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「レッドカーペットが短い」と文句をつけた中国 「叩頭」外交が始まった

木村正人在英国際ジャーナリスト

英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)に耳を疑うような記事が掲載された。中国の李克強首相の訪英前に、中国側が「李首相を迎える際、ロンドン・ヒースロー空港に敷かれるレッドカーペットが標準に達していない」とクレームをつけたというのだ。

ヒースロー空港での歓迎式典の段取りに目を通した中国側が「李首相の飛行機からVIPエリアまでのレッドカーペットの長さが十分ではない。3メートルも短い」との懸念を示した。

これに対して、キャメロン首相の筆頭補佐官が「カーペットはあなた方の要求を満たすことを約束する。他に懸案の事項がある」と対応した。

保守系の大衆紙デーリー・メールが好んで取り上げそうなネタを、普段は冷静なFT紙が率先して報じるとは英国も相当、頭に来ている。

これまでにも、中国側がエリザベス女王との面会を要求、「応じないなら訪問を取りやめる」と恫喝していたことが英紙タイムズのスクープで明らかになっている。

人民日報の国際版「環球時報」(電子版)は18日、「中国人民は英国人の複雑な感情を許すべきだ。台頭する国は、年老いた衰退国家の困惑と、それを隠すために時にエキセントリックに行動することを理解すべきなのだ」と英国をこき下ろした。

20日、顔見知りの中国人記者が筆者に「外交は両国の国力を現実的に理解した上で行わなければならない。英国はもうワールド・プレーヤーではない。国力に応じた外交をしなければならないと思う」としきりに説明するので、「それでも英国はインターナショナル・プレーヤーだよ」と答えておいた。

英国では「三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)の礼」のことを「Kowtow」という。9回、手や額を地面につけて礼を尽くす追従的な動作やふるまいを指す。清朝の皇帝に「叩頭の礼」を求められた英国使節が拒否したことから、そのまま英語になって残っている。

今回、キャメロン政権が中国の要求に次々と屈したことに英メディアのフラストレーションもかなりのレベルまで高まっている。

FT紙のGeorge Parker記者とJamil Anderlini北京特派員は嫌味たっぷりに「習近平国家主席の体制は形式主義と官僚主義、快楽主義、行き過ぎに反対するキャンペーンを掲げている」と記し、2012年12月に中国共産党は、レッドカーペットや歓迎の横断幕、花飾り、華美な歓迎式典を禁止したのではなかったか、と指摘した。

外国首脳を迎えるための国際儀礼はそれぞれの国で決まっている。それに注文をつけるのは文字通り、国際儀礼に反している。日本の外交官からも「中国から叩頭しろと言われたって、そんなことはできない」という本音が漏れることがある。

FT紙は記事の最後で、中国と英国の間に横たわる深刻な歴史問題として英国の砲艦外交と植民地主義、アヘン戦争を挙げている。

そして、「英国ではこうした歴史は広く学習されているわけではないが、中国ではすべての児童が、『屈辱の世紀』に英国が中国にもたらした残虐行為と不法行為を暗唱できる。『屈辱の世紀』は1949年、中国共産党によって解放されたと子供たちは教えられている」と締めくくっている。

中国や韓国の主張に沿って安倍晋三首相に「歴史修正主義者」のレッテルをはってきた英メディアも、中国の歴史カードが英国にも向けられていることをようやく自覚したようだ。

李首相を迎えるサマラス首相(インターナショナル・ビジネス・タイムズHP)
李首相を迎えるサマラス首相(インターナショナル・ビジネス・タイムズHP)

一方、債務危機でオカネがない上、失業率が26.5%のギリシャは文字通りレッドカーペットを敷いて李首相の到着を歓迎した。19件、推定総額約50億ユーロ(約6900億円)の2国間取引が署名されるという。

中国の海運最大手、中国遠洋運輸集団(コスコ・グループ)はギリシャ最大のピレウス港に子会社ピレウス・コンテナ・ターミナル社を開設。すでに2つのコンテナ・ターミナルを運営している。

昨年だけでコスコはピレウス港の開発に2億3千万ユーロ(約320億円)を投じており、民営化されるピレウス港湾局の持ち株率を67%まで上げる見通しだという。

中国はピレウス港を中東やアフリカにもつながる「欧州の玄関口」と位置付け、高速道路や鉄道などインフラ整備にも投資していく方針だ。中国国営・新華社通信は「ギリシャは公式に『一つの中国』政策を受け入れ、台湾統合の実現を支持する」と報じている。

ギリシャの財政再建は今のままでは達成不可能で、債務再編が不可避だというのが一般的な見方だ。財政の穴埋めを中国マネーでする代わりに、「主権」まで勝手に中国に売り渡されたのでは台湾もたまったものではないだろう。

いったい、欧州連合(EU)の共通外交政策とは何なのだと言いたくなる。中国はこれまで英仏独3カ国を分断し、EUの周辺国に熱心にアプローチしてきた。

先の欧州議会選挙では、EUの財政再建策に批判的な急進左派連合(SYRIZA)が第一党となった。現地からの報道では、SYRIZAはギリシャが欧州単一通貨ユーロ圏から離脱する場合に備えて中国マネーを歓迎しているそうだ。

習近平国家主席の掲げる「中国の夢」とは中国に対して世界は「三跪九叩頭の礼」を尽くせということなのか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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