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【スコットランド独立投票】覚醒する民族精神 私たちは歴史の転換点に立っている

木村正人在英国際ジャーナリスト

[エディンバラ発]いよいよ決断の日がやってきた。ロンドンのユーストン駅から夜行列車に揺られて約7時間半、18日朝、スコットランドのエディンバラ駅に到着した。

独立に「Yes(賛成)」のバッチをつけた年金生活者のキャロル・ロスさん(63)が駅の出口で、「スコットランドの未来はスコットランド人の手にある」と印刷されたパンフレットを通勤客1人ひとりに配っていた。

筆者が「18日の投票日当日も運動をしていいんですか」と尋ねると、ロスさんは「投票所の近くでなければ許されています」と答えた。そこに「No(反対)」のバッチをつけた男性が現れ、「独立なんてありえない」と激しい言葉をロスさんに浴びせかけた。

ロスさんは「私たちは非常に穏やかに賛成運動を行ってきました。ナショナリズムを煽っているわけじゃあ、ありません。自分たちの未来を自分たちの政府に決めてもらいたいだけなのに」と悲しそうな表情を浮かべた。17日に公表された世論調査では独立に反対が51%、賛成が49%。

反対派が勢いを取り戻している。このため、スコットランド自治政府首相でスコットランド民族党(SNP)のサモンド党首は17日の演説で、「われわれはまだ負け犬だ。最後まで独立に向けて運動を緩めてはいけない」と声を振り絞った。目が潤んでいた。

もう、損得「勘定」という理性ではなく、民族自決という「感情」の戦いになっている。この言葉に突き動かされるように、エディンバラ駅の周辺では、独立賛成派が「最後のお願い」に繰り出した。

駅から歩いて15分ほどの投票所で簡単な出口調査を行った。

独立賛成に投票した家族(筆者撮影)
独立賛成に投票した家族(筆者撮影)

出口調査の結果を投票締め切り前に公表するのは憚られる。独立賛成派は、「Yes」バッチをつけ、タータンチェックのマフラー、スコットランド旗をあしらったファッション、そしてスコットランド・ブルーを身につけている。

スコットランド独立を問う住民投票は、保守党のキャメロン首相、SNPのサモンド党首の思惑をはるかに越え、スコットランドという民族精神を覚醒させてしまった。

「保守党の政府なんて、受け入れることができない」「独立すればスコットランドは必ず豊かになる」。彼らは明らかに「スコットランドらしさ」を求め、「英国らしさ」を強烈に拒絶している。

ロンドンにあるシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)のマーク・レナード氏は次のような分析をまとめた電子メールを送ってきた。

(1) 経済問題より、自分たちの政府を持ちたいという欲求が優っている。スコットランドの有権者は1930年代半ばから保守党には投票していない。保守党のキャメロン首相はスコットランドの代表ではないという意識が強い。

(2) 今やナショナリズムはプログレッシブ(進歩的)な装いで、社会に浸透し始めた。SNPが「社会主義的なユートピア(理想郷)」の建設を掲げたように、フランスの国民戦線(FN)や英国独立党(UKIP)もナショナリスト政党としての特徴を巧妙にオブラートに包んでいる。

(3) キャメロン、ミリバンド、クレッグの主要3政党の声がスコットランドの有権者に届いたかは甚だ疑問だ。トップダウン型のエリート政治は終焉した。

(4) ワン・ネイションは死んだ。国民国家の時代は幕を閉じた。

スコットランド住民投票の結果が出るのは19日午前6~7時(日本時間同日午後2~3時)。結果がどちらに転んでも、賛成派と反対派の感情的な対立はかなり尾を引くだろう。

賛成派は連帯して、排他的なスコットランド独立を叫んでいる。仮に今回の住民投票で反対派が過半数を占めても、スコットランド独立の夢は、もはやネバーエンディング・ストーリーである。

独立反対に投票したアダム・レイさん(同)
独立反対に投票したアダム・レイさん(同)

「この1年間、どちらに投票しようか、ずっと迷ってきました」と打ち明けるのは、オーストラリア出身で1年前からスコットランドで暮らすIT技術者のアダム・レイさん(31)。

1週間前の世論調査で独立賛成派が反対派を上回ったとき、不安を覚えた。この日は独立反対に1票を投じた。

「職場で独立に賛成のスコットランド人は2~3割です。もしスコットランドが独立したら、英国は小さな国になってしまいます。スコットランドも北海油田がなくなったら非常に危ないと思います」

しかし、こうした冷静な声は、民族感情と民族精神の高揚にかき消されている。今、この原稿を書いている後ろでも、独立か、残留かで熱のこもった議論が交わされている。

力づくで国境を書き換えたロシアのクリミア編入とは異なり、極めて民主的な手続きに則って国境は書き換えられるのか。

投票権者は428万5323人。投票率は英国史上最高の70~80%に達するとみられている。

スコットランドと英国だけではなく、個人と社会、国家の帰属を求めて世界は、グローバリゼーションという奔流の中で大きな転換点を迎えている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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