犬と猫のいのちを守る物語
犬たちの同窓会
英国のペット福祉施設「バタシー・ドッグズ&キャッツ・ホーム」が毎年開いている犬たちの「同窓会」に招かれたので、見学してきた。同窓会とは新しい飼い主に引き取られた犬たちが一堂に会する野外イベントだ。
1860年に設立されたホームは現在、毎年9千匹の犬や猫を引き取って、元の家族や新しい家族が見つかるまで世話をしている民間の団体だ。同窓会には大型のセント・バーナード、シベリアン・ハスキー、スタフォードシャー・テリアなど、さまざまな犬が大集合した。
深い愛情を注がれてしつけられた犬たちはとても行儀がよく、互いにお尻の匂いをかぎ合って挨拶することはあっても、滅多に吠えない。芝生の上でハードルを越えたり、平均台を渡ったり、トンネルをくぐったりする競技も行われ、楽しい時間を過ごすことができた。
ホームから犬を引き取った飼い主の1人は「犬は元の家族に捨てられたことをなかなか忘れません。飼い主に強い忠誠心を持つため、捨てられたときに受ける傷は深いようです」と話す。
わが家を訪ねてくる他の家の飼い猫オリエンタルショートヘアは警戒心が非常に強いが、焦げ茶の体を丁寧になでてやると涙を流すことがある。
「寂しいのかな」と想像を巡らしていると、首輪に「この猫が家のあちこちでお漏らしをするのは、安物のエサを与えるあなたのせいよ」という怒りのメッセージがぶら下げられていた。
市場価格で800ポンド(13万7千円)もするこの猫は飼い主から十分な愛情を注がれていない。ハンティングをしなくなった最近の猫は代わりに他の家に忍び込んでエサを盗み食いするという研究もあるが、誰かに甘えたいのは人間も猫も同じである。
飼い主は猫の気持ちがまったくわかっていない。わが家の居候猫は最近、兄弟を引き連れて訪ねてくるようになった。もう1匹は茶色のオリエンタルショートヘアーだ。
ブリーダーはギャング団、暴力団
人間がペットに対して身勝手なのは、日本でも英国でもそれほど大差がない。
英国の場合、ドッグレースに使われるグレイハウンドは飼い主が見つからず、「バタシー・ドッグズ&キャッツ・ホーム」に持ち込まれることが少なくない。
ロンドンのギャング団は抗争で相手にけしかけるため、番犬・闘犬用マスティフ、ピット・ブル、秋田犬を繁殖させて、ステロイドを注射してわざと凶暴にしている。
凶暴化した犬はギャング団にとっては「強さ」の象徴であり、高額でヤミ取引される。そして飽きたり、手に負えなくなったりしたら、ゴミのように捨てられるのだ。
人工的に凶暴化された犬をしつけ直すのは難しく、殺処分にされる運命にある。日本でも、ハンドバッグに入るような室内犬が暴力団の資金稼ぎのため大量に繁殖され、高額で売買されている。
「室内犬の取引は暴力団にとって麻薬や売春より割のいい取引になっています」と嘆くのは、1990年から大阪・能勢で犬や猫などの民間シェルター「アニマルレフュージ関西(ARK)」を開くエリザベス・オリバーさんだ。
65年に英語教師として来日したオリバーさんは、動物福祉の長い歴史を持つ英国と、保健所に保護されたら殺処分が当たり前だった日本の違いに衝撃を受け、日本で動物愛護に人生を捧げる決心をする。
現在では、能勢に約500頭の動物を保護できるシェルターを持ち、常時30人のスタッフが働く。東京でも2005年から活動を始めたが、シェルターはまだない。動物を保護して新しい家族を見つける活動のほか、不妊手術の推奨、飼い主の意識向上、行政への働きかけを行っている。
英国人の特長の1つに「困っている人がいたら放っておけない」性格がある。オリバーさんが英国人女性だと聞いて、早速、国際電話でお話をうかがった。
「日本には2つの国があります。東京から遠く離れた地方は小さな国のようです。ひどい地方では権力と暴力団が一体となって動物たちを支配しているような印象を受けます。ブリーダーの数が異常に多い小さな県では行政の力が弱くて、暴力団による室内犬の大量繁殖を規制できていない例をこの目で確認しました」
オリバーさんによると、室内犬はまるで高額のアクセサリーのように取引され、飼い主によって毎月のように取り替えられる。「アニマルレフュージ関西(ARK)」にもチワワ、ダックスフンドのような小型犬を引き取ってほしいという電話がひっきりなしにかかってくるという。
日本と英国の違いは?
――日本と英国の違いは何ですか
「離婚や破産、死亡など、飼い主がペットを飼えなくなる状況が発生するのは日本でも英国でも変わりはありません。人間が身勝手なのも共通しています。しかし、英国にはこうした動物たちのためのシェルターがいくつもあります。日本ではペットを飼い続けることができなくなったときの代替策、セーフティーネットが十分に整備されていません」
慈善活動の普及度を示すワールド・ギビング・インデックス2012年で日本のランキングは世界85位。英国は8位。オリバーさんは「日本にはチャリティー(慈善事業)の歴史が英国のようにはありません」と話す。
オリバーさんは阪神大震災、東日本大震災の被災地に放置された犬や猫を救出し、シェルターに保護してきた。東日本大震災では避難指示区域に防護服と放射線測定器を着用して入った。
大阪・能勢の施設が手狭になり、老朽化してきたため、兵庫県篠山市に世界最先端の動物福祉センター「篠山インターナショナルアニマルウェルフェアセンター」を建設中で、今年5月に一部が開所した。どんどん建設していくため、寄付を募集中だ。
総面積2万3142平方メートルの土地に用地面積約1万平方メートルの施設を建設する計画だ。設計は、丹下都市建築設計がボランティアで引き受けた。
目標は日本の殺処分を減らすこと。シェルターのイメージを明るくすれば、ペットショップで犬や猫を買っていた人たちが譲渡を求めてシェルターを訪れるようになる。
日本の縦割り行政
新センターを動物福祉の教育・啓蒙活動の発信基地にしたいという夢を持つオリバーさんは、日本の縦割り行政にがっかりしている。
「私たちの施設では、狂犬病ワクチンの予防接種や迷子防止用マイクロチップの埋め込みなどの実費として1万5千円、犬の登録費用として3千円を新しい飼い主から頂戴しています。大阪府では何も問題がないのに、兵庫県では問題が生じてしまいます。行政上の取り扱いが異なるからです」
折角、兵庫県篠山市に新センターを作ったのに、わざわざ大阪・能勢の施設まで車で40分移動して、新しい家族に譲渡しなければならないという。
オリバーさんは「この前、兵庫県の行政の人たちが新センターを見に来ましたが、質問はゴミに関する1件だけでした」と声を落とした。最新式の新センターには動物福祉の哲学や思想が込められているのに、ゴミ以外に何の関心も示さなかった。
環境省は年間16万頭超、一日換算で400頭を超える犬や猫などの殺処分を放置できないとして、「人と動物が幸せに暮らす社会の実現プロジェクト」を発足させている。殺処分をできる限りゼロにしたいという。
先のエントリーで紹介した熊本市動物愛護センターのように日本でもようやく「殺す行政」から「生かす行政」に流れは変わりつつある。車の中で「殺処分」していると批判的に報じられた徳島県動物愛護管理センターにも電話してみた。
昨年度は犬や猫を計2668匹を収容し、うち2290匹を殺処分にした。元の飼い主が見つかったのは160匹、新しい飼い主に譲渡されたのは218匹だという。
――海外メディアでは「殺処分車(デス・カー)」について大きく報道されていますが、本当にそんな車があるのですか
「あります。県のセンターに収容された犬や猫は1週間の間に元の飼い主や新しい飼い主が見つからないと、殺処分されているのが現実です」
「私たちのセンターが殺処分の数を減らすため設けられた11年前、地元住民との取り決めで施設内では殺処分は行わないことになりました」
「だから焼却場に移す車の中で殺処分を行っています。どこで殺処分するかより、殺処分の数を減らすことが重要だと思っています」
熊本市のように収容する犬や猫の数を減らして、元の飼い主を発見したり、譲渡先を見つけたりできる件数を増やすことができれば、「殺処分車」を廃止できる日がやがて訪れるかもしれない。
徳島県動物愛護管理センターの殺処分数は2003年度の1万263匹から2290匹に激減している。
もし、あなたが犬や猫のいのちを守ることに関心があるのなら、オリバーさんの団体に寄付するのも1つの手かもしれない。
(おわり)