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五輪請負人が語る「日本メディアの自国叩き」と「お・も・て・な・し」の秘密(映像あり)

木村正人在英国際ジャーナリスト

五輪招致ハットトリック

2020年東京五輪・パラリンピック招致の請負人として日本でもすっかり有名になったロンドンの国際スポーツコンサルタント会社「Seven46(セブン・フォーティシックス)」CEO、ニック・バーリー氏。

8月から9月にかけ来日し、「大学で情報発信力ある人材を育てる」をテーマに講演する。バーリー氏にブエノスアイレスでの五輪招致最終プレゼンテーションの秘密や世界に日本を発信する方法について、ロンドンで単独インタビューした。

バーリー氏は英紙ガーディアンのスポーツ記者、編集者を経て、2012年ロンドン五輪招致チームに自ら飛び込んでスピーチライターを担当。シンガポールでの最終プレゼンでロンドン開催が決まった瞬間の7時46分にちなんで「Seven46」を立ち上げた。

2016年五輪招致、東京は売り出し方に失敗

東京が敗退した2016年五輪招致ではリオデジャネイロのコンサルタントとして参加し、勝利を収めた。このとき、「東京は、説得力のある商品を持っているのに、売り出し方で失敗」(バーリー氏)していた。

このため、2020年五輪招致レースでは、ライバル都市のイスタンブール、マドリード、バクー(アゼルバイジャン)、ドーハ(カタール)からのすべてのオファーを断り、東京招致を引き受けた。

五輪招致は国際オリンピック委員会(IOC)委員へのロビー活動がすべてという誤解があるが、ソルトレイクシティ冬季五輪をめぐる贈収賄スキャンダルを経て、よりオープンになり、プレゼンの中でも最終プレゼンの持つ意味が大きくなった。

ロンドン、リオ、東京と3連続で五輪を射止めるという見事なハットトリックを達成した五輪招致の成功請負人だ。そのバーリー氏に直撃した。

「お・も・て・な・し」の秘密

「東京は皆様をユニークにお迎えします。日本語ではそれを『お・も・て・な・し』という一語で表現できます。それは見返りを求めないホスピタリティの精神、それは先祖代々受け継がれながら、日本の超現代的な文化にも深く根付いています。『おもてなし』という言葉は、なぜ日本人が互いに助け合い、お迎えするお客さまのことを大切にするかを示しています」クール・トウキョウ・アンバサダーの滝川クリステルさん

――東京五輪招致では「お・も・て・な・し」がマジック・ワードになった。どうして、この言葉に興味を持ったのか

バーリー氏「最終プレゼンまでの18カ月間、いろいろな方からインタビューしました。最初にこの言葉を教えてくれたのは東京招致委員会の水野正人副理事長でした。その意味は何なのかを聞いても、ぴったりくる英語やフランス語の訳はありませんでした」

「同じような概念もなかったのです。日本流のホスピタリティはとても特別で英語に訳すことができませんでした。これはそのまま使った方が良いと考え、すべてのプレゼンで使いました」

「最終プレゼンでは、プレゼンの達人・クリステルさんがこの言葉を使うことでさらに効果が上がりました。『おもてなし』という言葉を一語一語区切ってゆっくり話し、動作を入れました。最後の最後まで猛特訓しました。もし、プレゼンでキーワードを聴衆の記憶に残したいのなら、書き留めることができるようにゆっくり話すことが大切です」

フクシマを伝える戦略

――「フクシマ」の問題、東日本大震災による福島第1原子力発電所事故をどう扱うかは非常に難しかったと思います。どんな戦略を立てましたか

バーリー氏「最初の戦略は、東京五輪は決してフクシマの事故とリンクしていないと印象づけることでした。ライバル都市は東京五輪がフクシマの事故とリンクしていると示唆してきました」

「原発事故や放射能の問題について、最初は、東京とフクシマは遠く離れていると言うことで距離があることを明確にしようと試みました。フクシマについては、被害が回復していることやスポーツ選手の支援活動について少しだけ触れる程度でした。ネガティブなことは語らないようにしました」

「しかし、最終プレゼンの直前になって、福島第1原発の汚染水問題が大きなニュースになってきました。聴衆の頭の中に何かネガティブな情報があるとしたら、避けて通るより、対応したほうがずっと良いと思います」

「新たな戦略は明確でした。これはプレゼンターの中で最も責任のある人物が触れるべき問題だということです。フクシマは国家の問題です。だから政治家によって説明されるべきです。この考え方に招致委員会も政府も同意しました」

「適役は安倍さんしかいませんでした。それが決まれば、次は正しい方法で語り、IOC委員という聴衆を不安にさせるのではなく、安心させなければいけません」

「安倍さんのコメントは非常に力強く、ポジティブでした。間違って解釈されることも、間違って理解されることもありえないほど力強かったのです」

アンダー・コントロール

「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証いたします。状況は、統御されています(アンダー・コントロール)。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」安倍晋三首相

――「アンダー・コントロール(統御されています)」という表現はあなたのアドバイスか

バーリー氏「違います。私たちが首相官邸に与えたアドバイスはただ、短く、明確にというものでした。スピーチでの安倍さんの言葉は非常に良かったと思います」

「質疑応答ではさらに良くなったと思います。安倍さんはより効果的に繰り返しました。彼は素晴らしい仕事をしたと思います。とても力強く、短く、明確な答えでした」

日本メディアの自国叩きはやり過ぎ

――あなたは著書『日本はこうしてオリンピックを勝ち取った! 世界を動かすプレゼン力』で日本のメディアは自国のことを叩きすぎだと指摘している。英国メディアの自国叩きも相当ひどいと思う。どこかどう違うのか

バーリー氏「第一に日本メディアは人数が多すぎると思います。記者会見でもジャーナリストの数は英国より日本の方がずっと多い。英国メディアはとても攻撃的で意地悪ですが、と同時にとても自国に対してポジティブになることができます」

「もしスポーツの英国チームや英国の政治家が10点中、7~8点とれたら、英国メディアは一般的にポジティブに報道します。ところが日本メディアはどうして9点や9.5点がとれないのかと厳しく批判します」

「英国メディアよりも日本メディアの方が、期待値が高いのです。求める基準が高過ぎるように思います。10点中8点とれたら良い仕事をしたとほめてやるべきです。期待値を高くし過ぎることは時にとてもタフで厳しすぎるものになります」

歴史問題をどう扱う

――あなたのプレゼン指導が五輪招致の成功をもたらしたおかげか、安倍政権は政府広報予算を5割も増やした。日本は歴史問題で、欧米メディアにネガティブに報じられることが多い。どうすればポジティブに日本を世界に発信できるのか

バーリー氏「政府広報予算が増えたことは知りませんでした。とても良いニュースですね。世界に向けての日本のパブリック・リレーションズ(PR、広報)は改善が必要な時があります」

「日本政府や日本企業にシンプルなアドバイスを送るとしたら、次のようなことです。後ろ(過去)ではなく、前(未来)を見ようということです。もし、過去(歴史問題)を問われたら、どうすれば良いのか」

「決して論争を呼び起こさない方法ですぐに対応して、前に進むことです。どんどん未来に向かって進むことです。絶え間なく過去に言及することは何の利益ももたらしません」

「10年前、20年前、30年前の話をしても何も生まれません。2カ月前に日本を訪れた時も、英字紙ジャパンタイムズは1面から3ページぶち抜きで、日本の政治家が戦争、領土問題、1970年代の経済といった過去について語っていました」

「日本はよく過去を語りますが、未来を見なければなりません」

――もし政府広報のコンサルタントをしてほしいと求められたら、やる気はあるか

バーリー氏「報酬はどれぐらいですか(笑)」

バーリー氏のビデオを作ってみてのでよろしければご覧になって下さい。

バーリー氏の講演は8月31日と9月2日に名古屋と東京で開かれるパネルディスカッション「日本復活を本物に」で行われる。

8月31日は午後1時から、名古屋大学豊田講堂で。麻生太郎副首相兼財務相、内山田竹志・トヨタ自動車会長が基調講演。

この事業は英シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)をモデルに、日本でも国際問題に関する聖域なき独立した議論の場を設けようという「アジア太平洋 日英 知の国際交流センター」(CIIE.asia)が、チャタムハウスと企画。大阪大学から始まり、アジアの留学生の集まる日本全国の大学で、グローバル発信力育成セミナーなどの事業も展開している。詳しくはhttp://ciie.asia/

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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