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アフガン撤退から学ぶ安倍首相「積極的平和主義」の限界

木村正人在英国際ジャーナリスト

13年に及んだ戦闘任務

アフガニスタン駐留英軍が南部ヘルマンド州での戦闘任務を終え、撤収を開始した。これで英軍は2001年の米中枢同時テロ(9・11)に端を発したイスラム原理主義武装勢力タリバンとの戦闘に幕を下ろす。

英軍からは最大約1万人が派兵され、作戦費用は190億ポンド(3兆3千億円)。死者は453人にのぼった。

北大西洋条約機構(NATO)の戦闘任務は14年末に終了するが、英軍はその後も500人が駐留し、アフガン治安部隊の訓練などを担当する。

米海兵隊の部隊もヘルマンド州の基地での戦闘任務を終了。米軍は2016年末までにアフガンから完全撤退する予定だ。

キャメロン英首相の虚勢

英国のキャメロン首相は、おびただしい犠牲を出した英陸軍をツィッターでこう労った。

「私は2015年までに英軍の部隊をアフガンから撤退させると約束した。今日をもってアフガンでの戦闘任務は終了した」

「私たちに代わってアフガンで任務を果たした兵士たちの勇気をいつまでも胸に刻んでいる。彼らが払った犠牲は絶対に忘れない」

しかし、アフガン駐留英軍を指揮した司令官たちは一様に苦渋の色を浮かべた。泥縄式の作戦拡大で犠牲を拡大させてしまったからだ。

英軍の犠牲者数を見てみよう。

02年 3人

03年 0人

04年 1人

05年 1人

06年 39人

07年 42人

08年 51人

09年 108人

10年 103人

11年 46人

12年 44人

13年 9人

14年 6人

犠牲者はなぜ膨らんだか

ブッシュ米大統領がアフガン戦争の目的を9・11の復讐に置き、国際テロ組織アルカイダと首謀者のウサマ・ビンラディンをかくまっていたタリバン政権を転覆したあとも復興を放置した。

ブッシュ大統領は大量破壊兵器を保有しているとしてイラクに戦争を拡大。この結果、アフガンは手薄になってしまった。

パキスタンはブッシュ大統領に対テロ戦争への協力を約束。しかし同国はインドに攻め込まれるという非常事態にはアフガンに一時撤退して態勢を立て直すシナリオを描く。

パキスタンは恩義を売るため辺境地区に逃れてきたタリバンをかくまった。

アフガンでは、タリバンに代わって地域を支配した軍閥や部族の腐敗がひどく、住民は米英軍がイラク戦争に転戦している隙を見てパキスタンから舞い戻ったタリバンを支援した。

英国は1839年から1919年の間、3度にわたりアフガンと戦争を行った。1842年の「カブール脱出」では英軍4500人を含む1万6500人が全滅、1人が辛うじて生き残るという苦い記憶が残る。

英軍は2006年から南部ヘルマンド州でタリバン掃討作戦を担当した。当時、リード英国防相は「ヘルマンドでの任務は3年以内に、1発の銃弾も撃たずに終えることを望んでいる」と楽観的な見通しを語った。

タリバンはしかし、「カブール脱出の悲劇」を再現するように地の利を活かして路肩爆弾や狙撃で駐留英軍を窮地に追い込んだ。

最初の戦争が終わっていないのに別の戦争を始めるな

ヘルマンド州でのタリバン掃討作戦を指揮したリチャード・ダナット元英陸軍参謀総長(2006~09年)は英BBC放送にこう語った。

「9・11後、アルカイダをかくまうアフガンを攻撃したのは間違っていない。他に選択肢がなかった。しかし、アフガンで始めた戦争が終わっていないのに、イラク戦争という新しい戦争を始めたのは間違いだ」

英陸軍はコソボなどにも展開しており、アフガンに十分な装備を回せなかった。ヘリコプター不足から陸路での移動を強いられ、タリバンの襲撃で犠牲を拡大させた。

結局、英軍は10年にヘルマンド州の中でも最激戦地だったサンギンでの戦闘任務を米軍に肩代わりしてもらう。

ピーター・ウォール前英陸軍参謀総長(10~14年)もBBCに「限られた目的のために計画を立てたが、計算が間違っていた」と認めた。

06~07年にNATOの国際治安支援部隊3万5千人(37カ国)を指揮したデービッド・リチャーズ元英陸軍参謀総長は「最善を望みながら最悪に備えるのが陸軍の伝統だが、最善シナリオに基づいて計画を立ててしまった」と唇を噛んだ。

手強いタリバンをなめてかかっていたのだ。

米軍とNATOの作戦で今のところタリバンの勢力範囲は首都カブールなど北部には及んでいない。英陸軍司令官の1人は「引き分け」と漏らすが、本当の勝敗はこれからだ。

タリバンが勢力を拡大すれば敗北を意味する。

わずかな成果

アフガンでは現在、670万人の子供が学校に通っている。タリバンが禁止した凧揚げに興じる子供たちの姿も見られる。

しかし、ケシの栽培面積は過去最大の20万9千ヘクタールまで拡大した。アフガン経済もアフガン治安部隊・警察も国際支援がないとやっていけないのが現実だ。

英国は2010年の戦略的国防・安全保障見直しで陸軍の大幅削減を策定しており、地上部隊の海外派兵は「アフガンが最後になる」との見方がもっぱらだ。

英国は米国との「特別な関係」を維持するため、若者の生命を犠牲にした。軍人は後悔と無念に苛まれる中、欧米諸国はイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」との戦争に突き進む。

BBCの世論調査では、アフガン戦争の結果、英国は安全になったと回答したのはわずか14%。42%は安全でなくなったと答えた。

安倍晋三首相の掲げる「積極的平和主義」とは対米協力の範囲を拡大させるのが目的なのか、それとも国際貢献を進めるためのものなのか。いずれにせよ国益に資することが大前提となる。

日本は「積極的平和主義」を実行に移す前に、アフガンの泥沼から抜け出すのに13年もかかった英国の教訓から徹底的に学ぶ必要がある。

それ以前に国内総生産(GDP)の240%もの政府債務を抱えた老大国に軍事的な対外協力がどこまで可能なのかを冷静に考えるべきだろう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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