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2年間の籠城で日照時間20分のアサンジ容疑者、ついに根負けか(動画)

木村正人在英国際ジャーナリスト

「間もなく大使館を離れる」

2年前からロンドンの在英エクアドル大使館に逃げ込んでいる告発サイト「ウィキリークス」創設者、ジュリアン・アサンジ容疑者(43)が18日、「間もなく大使館を離れる」と発言。いよいよ観念し、英警察当局に逮捕されるのかと思いきや、いつものように急に心変わりして籠城を継続した。

避妊具を着けずにスウェーデン人女性2人と性行為した婦女暴行罪でスウェーデンへの身柄移送が確定したアサンジ容疑者は「スウェーデンから米国に移送され、スパイ罪で死刑になる」と、2012年6月19日、同大使館に庇護を求めて逃げ込んだ。同年8月にはエクアドルへの政治亡命が認められている。

しかし、在英エクアドル大使館はビル2階にあり、大使館の敷地内だけを通って外交官車両に乗り込み、エクアドル機に搭乗するのは不可能。外交特権の及ばない場所に足を一歩でも踏み出した時点で、英警察当局はアサンジ容疑者を逮捕すべく、1日1万1千ポンドの費用をかけて24時間、厳重な見張りを続けている。

2年2カ月間にかかった費用は約700万ポンド(約12億円)。うち残業代は約100万ポンドと言われている。水も漏らさぬ警戒網に、アサンジ容疑者が直射日光を浴びることができたのは2年前の8月、大使館のバルコニーから声明を発表したわずか20分だけ。

これでは「刑務所暮らしの方がまだマシだ。容疑者の人権にも配慮しろ」というのがアサンジ容疑者側の言い分らしい。

アサンジ節にかげり

7月上旬行われたジャーナリズムのサマースクールにテレビ電話会議システムを通じて参加したアサンジ容疑者は少し目がくぼんでいるような印象を受けたが、「100%の情報公開こそが権力の腐敗を防ぎ、完全に自由な市民社会を実現する」という信念を熱く語った。

ウィキリークスの情報公開が関係者を危険に陥れたのでは、という受講生の質問に対しては、「米当局はいつもそのロジックを持ち出すが、これまでに誰一人として犠牲者は出ていない」といつものように反論した。アサンジ節は衰えていなかった。

英大衆紙デーリー・メールによると、アサンジ容疑者は英映画監督、ケン・ローチ氏から贈られたランニングマシンで運動不足を解消、1年目は約120キロ走った。しかし、日照不足が健康を蝕み、心肺機能が著しく低下、血圧にも異常を来しているという。

しかし、アサンジ容疑者はこうした報道を否定する一方で、18日に同大使館内で行われた記者会見で「間もなく大使館を離れる」と発言したため、世界中のメディアが大使館周辺に駆けつけた。しかし、「逮捕されるなら、外には出ない」と前言をあっさり翻した。

エクアドル政府がアサンジ容疑者をエクアドルの外交官に任命したり、同容疑者が外交荷物の中に隠れたりする奥の手も理論的には考えられるが、現実的な可能性はゼロに近い。

在外公館には1961年の外交関係に関するウィーン条約で外交特権が認められ、「不可侵」とされる。政治犯が庇護を求めて大使館に逃げ込む例は冷戦時代にはよくみられた。

56年から71年にかけ約14年間、ハンガリーの首都ブタペストの米国大使館にハンガリー人のカトリック枢機卿が逃げ込んだことがある。天安門事件の際には、中国の民主化運動家、方励之(ほう・れいし)氏が89年6月から1年間、在中国米大使館にかくまわれた。

アサンジ容疑者がこれまでの籠城記録を更新するのは健康状態から難しい状況になっているようだ。

「第5の権力」の出現

アサンジ容疑者は10代のころ、天才ハッカーとして仲間たちと米航空宇宙局(NASA)など欧米のコンピューター・ネットワークをハッキングしまくった。31の罪状で起訴されたが、判決は少額の弁償。情報を盗み見るだけで、実害をほとんど残さなかったからだ。

18歳で結婚し、子供もいるが、ほとんど眠らず食事もとらずにコンピューターに向かい続けたため、家庭は崩壊。ハッキングからは足を洗い、内部告発の安全を100%保証するシステムを完成させ、「ウィキリークス」と名付けた。

メディアが「第4の権力」と呼ばれて久しい。ウィキリークスは「完全無欠のシステムが内部告発の連鎖を引き起こし、やがて国家や企業、独裁者が独占する権力を一気に瓦解させる」との理念を掲げ、「第5の権力」の到来を実感させる。

英紙ガーディアン、米紙ニューヨーク・タイムズなど世界中の主要メディアと協力して、前代未聞の規模の大量文書を公開。1971年にダニエル・エルズバーグが持ちだしたベトナム戦争報告書「ペンタゴン・ペーパーズ」漏洩以来の衝撃と評される。

しかし、情報公開の完全性にこだわり、国家の安全保障や人命の危険に配慮する主要メディアと決別。アサンジ容疑者は「ロシアや中国の情報公開」を進めると主張したが、スウェーデンの婦女暴行事件で完全に外堀を埋められる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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