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「落語は世界を包む」カナダ出身の桂三輝さん 夢は海外長期公演

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本の伝統芸能である落語を世界に広めようと、上方落語の六代・桂文枝師匠の弟子であるカナダ出身の桂三輝(かつら・さんしゃいん)さんが11月30日の日曜日、ロンドンで公演する。「RAKUGO」とともに世界に羽ばたくのが夢だ。

桂三輝さんの英スコットランド・エディンバラでの舞台(三輝さん提供)
桂三輝さんの英スコットランド・エディンバラでの舞台(三輝さん提供)

上方落語界初の外国人落語家である三輝(本名グレッグ・ロービック)さんは44歳。カナダのトロント大学で古典演劇を学んだ。劇作家として制作した初のミュージカル作品は15カ月のロングラン公演となり、カナダ人が制作したミュージカルでは最長記録として残っている。

日本の能や歌舞伎が古典ギリシャの喜劇や悲劇のお面や楽器の使い方、語り方と似ていることに興味を持ち、「軽い気持ち」で1999年に来日した。劇作家として作品を書き続けながら、大学で非常勤講師を務めるようになった。

大阪の天満天神繁昌亭で文枝師匠(当時は桂三枝)の独演会を聴いたのが人生の大転機になった。

「師匠の創作落語に大笑いしました。日本人でなくても笑える。私が笑ったので、友だちも必ず笑うと思いました。そのまま英語にしたら海外で受ける。万国共通の笑いです。私がこの創作落語を海外に持って行きたい、私がやりたい、絶対に楽しいと思いました」

たとえば文枝師匠の創作落語『宿題』はこんな調子だ。

まくらで「『いかにも』という言葉を使って文章を作りなさい、という国語の問題が出ました。子供の答えに驚きました。イカにもタコにも吸盤がついている」と笑わせて、本題に入る。

お父さんが仕事に疲れて家に帰ってくると、妻から息子の塾の宿題を見てやってほしいと頼まれる。

息子が「月夜の晩に池の周りにツルとカメが集まってきました」と算数の文章題を読むと、父親は「それホンマに算数の問題か。童話みたいやな」。

子供が「頭の数を数えると16。足の数を数えると44本ありました。さてツルは何羽でカメは何匹でしょうか」と鶴亀算の問題を読み上げると、困り果てた父親は「ツルとカメの頭を別々に数えたらすぐにわかるやろ」。

笑いにもいろいろある。人を見下したり、バカにした陰湿な笑い、嘲笑、冷笑、下ネタを使った卑猥な笑い、下品なユーモア。

「上から目線はどこかでお客さんに線を引いているんです。文枝師匠の独演会を聴いて、腰の低い、下から目線の笑いに、惚れ込みました。まくらのときにお客さんをリラックスさせて、みんなと友だちになる。落語家はみんなの想像力を使って世界をつくる」

だから落語には論争を呼ぶ宗教や政治、下品な言葉遣い、下ネタがないと三輝さん。誰かを傷つける笑いは世界にあふれていても、みんなを包み込むような笑いは落語にしかない。

「これは絶対に世界で受けると思いました。自分がやりたくて、やりたくて仕方なくなりました」

2008年2月ごろ、再び天満天神繁昌亭での独演会。楽屋入りする三枝師匠の前で三輝さんは土下座して、「落語の芸を教えてください。私を弟子入りさせて下さい」と頼み込んだ。

三枝師匠の計らいで、三輝さんは視聴者参加の人気テレビ番組『新婚さんいらっしゃい!』の収録を舞台の袖から見学した。三枝師匠は帰り際、「もし良かったら来週も来て」というだけで、弟子入りできるかどうか、答えてはくれなかった。

8カ月後、『新婚さんいらっしゃい!』の収録後、三枝師匠は初めて三輝さんを車に乗せて、「弟子入りしなくても落語が学びたかったら、教えてあげる。でも、桂の名前がほしかったら3年修行する必要がある」と話した。

三枝師匠に外国人の弟子は1人もいない。「(外国人だから)勘違いしているかもしれない。8カ月待たせたのは師匠の思いやり」と三輝さん。

師匠の家や寮に住み込んで、掃除洗濯、落語会のお手伝い。事務所当番。衣装をクリーニングに出したり、取材に立ち会ったり。師匠は2時間も3時間も散歩をして落語を稽古するが、三輝さんは他の兄弟子と一緒について回った。師匠の舞台を食い入るように見て、芸を身につけた。

桂文枝師匠と(三輝さん提供)
桂文枝師匠と(三輝さん提供)

驚いたのは、師匠は本当に腰が低いことだ。

舞台でも昔、道で会った子供から「三枝や。おっちゃん、三枝やろ。あれやって、あれ、いらっしゃーい! というギャグ」とせがまれ、根負けして「いらっしゃーい!」とやると、子供から「アホか」とからかわれるネタを披露しているが、下から目線は普段から徹底している。

「師匠は大スターなのに、ミュージカルのスターとは違います。ファンの方からサインや握手を求められても時間の許す限り、ファンサービスをしています。ファンの中には(舞台のネタになっているように)失礼な方もいますが、師匠は気にしません」

世界に落語を広める桂三輝さん(筆者撮影)
世界に落語を広める桂三輝さん(筆者撮影)

「サンシャイン(sunshine)」という芸名をもらった三輝さんは日本語でも、英語でも、フランス語でも落語ができるように必死で修行した。一つネタを覚えると文枝師匠の前で披露して、アドバイスをもらう。

「『宿題』のツルは海外では馴染みがないと思って、フラミンゴにしたら、あまり受けなかった。フラミンゴはフロリダのイメージが強いから、日本の雰囲気が壊れてしまいます」

だから、文枝師匠の創作落語をできるだけ忠実に英語に直訳した。

母国のオタワとトロントで公演したのが大受けし、昨年夏にはカナダと米国で公演。今年7月からワールドツアーを行っている。

「落語はクリーン・ユーモアです。小さな舞台を借りて、ウエストエンドのミュージカルみたいに週8回、1年間、落語をやりたいですね」と三輝さんは胸を膨らませている。

英国在住の皆さん、ジャーナリストの方々も三輝さんを是非、応援してあげて下さい。落語が世界に届きますよ。

11月30日日曜日

午後3時午後7時の2回公演

前売り10ポンド

The Forge, 3-7 Delancey Street

London

NW1 7NL

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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