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アベレージは終焉する 勝負の分かれ目は?

木村正人在英国際ジャーナリスト

米紙ニューヨーク・タイムズの著名コラムニスト、トーマス・フリードマン氏が16日、ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で、「秩序と無秩序の分かれ目」と題して講演した。

フリードマン氏が情報通信技術(IT)の飛躍的発展がインドや中国の競争力を高め、先進国との格差をなくしていく世界を鮮やかに描き出したベストセラー『フラット化する世界』を世に問うたのが2005年。この10年で世界はさらに劇的に変化した。

04年、フェイスブックはまだ大学のソーシャル・ネットワーキング・サイトに過ぎなかった。ツイッターはまだ「ツ」の字もなく、クラウドコンピューティング・サービスも第4世代移動通信システム(4G)も商業化されていない。

フリードマン氏は言う。「今、我々はチェスボードの後半戦に入ったばかりです。世界には3つのトレンドがあります。市場と母なる自然、そして、ムーアの法則です」

ムーアの法則は、集積回路上のトランジスタ数は18カ月ごとに倍になるというものだ。ITが倍のスピードで進化すれば、それによってグローバリゼーションも飛躍的に加速する。世界は互いにつながり、相互依存を深めていく。

米国を真の危機に陥れるのは、「敵」ではなく、「味方」であるはずの北大西洋条約機構(NATO)加盟国ギリシャなのかもしれない。ギリシャの納税者が税金を納めるのをやめれば、米国経済に致命的な打撃を与える。

中国が建造する空母よりも、実際は、中国経済の成長率が7%から1%に減速する方が世界にとっては脅威だとフリードマン氏は指摘する。そして、温室効果ガスの排出量や世界人口は劇的に増え続けている。

インターネットの発達で、誰もがフリードマン氏と同じようにコラムニストになれる時代であり、世界最強の軍事大国・米国の大統領でさえ、双方向のコミュニケーションを求められる。

米国議会の上下両院議員は視聴者参加型のオーディション番組「アメリカン・アイドル」の参加者のように振る舞い始め、米国の国際的な影響力は低下した。

鉄の拳で圧制を敷く独裁者の支配体制は崩壊。トップダウンの垂直構造やヒエラルキーが崩れ、権力は水平構造に移行しつつある。

そして、アベレージ(平均)は終わりを迎える。中間技術が高所得を保証した時代は過去のものとなり、高所得を得たいなら高度技術を身につける必要がある。

これは国家にも当てはまり、国家は「東と西」でも「南と北」でもなく、「秩序」と「無秩序」に分断される。「秩序」を保つ国は今のところ、ボトムアップの民主主義、健全な市場に支えられるグループと、中国やロシアのようにトップダウンの国家統制型に分けられる。

フリードマン氏の予測が正しいのなら、中国やロシアは欧米のボトムアップ型「秩序」に移行しなければ、いずれ「無秩序」状態に陥る危険性をはらんでいる。だから、「秩序」を保つ国々が協力して、「無秩序」を封じ込めなければならないと、フリードマン氏は力説した。

質疑応答で、筆者は「アベレージの終焉は中産階級の崩壊を意味します。健全な民主主義は、健全な中産階級によって支えられています。あなたは『秩序』を保つ国が『無秩序』を封じ込めなければならないと主張しますが、私はそうした国々で民主主義が健康を損なっているのではないかと心配しています」と質問した。

フリードマン氏は「それに対する単純な答えはない」という。しかし、教育の重要性が増し、人々を分断するのはデジタルではなく、「やる気」と「起業家精神」になると強調した。

グーグルで働く人の約15%は大学の学位を持っていない。なぜならグーグル・マシンがすべてを知っているからだ。何か新しいものを生み出そうというやる気がすべてのカギとなる。

フリードマン氏は「移民のようなハングリー精神と楽天主義、一から始めようという起業家精神、やる気が大切です。すべてはインターネットの向こう側にある。そこから新しいものを生み出すのは、やる気です」と、新しいアメリカン・ドリームを説く。

何をやってもしょうがないと考えた時点で、ゲーム・オーバーというわけだ。

しかし、筆者の目には、チェスボードの後半戦はすでに未曾有の格差を作り出し、シリアやイラクでのイスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」の勃興、ウクライナ危機、南シナ海や東シナ海の緊張、世界各地の分離独立主義をもたらしているように見える。

「ムーアの法則」は先進国では、より多くの勝者ではなく、より多くの敗者を生み出している。敗者はナショナリズムやナショナル・アイデンティティーにしがみつこうとし、世界は「秩序」から「無秩序」に向かって動き始めていることを筆者は懸念している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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