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「チャイナ・アズ・ナンバーワン」を完全スルーした日本メディア 中国が購買力平価で世界最大の経済大国に

木村正人在英国際ジャーナリスト

国際通貨基金(IMF)によると為替の影響を排除した購買力平価(PPP)ベースで中国が今年、米国を抜いて世界一になる見通しだという英紙フィナンシャル・タイムズの報道を読んで、10月7日に更新されたIMFのデータベースを自分で調べてみた。

ネットで検索しても日本のメディアがこのニュースを完全スルーしているのを不思議に思ったからだ。筆者が作成したグラフをご覧いただきたい。2014年の棒グラフを見ると確かに中国が米国をわずかに追い越している。

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2014年の数字を拾うと

(1)中国、17兆6320億ドル

(2)米国、17兆4162億ドル

(3)インド、7兆2772億ドル

(4)日本、4兆7880億ドル

(5)ドイツ、3兆6213億ドル

となっている。

ある研究では、1820年には中国の国内総生産(GDP)は世界の30%以上を占めていたそうだ。しかし、産業革命、1840年のアヘン戦争に始まる帝国主義と軍国・日本に侵略された歴史を持つ中国は没落。戦後、トウ小平の経済改革を転機に、この35年、奇跡的な高度成長を遂げてきた。

今年5月、中国のGDPは年内に購買力平価で米国を抜いて世界一になる見通しだと世界銀行や国連などの国際比較プログラム(ICP)が発表している。だから今さら、IMFが公式に今年、中国経済が米国経済を追い抜くと認めたところでニュースではないのかもしれない。

しかし、これまでIMF予測に基づく計算では、中国が購買力平価換算でも米国を追い抜くことは2019年までないと言われてきた。それが5年も早まったのだ。このニュースを日本メディアがまったく報じない理由は何なのか、自分なりに考えてみた。

(1)「中国経済が世界最大に」はもはや既定路線で改めて取り上げるまでもないから

購買力平価でなくても、英誌エコノミストは、中国と米国の成長、インフレ、為替レートを予測した結果、中国は2021年には米国を追い抜くと予測している。もう騒ぐニュースではないから、日本メディアは報じなかった。

(2)中国が世界最大の経済大国になることを信じたくないから。日本にとって面白くないニュースだから

米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)と笹川平和財団の「日米安全保障研究会」の中間報告の中に「中国の今後の経済成長と東アジアの安全保障」という資料がある。

その中で「中国の高成長はもはや続かず、米国をGDPで抜く日も来ないであろう」「今後の中国の経済成長が世界中で過大に見積もられてきたことが中国と周辺国の外交・安全保障問題に看過できない悪影響を及ぼしている」と指摘されている。

「リーマン・ショック後の2009年以来、中国人の対外意識は地滑り的な変化を起こし、自信の高まりがassertive(独断的)な対外姿勢(を生み)、特に領土領海問題について妥協を拒む『核心的利益』論が台頭している」

「日本人が感じる『際限なく強大化する中国』という『悪夢』もまた『幻想』であった。日中双方は裏と表から、同じ錯覚をしているようなものである」

国際金融都市ロンドンでは、輸出主導から内需主導への切り換えを図る中国の経済成長はまだ続くという見方が強い。

「中国の独断的な行動を許してはならない」→「中国経済を過大に評価するから中国は増長する」→「だから、中国の成長力を評価するのをやめよう」という思考法は「希望的観測」に傾きすぎているのではないか、と筆者には思えるのだが。

(3)中国の統計数字は信用できない。中でも急激に膨張するインターネット金融のリスクが測定不能だから

日本の金融関係者が特に注視しているのが、中国のインターネット金融だ。

ニューヨーク証券取引所で史上空前の大型上場を果たした中国電子商取引最大手のアリババ集団(浙江省)。資金調達額は2兆7千億円超と過去最大になった。

そのアリババ集団が昨年6月に販売を開始したオンライン金融商品「余額宝」が中国で大人気なのだ。余額宝は資産残高はわずか1年余りで5741億元(約10兆1千億円)に膨れ上がり、世界4位のMMF(マネー・マーケット・ファンド)になった。

「余額宝」の成功にあやかって、大手検索サイト「百度」と嘉実基金による「百発」、ファンド販売会社の天天基金網と基金会社3社による理財商品などが次々と発売されている。

こうしたインターネット金融が中国のGDPを押し上げている。インターネット金融は不動産市場とともにいつ破裂するかわからず、中国経済に暗い影を落としている。

しかし、中国経済のハードランディングシナリオは、世界の誰も望んでいない。中国に代わる世界経済の成長エンジンが見当たらないからだ。

7つの海を支配した大英帝国が経済規模で米国に追い抜かれたのは1872年と言われる。米国のドルが世界の基軸通貨になったのは1944年のブレトンウッズ協定。基軸通貨交代までに第一次大戦と第二次大戦と2つの大戦が起きている。

国際関係に詳しいロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のバリー・ブザン教授は「主要な戦争がない限り、米国は超大国ではなくなっても主要な大国であり続ける。欧州も日本も少しずつ縮小するかもしれないが、中国一国が世界の覇権を握ることはない」と分析する。

中国が世界最大の経済大国になったとしても、日米欧が連携を強めて中国に対し、国際社会の枠組みの中で影響力を拡大していくのが中国の利益であることを改めて説いていくしかない。

中国の平和的台頭こそが世界に利益をもたらす。尖閣をめぐる中国と日本の衝突シナリオ、中国と米国の衝突シナリオは誰の利益にもならない。もし、11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で日中首脳会談が実現したら、安倍晋三首相は真っ先に中国の習近平国家主席に平和的台頭路線に戻るよう呼びかけるべきだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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