姿を隠しながらアルカイダを指揮しようとするザワヒリ容疑者に比べ、バグダディ容疑者は効率的に組織された戦闘部隊を率い、容赦なき戦場の戦術家として名を上げる。

イラクとシリアにカリフ(イスラム社会の最高指導者に率いられた)国家を建設しようという目標もわかりやすい。ISILは北アフリカや湾岸諸国など中東や欧米諸国からシリアに流れ込んだ戦士をどんどん吸収していく。

米紙ワシントン・ポスト(電子版)は、情報機関高官の言葉として、「ビンラディンの真の後継者はISILのバグダディ容疑者かもしれない。彼はザワヒリ容疑者より暴力的で憎悪に満ち、反米的だ」と伝えている。

巧みな資金集め

ISILの資金源については諸説ある。

(1)米誌ニューズウィーク(同)によると、シリア内戦が始まる前は、イラクで身代金目当ての誘拐から、自動車盗、みかじめ料徴収、偽造、燃料を積んだトラックの強奪まで幅広く手がけていた。バイジ石油精製施設からのパイプラインに穴を開け石油を盗んで闇市場でさばき、月に推定200万ドル(2億円)を荒稼ぎしていた。こうした手口で数千万ドル(数十億円)の資金を集めたとみられている。

(2)英紙デーリー・テレグラフ(同)は「多くのスンニ派支持者、特に湾岸諸国にとって、ISILはスンニ派とイラクのシーア派、イラン、シリアのアサド政権の戦いの最前線に立っている。シリアでの活動でISILは膨大な資金と戦士を集めるのに成功した」と解説する。

(3)しかし、冒頭のシンクプログレスのグラフィックをみると、ISILはどこからも資金提供を受けていない。ISILはイラク第2の都市モスルの銀行から4億ドル(約400億円)を強奪。米軍がイラク治安部隊に提供した武器やM998四輪駆動軽汎用車ハンビーのほか、モスル国際空港で航空機やヘリを奪った。キングス・カレッジ・ロンドン大学のマハー氏も「ISILは戦略的に工業都市や石油関連施設を占拠し、戦闘資金を稼ぎ出している」と分析する。

今やISILはかつての米軍の手口を真似て、資金と武器をばらまいてスンニ派住民を味方につけている。シーア派のマリキ政権がスンニ派を排除した影響でスンニ派住民は生活に窮している。マリキ政権に対するスンニ派の怒りがISILの進撃を加速させている。

バグダッド侵攻シナリオ

米国の外交政策シンクタンク「The Institute for the Study of War」はISILがバグダッドを侵攻する狙いについて次のように分析する。

ISILがこれから侵攻するバグダッド、サマラなどにはシーア派の寺院があり、モスルのように簡単には陥落しない。バグダッド侵攻は作戦上の目標というより、シンボルにすぎないかもしれない。

筆者作成
筆者作成

イラク治安部隊の力を弱めるため、ISILはバグダッドへの補給路を遮断する計画を立案しなければならない。

ISILがバグダッド中心部のグリーン・ゾーンまで攻め込む能力を示すことができれば、シーア派武装集団、警察、一般市民もイラク治安部隊の敗北を理解する。それがISILのバグダッド侵攻の狙いだという。

これに対して、英国のヘイグ外相は早々と「イラクへの地上部隊派兵はない」と断言した。イラク戦争とその後の復興支援で英兵179人が死亡したが、英軍にはマリキ首相にいいように使われただけという悔いが強く残っている。

オバマ米大統領は、ISILの進撃を止めるため、「あらゆる選択肢を検討している」と表明した。しかし、米国が200億ドル(約2兆円)をかけて養成したイラク治安部隊は瓦解状態。マリキ首相がスンニ派の信頼を失った今、米海兵隊を急派してISILを掃討し、そのあとで長期駐留でもしないとイラクの治安情勢は改善しない。

それはいつか来た道を逆戻りすることになる。実際のところ、オバマ大統領に残された有効な選択肢はないといって良いだろう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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