Yahoo!ニュース

若者の「半径5m」が日韓歴史戦争を終わらせる

木村正人在英国際ジャーナリスト

ネットで炎上した舛添外交

訪韓した舛添要一東京都知事の「90%以上の都民は韓国が好き」という外交姿勢が、「『真の友好』を遠ざけた舛添都知事の『屈服外交』」(ノンフィクション作家、門田隆将氏のブログ)と批判されるなど、ネット上で激しく炎上した。

ソウル大学で講演する舛添都知事(笹山大志撮影)
ソウル大学で講演する舛添都知事(笹山大志撮影)

舛添知事のソウル大学での講演を間近で見た「つぶやいたろうジャーナリズム塾」(筆者主宰)4期生の笹山大志くんが送ってくれたリポートを読む限り、舛添訪韓は意外なことに大成功だった。講演後、写真撮影を求める若者が舛添知事の回りに殺到した。

「なぜ?」と不思議に思ったが、安倍政権が仕掛けた外務省人事を思い出して合点がいった。東京都の新設ポスト「外務長」に就任した前駐英特命全権公使の宮島昭夫氏と補佐役の川上文博氏。宮島氏は、死屍累々の日韓外交の難しさを知り尽くしたエキスパートだ。

一見、スタンドプレーのような舛添外交の裏には安倍政権の深謀遠慮が隠されている。宮島氏から英国離任を知らされたとき、「昨年2月に来たばかりなのに、1年半で帰任ですか」と驚いた。これは安倍外交の懐刀、谷内正太郎・国家安全保障局長の仕掛けと考えて間違いないだろう。

日本の非営利組織、言論NPOと韓国のシンクタンク、EAI(東アジア研究院)が5~6月、日韓両国を対象に世論調査を実施したところ、両国とも4人に3人以上が相手国への渡航経験がなく、「知り合いがいない」という回答は8割を超えていた。

相手国や日韓関係に関する情報源は「自国のニュースメディア」が9割を超え、6割以上が「相手国に対する国民感情が悪化したのはメディア報道の影響がかなり大きい」と感じていた。

先日紹介した「日中韓Happy」を制作した冨田すみれ子さんは立命館大学で大志くんの「姉貴分」に当たる。彼女が友人たちと作った動画はナショナリズムと文化、民族の違いについて考えさせる。19~20世紀は戦争とナショナリズムが国民国家を形成した。しかし、21世紀には新しい国家間関係がきっとあるはずだ。

大志くんやすみれ子さんのような若者たちの動きに呼応するように日韓関係改善の糸口を求め、安倍政権も動き出した。こうした相互理解の動きを殺すも生かすも、国民一人ひとりの意思と行動にかかっている。

それでは、大志くんのソウル・リポート第2弾をお届けしよう。

日本の政治家イメージを一変させた舛添講演

【笹山大志=ソウル】先月、舛添要一東京都知事がソウル大学で学生向けに講演した。舛添知事は双方の国民感情を害する政治家の発言に「政治家は自身の発言がどんな結果をもたらすか慎重に考えるべきだ」と釘を刺す一方、「要韓論」を強調した。

「(東京が)ソウルに負けているものがICT(情報通信技術)化、無線ラン、Wi-Fi環境。ソウルではどこでも通じるが東京はそうではない。(東京五輪が開催される)2020年までには改善したい」

「(ソウルの繁華街)明洞で若者が日本語で観光案内してくれる。こういう制度を東京にも入れたい」

経済政策、芸術・文化、公共交通、危機管理など多くの分野で協力相手、競争相手として韓国ソウル市の必要性を舛添知事は訴えた。

「(私は)若い時、髪が長くて格好良かったんですよ」。講演中、舛添知事はユーモアを交え、会場から笑いを誘うことも忘れなかった。

舛添知事は開演時間を20分も遅刻した上、質疑応答で会談した朴槿恵大統領の印象を私が尋ねると「ファーストレディー(大統領夫人)」と言い間違えた。これがもし、安倍晋三首相だったら大騒ぎになったはずだが、舛添知事の場合、笑って済まされた。

「名刺頂いても良いですか」「写真を撮ってください」。講演後、舛添知事は韓国人学生に囲まれた。退場時にも追っかけられ、まるでスターのように扱われた。

講演後、韓国の学生に取り囲まれる舛添都知事(笹山大志撮影)
講演後、韓国の学生に取り囲まれる舛添都知事(笹山大志撮影)

日本の政治家と言えば、韓国では「怖いイメージ」でとらえられることが多いように感じるが、舛添知事は違った。「明るくて、面白い政治家が韓国の必要性を訴えている。日本にも良い政治家がいるんだ」。そんな空気が講演後の韓国人学生の行動から読み取れた。

「(一部の過激な反日・嫌韓層に)『自分たちが見ている東京は全然違うよ』。東京からソウル大に留学している若者たちが『全然違うよ、韓国』。こういう発信をしなければ、未来はないと思う」

交流の必要性を訴えた舛添知事の言葉を20歳の視点で考えてみた。

日韓フリーハグ

前回のエントリーで、私は日韓フリーハグ動画「Free Hugs for Korea-Japan Peace 2011」を紹介した。1人の日本人青年が「日韓平和」を願って韓国でフリーハグを行った様子は動画投稿サイト、YouTubeに投稿され、2011年版は79万ページビュー(PV)、13年版が46万PV(7月30日現在)を記録し、大人気動画として紹介されるまでになった。

PV数を見る限り、相手国に親しみを持つ層だけでなく、それ以外の層にまでアプローチするのに成功していることがうかがえる。

こうした動画が相手国の実像を伝え、悪感情の抑制につながっているか調べてみようと、グーグルフォームを使って簡易アンケートを実施した。計276人から回答が得られた。

笹山大志作成
笹山大志作成

フリーハグ動画を見て、「相手国(日本・韓国)にどういう印象を抱いたか?」との質問に「親近感が湧いた」という回答が6割を超えた。

笹山大志作成
笹山大志作成

次に「動画が日韓関係改善につながるか?」との質問には、「つながる」との回答が6割だった。

「相手国(日本・韓国)に親近感が湧いた」と回答した人の9割が日韓関係改善につながる動画だと評価していた。こうしたフリーハグ動画は両国国民のイメージを改善する糸口になったようだ。

しかし、その一方で「相手国に悪いイメージを持った」「何も感じなかった」という回答も4割近くに及び、嫌韓・反日層にアプローチはできているものの、意識を変えるという具体的な結果には結びつかなかったようである。

半径5mから初めよう

「直接、韓国に触れた人の言葉が身近な人の意識を簡単に変えられる」

こう語るのは、現在、交換留学生として韓国で学ぶ日本女子のマキさん(22)=仮名。4人家族のマキさん一家はネットの影響を受け、初めは嫌韓派だった。マキさんも「韓国人は得体の知れないもの」と感じていた。

しかし、大学の国際交流サークルで韓国人留学生と交流したことがきっかけとなり、韓国を知りたいと思い、留学を決意した。

韓国の実像を知るようになって「韓国への期待値が低すぎて、良くも悪くもなく、日本と変わらない普通の国なんだという認識を持った」という。

日本にいる嫌韓派の家族にマキさんが元気にしている様子や体験を報告すると、「馬鹿なことをしているのは国家間で、国民は普通なんだね」「ネットがバカらしいね」と、家族の嫌韓意識に変化が現れたという。

「ネットやテレビより、実際に経験した身近な人の意見の方が影響力を持つ」「身近な人に発信していくことで、日韓交流は当事者だけのものではなく、周囲を巻き込んだ交流につながると思う」とマキさんは言う。

メディアによって凝り固められた相手国への偏見を取り除くには、やはり身近な人の影響力が大きい。YouTubeのように何十万人、何百万人にアプローチする力はないが、半径5mにいる身近な人に伝えていくという小さな積み重ねが日韓関係の土台になる。

交流だけでは根本的な関係改善はできないが

「フリーハグで両国の仲が改善されるなら、誰も困らない。日韓関係、反日感情はもっと複雑なものだ」。簡易アンケートの記入欄にこういう回答が目立った。

「交流で日韓関係を解決するのは無理」「理想ばかり語ってないで、現実を見ろ」という意見を大人から聞くことがしばしばある。個人的な交流だけをいくら促しても歴史問題など日韓関係を根本的に解決できるとは思えない。

ただ、交流は「人と人が出会えばお互いの誤解が解け、親近感が生まれ、相手をないがしろにしなくなる」という機会を生む。政治対立の代理戦争を日韓両国の一般市民が担う悲惨な状況を打開するために、「相手への親近感を生む」小さなきっかけ作りが大事なのだ。

私の先輩が制作した「日中韓Happy」動画がYahooトピックス1面に掲載されたほか、日韓の学生約120人が平和や人権を議論する学習キャンプを開いている。若者の青臭い努力が日韓交流を支えている。失うものがない「青春の青臭さ」が日韓の歴史戦争を終わらせるカギになる日がきっと来る。

笹山大志(ささやま たいし) 1994年生まれ。立命館大学政策科学部所属。北朝鮮問題や日韓ナショナリズムに関心がある。現在、韓国延世大学語学堂に語学留学中。日韓学生フォーラムに参加、日韓市民へのインタビューを学生ウェブメディア「Digital Free Press」で連載し、若者の視点で日韓関係を探っている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事