「在外日本人」から見た「しょこたん捨て猫ツィート騒動」の活かし方
「在外日本人」というレッテル
Yahooニュース個人のオーサーの1人で、フリーランス・ライターのみわよしこさんが「『在外日本人』に気をつけろ!」という記事を書かれた。
ロンドン暮らしが7年を超え、海外生活が通算8年4カ月の筆者もすでに「在外日本人」に分類されているのかもしれない。しかし、ワケのわからないレッテルをはられるのは面白くない。
「在外日本人」だって、「在内日本人」だって、「在日外国人」だって、肌の色が黄色でも髪の色が黒色でもない「日本人」だって、「外国人」だって人間だし、人それぞれだから、放っておいてと思う。
「在外日本人」について一般的に言えることは、外国で暮らしているうちにいろいろな文化や考え方に接するようになり、自分の中に複数の物差しを持つようになるということだ。
「在外日本人」ジャーナリストの視点で、人気タレントのしょこたん、中川翔子さんの「捨て猫ツィート騒動」について改めてエントリーしてみたい。
大炎上した「しょこたん」のツィート
騒動の顛末をおさらいしておこう。
8月14日8:59「この2匹を保健所に連れて行きました 飼い主さん見つからなかったの とても悲しいです」という一市民のツィートに対して、しょこたんが「緊急」「里親募集」などの#(ハッシュタグ)をつけてリプライ
8:59しょこたん「保健所に連れて行くなっ」とツィート
10:15しょこたん「言葉遣いが悪かったです申し訳ない。が、保健所に連れて行くとガスで殺処分されるんです」とツィート
10:30しょこたん「悲しい。人間のさじ加減で小さな命がたくさん失われていく。全ての命が助かる日が来ることを願いながら、少しでも多くの命が優しい里親さんに巡り会えますように。小さな力ですが寄付と保護活動は続けますが、なるべく情報拡散協力お願いします」とツィート
当の市民の方への返信は10:32が最後となっており、反響の大きさに驚いてアカウントを削除してしまったようだ。
時事ドットコム(19日)中川翔子「毒じゃないですけど…」
タレントの中川翔子が、サンシャイン水族館の特別展「毒毒毒毒毒毒毒毒毒展(もうどく展)」の「もうどく大使」を務めることになり、任命式に出席した。(略)先日、捨て猫に関する一般人のツイートを批判したことで自身のツイッターが炎上したばかり。「ツイッターで毒を吐きましたが?」と聞かれると、「毒じゃないですけど…」と答えるにとどめ、多くは語らなかった。
東スポWeb(19日)しょこたん「捨て猫」ツイッター騒動に言及「毒じゃない」
動物愛護を訴えながら、中川が手がけるファッションブランド「mmts(マミタス)」がウサギの毛皮を使ったショートパン
ツを販売していることが批判された。
この日、一連の騒動を聞かれると、中川は表情をこわばらせた。捨て猫の件について「ツイッターで(一般人に)毒を吐いた」と話を振られ、「毒じゃないんですけども…」と返す。ショートパンツのウサギの毛皮については「現在は使用しておりません」と説明した。主催者側が質問をさえぎったため、それ以上は答えなかった。
ライブドア・ニュース メンズサイゾー(18日)中川翔子、捨て猫をめぐる炎上騒動が拡大…動物愛護を訴えながらリアルファー販売?
タレントの中川翔子(29)が、Twitterで捨てられた子猫を保健所に連れて行くとツイートした女子学生を「保健所に連れて行くなっ」と強い口調で叱責し、女子大生がアカウント削除に追い込まれた騒動の波紋が広がっている。猫をはじめとした動物の愛護活動に取り組んでいる中川だが、これをきっかけに過去の"矛盾"が蒸し返され、炎上騒ぎに発展しているのだ。
市民の方もしょこたんも「捨てられた子猫を何とかして救いたい」という純粋な気持ちでツィートしたのに、市民の方はツイッターのアカウント削除に追い込まれ、しょこたんはネット上で「タレントの傲慢」「動物愛護の偽善者」と糾弾され、大炎上してしまった。
何か間違っていないかと思う。ソーシャルメディアもマスメディアも、メディアという言葉には人と人をつなぐ媒体という意味が込められている。しかし、今回の騒動を振り返ると、人を糾弾し、善意を踏み殺す道具になってしまっているような気がしてならない。
「殺処分ゼロを目指す」
筆者の前回エントリー「中川翔子さん、捨て猫を『保健所に連れて行くなっ』騒動が物語る日本の寒さ」に対する多数のコメントを手掛かりに捨て猫の命を救うという根本的な問題解決の手がかりを探してみた。
Yahooニュース個人への書き込み
「ドイツでは殺処分ゼロである」(奥隆博さん)
インターネットを利用したデジタルジャーナリズムは「記事は書いて終わりではなく、書いてから始まる」「読者は書き手よりも多くのことを知っている」といわれるが、本当にその通りだと思う。
保険会社アクサダイレクトのホームページに「ドイツ 殺処分ゼロの理由」という記事が紹介されている。
ときどき、日本の人から「ドイツでの犬猫の殺処分数はどのくらいですか?」と聞かれることがある。(略)「ドイツには日本のような『殺処分』はありません」と答えると、誰もが驚く。(略)
はなっから「殺処分ありき」と考えるといかに効率よく処分を行うかばかりが検討され、殺される命についての検討がなされにくくなる。しかし収容動物の「処分」の仕方はなにも殺すことに限らないはずで「殺処分は果たして必要か?」と、回避策を模索することで状況は変わってくる。現在ドイツの殺処分ゼロは国民全体の意識が支えとなって存在しているのだ。
ドイツはすごいと感心していたら、日本にも「殺処分ゼロ」を目指している自治体が存在していた。
環境省の統計では2012年度で保健所に引き取られた犬や猫の16万1847匹が殺処分になっている。殺処分率は77%。しかし、データには常に「外れ値」と呼ばれる例外的なケースがある。
データジャーナリズムではこの「外れ値」に注意しなければならない。そこに人間の知恵や愛が奇跡を起こしている可能性が秘められているからだ。
熊本市動物愛護センターが起こした奇跡
平均殺処分率77%の「外れ値」が熊本市だ。2003年には犬285匹、猫963匹を殺処分にしていたが、昨年は犬5匹、猫8匹にまで激減した。殺処分は最後の最後の場合に限られている。
その秘密とは何か、熊本市動物愛護センターの村上睦子所長に国際電話でお話をうかがった。
村上所長によると、熊本市の保健所では捕獲・保護から処分まで一貫して担当し、以前は、収容施設がいっぱいになると殺処分にしていた。年間1千匹以上を殺処分にせざるを得ず、殺される犬や猫をかわいそうに思った職員の間に「何とか生存の機会を与えたい」という気持ちが強くなった。
動物愛護管理法で動物愛護推進員を委嘱できるようになったことをきっかけに、02年、当時の淵辺利夫所長が「殺処分ゼロを目指そう」というスローガンを掲げ、「動物愛護センター」の看板を掲げる。
入るを減らして出ずるを増やす
収容施設がいっぱいになると、どうしても殺処分にせざるを得なくなる。施設に収容される犬や猫を減らし、施設から飼い主に返還されたり、新しい飼い主に譲り渡されたりする数を増やせば、殺処分の数を減らし、いずれゼロにできる。
こう考えたセンターは市民とひざを交えて、一から話し合った。いろいろなアイデアが出て、一つ一つ地道に実行していった。行政からのトップダウンではない新しい官民一体のスタイルだ。
迷い犬を必ず飼い主のもとに返還できるよう「迷い札」を導入。飼い主が「犬の介護ができない」「鳴き声がひどい」「急な引っ越し」などを理由に飼育を放棄しないよう粘り強く説得し、丁寧に対策を説明した。
「認知症がひどくなり、あちこちにぶつかるようになった犬はビニール・プールを利用すると、ぐるぐる走り回っても負傷しません」
「登校時の子供たちにほえる犬には目隠しをしたり、そのときだけ家の中に入れたりすることでトラブルは回避できます」
「犬が人をかむのは、いろいろな理由があります」
センターでは、きちんと最期まで飼育する方法を飼い主に細かくアドバイスしたのだ。
熊本市の動物愛護条例で犬や猫の避妊・去勢手術の努力規定を設けて、啓蒙活動に力を入れた。新しい飼い主を探して譲り渡す譲渡会の活動を民間からの呼びかけで報道機関に取り上げてもらった。
英国のペット福祉施設「バタシー・ドッグズ&キャッツ・ホーム」のように海外では動物愛護シェルターが発達しているが、日本では行政の役割は大きい。「熊本市の取り組みは次第に県にも広がりつつあります」と村上所長はいう。
細川敦史弁護士の提言
筆者の前回エントリーに「日本にも民間の保護施設はあるんだけど、こうした『駆け込み寺』が認知されても、簡単に持ち込まれては問題解決にはならない」とリツィートしたペット法学会会員の細川敦史弁護士(兵庫県)にも国際電話をかけ、お話をうかがった。
細川弁護士「私が見える範囲では、中川翔子さんは(動物愛護を)まじめにやろうとしておられるなと思っていて、好感を持っていました」
「保健所イコール死じゃないだろうという言い方もあるかもわかりませんが、7~8割は殺処分されているわけです。猫については譲渡されるというのは非常に難しいというのが現実です」
「日本でもシェルターはあるにはあるんです。例えば英国人女性のエリザベス・オリバーさんがやっておられる『アニマルレフュージ関西』というNPO法人があります」
「しかし、英国のバタシーに比べると全然こじんまりしていて、もう新たに収容できるような余裕がありません。日本では寄付文化がまだまだ根づいていません」
細川弁護士らが今年4月、「殺処分ゼロ」を目指す環境省の「人と動物が幸せに暮らす社会の実現プロジェクト」に出した提案書は、業者規制や飼い主責任の強化、人と動物に関する社会システムの構築・整備を求め、7項目の実現を提案している。
(1)災害時のペット同伴避難
(2)アニマルポリスについて
動物虐待は人に対する凶悪犯罪の前兆として行われるともいわれる。動物虐待を未然に防ぐことは、市民の安全な生活を確保するために非常に重要。今年1月には、兵庫県警に全国初の「アニマルポリス・ホットライン」が創設された。
(3)外飼い猫の不妊・去勢手術の義務づけ
子猫の殺処分数が多いのは、「不妊・去勢手術をせずに外飼いをする」昔ながらの飼育方法が大きな原因。
(4)マイクロチップ義務づけによる追跡の実現
劣悪な飼養環境での繁殖や、オークション、無計画な繁殖による脆弱個体の産出、販売水準に達しない個体の放棄など、流通過程において死亡・不明となる個体が相当数いる。
(5)飼養施設の数値規制の導入
種類や体格差を目安とした3ないし5程度の大まかな類型を設定し、それぞれの類型ごとに最低限必要な施設の大きさを設ける。
(6)8週齢規制の早期実現
2016年9月以降、直ちに生後56日の展示販売規制が実現できるよう準備を進める必要がある。
(7)行政施設からの犬・猫譲渡制度の広報
自治体による犬・猫の譲渡制度について、一般市民の多くは知らないのが現状。国・環境省は、これまで以上に自治体からの譲渡制度の広報を推進する必要がある。
ツィートの結果責任
最後に、しょこたんのツィートで一市民のアカウントが閉鎖に追い込まれた責任をどうとるんだという厳しい指摘もある。
今回、どう見てもしょこたんに「故意」はなく、結果に対する「過失」責任があるかどうかが問題になる。結果を予見して回避する義務は人気タレントで35万人のフォロワーを持つしょこたんには確かにあると言えるのかもしれない。
しかし、結果が予見可能だったかというと、非常に難しく、その後のツィートでしょこたんは結果回避義務を果たしているのではないかと筆者には思える。
被害を受けた一市民が誰かわかれば直接、「迷惑をかけてごめんなさい」と謝った方が、しょこたんの気持ちがストレートに通じるだろう。
しょこたんがツィートしているように、ソーシャルメディアという便利なツールを、誰かを糾弾するためではなく、「殺処分ゼロ」を目指すという理想に一歩でも近づけるよう、もっとポジティブに使うべきだ。
でも、ウサギの毛皮ショートパンツは英国では社会的に許されないだろうな、きっと。
(おわり)