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第一次大戦開戦100年にみる中国の宣伝工作の巧みさ

木村正人在英国際ジャーナリスト

西部戦線に駆り出された中国人労働者

今年は第一次大戦の開戦から、ちょうど100年。1914年6月28日、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボでオーストリア皇太子夫妻がセルビア人青年に暗殺されたのが発端となり、7月28日、オーストリアがセルビアに宣戦布告、8月半ばに全面戦争に突入した。

ロンドンにある大英戦争博物館では今月19日から、第一次大戦展を開催する。16日、報道陣向けに公開されたので参加してきた。戦争の犠牲者数には諸説あるが、第一次大戦の犠牲者は不明者も含め1600万人を超えるとされる。塹壕、戦車、航空機が登場し、国民全体を巻き込んだ全体戦争の時代を迎えた。

発表資料に目を通していて興味深かったのは、「10万人近い中国人労働者が英国によって西部戦線に送り込まれ、船荷の積み下ろし、防空壕の建設、道路や鉄道の修理、塹壕掘り、砂袋詰めをした」と明記されていたことだ。

第一次大戦でドイツは対フランス、英国の西部戦線と、対ロシアの東部戦線を戦った。この西部戦線で中国人労働者はフランスや英国に協力していた。

先日、シンクタンクの英王立国際問題研究所(チャタムハウス)でも、「埋もれた史実」として第一次大戦の西部戦線に駆り出された中国人労働者のドキュメンタリー映画が上映された。3万7千人がフランスによって、9万6千人が英国によって雇われたという。

巧みな中国の宣伝工作

中国人労働者は英国やフランスと隊列を組んで、世界平和のため軍国主義の侵略に抵抗した「ヒーローだ」というストーリーが描かれている。中国には民主主義も自由なメディアも存在しない。都合の悪い話は報じられることがない中国の宣伝工作は日本をはるかに上回っている。

方や日本は、石原慎太郎元東京都知事や百田尚樹NHK経営委員ら「真正保守」勢力の突出発言が「右傾化」「軍国主義復活の兆し」として欧米メディアに面白おかしく取り上げられ、安倍晋三首相の靖国神社参拝がその決定的な証拠として報じられている。

集団的自衛権の行使容認をめぐる議論でも、東アジアの安全保障環境の変化に目をつぶり、「戦争への道」という旧社会党、共産党の主張が国民全体の懸念であるかのように主要メディアに報じられ、日本のマイナスイメージが世界中を駆け巡っている。

第二次大戦で対米宣伝工作を担当した中国国民党総裁の蒋介石の妻、宋美齢は当時、米国にパンダを贈るなどして、米国の対日政策が中国に有利になるように働きかけた。流暢な英語を操る宋美齢は生まれついての外交上手だった。

今も昔も、中国の方が日本より国際宣伝工作に長けている。

米紙ニューヨーク・タイムズは社説で、安倍政権による集団的自衛権の限定的行使容認について「アジアに不安を増大させた」と断じたのも、背後に中国の宣伝工作があるとみて間違いない。日本はNYT紙や中国を非難する前に、自らの国際広報戦略を見直した方が賢明だ。

米国の戦争は終わった

日本メディアの典型的なロジックは「集団的自衛権を限定的にでも容認すれば米国の戦争に巻き込まれる」というものだ。

しかし、ロンドンでの国際議論に耳を傾けていると、中国との全面戦争が勃発しない限り、米国が戦争を行うことはない。米国の衰える経済力と赤字まみれの財政がそれを許さないからだ。

米議会調査局がまとめた米国の戦争コストの資料がある。2008予算年度ベースに置き換えた場合、次のようになる。

米国独立戦争(1775~83年)18億2500万ドル

米英戦争(1812~15年)11億7700万ドル

メキシコ戦争(1846~49年)18億100万ドル

南北戦争(1861~65年)604億4300万ドル

米西(スペイン)戦争(1898~99年)68億4800万ドル

第一次大戦2530億ドル

第二次大戦(1941~45年)4兆1140億ドル

朝鮮戦争(1950~53年)3200億ドル

ベトナム戦争(1965~75年)6860億ドル

湾岸戦争(1990~91年)960億ドル

イラク戦争(2003年~)6480億ドル

米国はお家事情が優先

オバマ米大統領は今年5月、ウエストポイントの陸軍士官学校での外交演説で、米国単独での軍事介入に慎重な考えを改めて示した。米国は国際情勢よりも国内の政治事情が優先するとの疑念が膨らんでいる。

アフガニスタンで米軍の戦闘任務が終わる2014年末以降も、米兵9800人を残留させるが、15年末までに約半分に減らし、16年末までに全面撤収させる方針だ。

駐アフガン米国大使、駐アフガン連合軍司令官を務めたカール・アイケンベリー氏は英国際戦略研究所(IISS)での講演で、アフガン戦争のコストをこう総括した。

【犠牲者】

2001年9月11日、米中枢同時テロ2996人(第二次大戦の真珠湾攻撃は2402人)

米軍2335人

英軍453人

米軍、英軍、参加国全体では3459人

アフガン治安部隊1万3千人

アフガン市民1万8千人(イスラム原理主義武装勢力タリバンの攻撃によるものが大半)

【米国の費用】

軍事作戦6400億ドル

アフガン治安部隊の訓練540億ドル

開発支援300億ドル

負傷兵への支援7500億ドル

【他の年間予算との比較】

カリフォリニア州1067億ドル

教育・訓練・職業・社会サービス1004億ドル

エネルギー133億ドル

米航空宇宙局(NASA)176億ドル

戦争にかけた費用を他に活かしていれば、米国は今のような衰退を経験せずに済んでいたかもしれない。アイケンベリー氏は「イラク、アフガンという2つの戦争にかかわっている間に米国は中国、ロシア、イランに対処する機会を失った」とほぞを噛んだ。

「9・11」以降、米国は多くのものを失った。2008年の世界金融危機で米国と中国の力関係は完全に逆転し、為替の影響を排除した購買力平価(PPP)では今年、経済規模で中国は米国に追いついたという分析もある。

過剰な「自国叩き」が招く弊害

この2000年間、中国が覇権を失ったのは1840年のアヘン戦争以来、170年余りのことに過ぎない。集団的自衛権の限定的行使容認は、日米同盟を一段と強化することで中国につけ入るスキを与えない極めて防衛的な外交・安全保障政策だ。

実際に武力を行使する事態が起きないよう守りを固めることが「戦争への道」とヒステリックに叫ぶ日本メディアの意図は一体、何なのか。過剰な「自国叩き」は極右の台頭を招き、外交・安全保障政策を健全に議論する機会を奪ってしまう。

集団的自衛権の限定的行使容認より、日本国内の硬直化したイデオロギー対立こそが日本を「滅びへの道」に誘っている。少しは日本も、宋美齢や中国共産党の宣伝工作の巧みさを勉強したらどうだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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