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「株価」に連動しなくなった安倍政権の支持率

木村正人在英国際ジャーナリスト

日経新聞とテレビ東京の7月世論調査で、安倍政権の支持率が第2次政権発足後、初めて50%を割り48%となった。不支持率も38%と最悪を記録した。

集団的自衛権の行使を限定的に容認する7月1日の閣議決定や安全確保を条件に原発の再稼働を進める政府の方針が影響しているようだ。

朝日新聞の7月世論調査でも支持率は44%、不支持率は33%となっている。

筆者作成
筆者作成

安倍政権は滋賀県知事選で連立与党の推薦候補が予想外の敗北。8月以降、長野県、香川県、福島県各知事選、新潟市長選、愛媛県知事選、福岡市長選、沖縄県、和歌山県各知事選が続く。

中でも福島県知事選、沖縄県知事選の結果は国政を大きく左右する。

安倍政権は、大胆な金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略を3本柱にする経済政策アベノミクスで日経平均株価を押し上げ、株価が支持率を支える「株価連動政権」と呼ばれてきた。

成長戦略の柱として法人税率の引き下げを表明したのも、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資産運用を弾力化するのもすべては株価を押し上げるためだった。

日経平均株価は1万5000円台を維持しているものの、支持率は右肩下がり。もはや「株価連動政権」とは言えない。筆者が朝日新聞と日経・テレ東の世論調査、日経平均株価の高値から作成したグラフを見れば一目瞭然だ。

昨年12月の特定秘密保護法成立、安倍首相の靖国神社参拝、今年7月の集団的自衛権の限定的行使を容認する閣議決定と、安倍色を強く出すにつれ、政権の支持率が下がる傾向が顕著になっている。

ロンドンから見ていると、日米同盟を強化するためには特定秘密保護法も、集団的自衛権の限定的行使容認も避けては通れない。しかし、いずれも強引、説明不足という印象を安倍政権は有権者に与えてしまった。

これに対し、共産党、旧社会党系はソーシャルメディアを使って政権への不信感を効果的に拡散させている。朝日、毎日、東京新聞の論調も予想に違わず厳しかった。

安倍政権は2012年総選挙のマニフェスト(政権公約)で、「わが国の安全を守る必要最小限度の自衛権行使(集団的自衛権を含む)を明確化し、『国家安全保障基本法』を制定する」と明記している。

特定秘密保護法についても、「外国からのサイバー攻撃を有事と定義し、情報セキュリティーの抜本的強化を図る。(略)有事関連法令や秘密保護関連法令の整備、情報セキュリティー関連組織を増強する」と定めている。

マニフェストとは、どんな政権運営をするかについて有権者とかわす契約書だから、総選挙で選択された安倍政権が特定秘密保護法を成立させ、集団的自衛権の行使を限定的に容認する閣議決定を行うのは至極、当然のことだ。

にもかかわらず、有権者から強い拒絶反応が出るのは、国会は自民党の「1強」とはいえ、世論調査の第1党は「支持政党なし層」であって、自民党ではないからだ。

さらに、靖国神社参拝や、NHKの会長、経営委員人事など報道機関への露骨な介入が安倍政権の体質を疑わせてしまっている。

集団的自衛権について言えば、やはり難解で広範囲な概念より、「戦闘行為」で最初から線引きすれば、公明党も内閣法制局も乗ってきやすかった。

集団的自衛権の行使を限定的に容認する憲法解釈の変更を前面に出せば、支持率が上昇するとでも安倍首相は考えていたのだろうか。

政治とは「敵」を「味方」に変えていくゲームである。いかに多数を形成していくか。安倍首相のやり方は「味方」との間に対立軸をつくり、「敵」を増やしている。

安保闘争で国論を二分し、その後、憲法改正論議をまったくできなくしてしまった祖父・岸信介首相と瓜二つだ。

株価が政権の支持率と連動しなくなった今、安倍政権の「切り札」は北朝鮮拉致問題を打開することだ。しかし、交渉相手は、世界で最も信用してはいけない指導者、金正恩第1書記である。

拉致被害者を取り戻すことは急務だが、前のめりになりすぎることは極めて危険である。

安倍首相の目の前には3つのアクセルペダルがある。「アベノミクス」「ナショナリズム」「安全保障」。絶対に踏んではいけないのは「ナショナリズム」のアクセルだ。

「アベノミクス」が成就するかどうかは、成長戦略をどれだけ軌道に乗せられるかにかかっている。女性活用、農業、大学改革など成果が出るのに時間はかかるが、着実に取り組んでいく以外に日本が進む道はない。

その上で、安全保障をじっくり固めていくのが賢明な政権運営だ。韓国と中国との関係改善は、NHKが集団的自衛権をめぐる閣議決定をどう報道したかより、はるかに重大な問題である。

支持率の低下に伴って政権がガタガタし、さらに支持率が低下するという悪循環に陥れば、安倍首相だけでなく、日本にとっても大きなマイナスになる。それこそ、中国の習近平国家主席の思う壺だ。

安倍首相は「性急」ではなく「慎重」に、「対立」ではなく「より大きな多数」を目指すべきだ。

聞いていて気分のいい話をしてくれる取り巻きより、耳の痛い話をしてくれる現実主義者をそばに置くことだ。「支持率が下がったら、ナショナリズムのアクセルを踏みなさい」とささやくような人物は絶対、政権に近づけてはいけない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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