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冷え込む世界経済 アベノミクスも大ピンチ 歴史問題にかまけている場合か

木村正人在英国際ジャーナリスト

不安走る世界市場

中国を筆頭に新興国経済が減速、欧州単一通貨ユーロ圏のデフレ懸念が膨らむ中、頼みの米国経済の先行き不透明感が増し、早期利上げの観測が遠のいた。このため安全資産の円や金が買われ、ニューヨーク株式市場は15日、一時300ドル超下げるなど急落、円高が進んだ。不安が不安を呼んだ格好だ。

米連邦準備理事会(FRB)は今月下旬の会合で証券の追加購入を停止し、量的緩和を終了する見通しだ。これで円安、株高、さらなる円安が進めば日銀が追加緩和をしなくても来年10月に消費税率を8%から10%に引き上げられると踏んでいた安倍政権にも衝撃が走ったに違いない。

英紙フィナンシャル・タイムズによると、世界経済の牽引役だった中国経済の成長率は第2四半期、年率7.5%から同6.8%に落ち込むとみられている。ユーロ圏の失業率は10%を超え、9月の消費者物価上昇率は前年同月比0.3%にとどまり、デフレリスクが現実味を増している。

好調とみられていた米国で小売売上高が前月より減少したことをきっかけに不安が市場を駆け巡り、安全資産の円や金が買われた。日本国債10年物の利回りも0.5%を下回り、米国債10年物の利回りも一時1.86%まで下げた。

不動産景気に沸くロンドン

ロンドンで暮らす筆者は先日、朝のラッシュ時に名物の2階建てバスに乗ろうとして3本も見送らなければならなかった。満員で運転手が入り口のドアを開けなかったためだ。4本目で何とか滑り込めたものの、運転手が後ろの乗客を締め出そうとドアをすぐに閉じたため、リュックを挟まれ往生した。

ロンドンでは地下鉄料金が高いので、バスや自転車を利用する人が多い。世界金融危機後の財政再建でバスの運行台数を減らしていることが影響しているとはいえ、すごい混雑だ。お昼にバスを利用すると道路工事や大渋滞に巻き込まれることが多く、歩いた方がましという始末。

中国、中東、ロシアからお金がドッと流れ込むロンドンの不動産価格はこの1年で20%も上昇した。英国家統計局によると、英国経済は第2四半期、前期比で0.9%も成長。英中銀、イングランド銀行は今年の成長率を3.5%と見込む。国内総生産(GDP)は世界金融危機前のピークを2.7%上回った。

失業率は2008年以来初めて200万人を下回り、197万人。しかし、経済の体温を表す消費者物価指数は1.2%まで下がってきた。景気が良くなっているのに低インフレが進むのはなぜだろう?

低インフレの謎

不思議に思って、みずほ総合研究所ロンドン事務所の山本康雄さんに電話で尋ねてみた。山本さんは「おそらく答えは誰にもわからないでしょう」と言いながらも、考えられそうな原因をいくつか教えてくれた。

英国通貨ポンドが強いので、輸入コストが低くなる。

新興国の需要が減っている。

原油や鉄鉱石価格が下がっている。

企業収益が伸びず、賃金が上がってこない。

しかし、不動産価格の上昇などの資産効果が出ている、などなど。

ロンドンでは雨後の筍のように不動産業者があちこちに出店している。これは世界金融危機前にはみられなかった現象だ。英国の政策金利は過去最低の年0.5%に据え置かれたまま。英国の10年物国債の利回りも一時、節目の2%を下回った。

『21世紀の資本主義』を出版したフランスの経済学者トマ・ピケティ氏は持てる者が働く者よりも潤う時代が到来したことをデータで詳らかにした。実際、筆者のまわりでも週5日労働ではなく、3日、4日だけしか働けない人が目立つようになっている。

情報産業の裾野が製造産業ほどにはまだ広がっていないことや先進国の超金融緩和政策が資産バブルを生み出していることも影響しているように感じられる。

政治の違い

英国の財政と経済のカジを取る保守党のオズボーン財務相はあるときは涙を流したり、ハンバーガーを頬張りながら政策を考えたり、中国との経済関係を強化したりするなど、あらゆる手を尽くしてきた。

人によって好き嫌いはあるにせよ、オズボーン財務相がずば抜けて優れた頭脳を持ち、一瞬たりとも気を抜かず、全身全霊を集中させていることを疑う人はいないだろう。

世界経済は未知の領域に足を踏み入れている。安倍晋三首相の経済政策アベノミクスも、切り札の日銀の「異次元緩和」が効力を失いつつある。消費税再増税という正念場を迎えようとしているのに、安倍政権から流れてくるニュースは歴史問題ばかり。

岸田文雄外相は15日の衆院外務委員会で、従軍慰安婦問題で日本政府に賠償や謝罪を勧告した国連人権委員会の「クマラスワミ報告」に対し日本政府が見解をまとめた文書の公開を検討する考えを明らかにした。

読売新聞によると、日本政府は特別報告者のスリランカ人法律家クマラスワミ氏に対し、旧日本軍が韓国・済州島で慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏(故人)の証言を引用した部分の撤回を申し入れたという。

日本はそんなことをしている場合かと筆者は強く危惧する。

安倍首相の前には3つのアクセルがある。1つ目はアベノミクス。2つ目は安全保障と憲法改正。3つ目は靖国参拝や従軍慰安婦などの歴史問題。

安倍政権の動きや側近の発言を見ていると、安倍首相の本質は3つ目の歴史問題だとしか思えなくなってくる。アベノミクスは目的ではなく、歴史問題をいじるための手段に過ぎなかったと世界が見切ったとき、何が起きるのだろう。

みずほ証券リサーチ&コンサルティング「鳥虫魚眼の経済展望」(8月)より抜粋
みずほ証券リサーチ&コンサルティング「鳥虫魚眼の経済展望」(8月)より抜粋

アベノミクスは今のところ実質賃金を押し下げている。デフレでもインフレでも実質賃金を増やすことが一番大切だ。有権者は安倍首相の「日本の誇りという名の歴史遊び」と心中するより、経済を良くしてくれることを願っていると思うのだが。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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