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【アベノミクス解散】日本の物価上昇率は「3.2%」それとも「1%程度」? データの伝え方と読み解き方

木村正人在英国際ジャーナリスト

元特捜検事の死が語る時代の変遷

裏社会から「闇社会の守護神」という異名を取った元特捜検事、田中森一(たなか・もりかず)氏が亡くなった。享年71歳。

阪大ワープロ汚職事件をはじめ、撚糸(ねんし)工連事件など政界汚職事件も手がけた凄腕検事で、当時、駆け出しの事件記者だった筆者も1度だけお会いしたことがある。

長崎の貧しい漁師の家に生まれ、苦学して検事に。懐の深い「情」の取り調べで次々と被疑者を落とし、特捜の階段を上っていく。しかし、捜査が中央政界に及ぼうとする段になると、検察上層部からストップがかかる。

弁護士に転身後はイトマン事件の許永中・元受刑者や暴力団山口組の宅見勝最高幹部との親交も取り沙汰され、最後は東京地検特捜部に逮捕され、塀の中に落ちる。

豪胆で、清濁あわせのむ性格が災いし、プライベートヘリを保有するなど、金銭感覚がマヒし、依頼者からの仕事も次第にお座なりに処理するようになっていく。

戦後の高度経済成長、金融バブルとその崩壊、「失われた20年」をそのまま映しだしたような人生。1980~90年代、事件記者の仕事と言えば、田中氏のような人物に食い込むことだった。

筆者も、警察の捜査員、検察官・検察事務官、国税の査察官・調査官、証券取引等監視委員会の検査官、金融屋、談合屋、暴力団、弁護士を早朝から未明まで追いかけまわした。

取材先を高級クラブに連れ出し、ホステスに囲まれ、くり抜いたメロンにかき氷とブランデーをなみなみと注いで回し飲みしたり、ポールダンスのクラブに行ったりという破滅的な日々を送っていた。

良いことか悪いことかわからないが、新聞記者になったからにはとことんやってみようと思っていたからだ。ニュースソースは秘匿する、取材先の接待は絶対に受けない、取材した話は裏を取って必ず書くという自分なりの倫理だけは守った。

田中氏の訃報に接し、時代の移り変わりを痛感する。あの時、日本がバブルに酔わず、きたるグローバリゼーションの時代にきちんと備えることができていたら惨憺たる日本の今は避けることができたと思うと、後悔がよぎる。

霞ヶ関も「ざぶん」「どぼん」「ごろん」という接待攻勢にどっぷり浸かっていた。かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされた日本のシステムは頭のてっぺんから腐っていたのだ。

情報は中央権力から個人に

50歳を機に28年勤めた新聞社を早期退職した筆者はわけもわからぬまま、インターネットで記事を書き始めた。昨日、日本を旅行した英国人の友人から「マサ(正人)って日本では有名なんだね」と言われてびっくりした。

ウソのようでホントの話だが、新聞記者時代よりも「記事を読んでいますよ」と声を掛けられることが飛躍的に増えた。ロンドンでいろいろなワークショップに参加するようになり、情報収集力も格段にアップした。

予算に制約があるので、現地で通訳を雇ってという贅沢な取材はまだできないものの、いろいろな方法で補うことができる。情報は中央権力の手を離れ、個人に分散している。権力構造も「垂直」方向から「水平」方向に変化し始めている。

社会は効率性を求めて、権力集中型から分散型に変わり始めている。その好例が、英スコットランド地方の独立を問う住民投票だ。

これを「統合」から「分裂」への予兆ととらえる向きもあるが、英国は日本で言う「道州制」に近いシステムを取り入れて、変化しようとしているように筆者には見える。ロンドンよりもエディンバラの方がスコットランドのことがよくわかるということだ。

今は統治の効率性が問われている時代なのだ。

そういう時代の流れを無視して、新聞記者が十年一日のごとく、政治や官僚に集中して取材するのは意味がない。また、事件取材でも、田中氏のような人物を追いかけることは面白い読み物にはなっても、弊害の方が大きくなる。

物価上昇率のごまかし

霞ヶ関の取材経験がない筆者は、霞ヶ関や日銀が発表する数字を見て戸惑うことがある。たとえば、総務省の全国消費者物価指数(9月分)。

(1)総合指数は前月比0.2%の上昇、前年同月比は3.2%の上昇

(2)生鮮食品を除く総合指数は前月と同水準、前年同月比は3.0%の上昇

(3)食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合指数は前月と同水準、前年同月比は2.3%の上昇

前年同月比で、生鮮食品を除く食料が4.2%、テレビが9.9%、宿泊料が8.4%、電気やガソリンなどエネルギーも5.2%上昇している。

これではアベノミクスの恩恵を実感しろという方が難しい。生活実感としては総合指数の「3.2%」が国民の気持ちに近い。それが日銀が発表するとこうなる。

日銀の金融経済月報(11月)を見てみる。

「物価の現状について、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみると、国内企業物価は、国際商品市況の大幅な下落を反映して、3か月前比で下落している。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、1%程度となっている。消費者物価の前年比は、当面現状程度のプラス幅で推移するとみられる」

「消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベース」というのがミソだ。2年程度で2%の安定インフレの達成を政策目標に掲げる日銀は「消費税増税の影響」を加えた場合(総務省発表の総合指数)、3.2%のインフレをすでに達成している。

インフレを押し上げる最大の要因は増税や公共料金の値上げだ。インフレ率をみるとき、わざわざ増税分を除くという例を海外では聞いたことがない。

黒田バズーカ2の隠された狙い

リーマン・ショックの直後に日銀が黒田バズーカ2と同じような異次元緩和策をぶっ放していたら、輸出の回復は早かったかもしれない。しかし、時すでに遅し。生産拠点は海外に移ってしまって戻ってくる気配はない。

それでも日銀が「消費税増税の影響」を除いて2%という高いインフレ目標を掲げて「黒田バズーカ2」を続ける意味は何か。

時事通信ロンドン・トップセミナーで講演した資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井将雄さんのプレゼンの中にいくつかのヒントがあった。

ヒント1民間純貯蓄が財政赤字に食われて、国民純貯蓄がゼロ近辺になっている。

(筆者)ということは民間企業の設備投資が活発になったり、財政赤字がこれ以上膨らんだりすると、財政赤字をどのようにして埋めるか考える必要が出てくる。

ヒント2国内総生産(GDP)比で見た国と地方の債務残高は1%や2%のインフレでは膨らみ続ける。3%のインフレなら微増。4%、5%のインフレになって初めて減少し始める。

(筆者)政府も日銀も債務危機と金融危機が起き、経済のドカ貧が発生するという最悪シナリオを一番怖れている。黒田バズーカ2の目的はインフレを起こして政府債務を軽くし、民間金融機関から国債を買い上げ金融危機のリスクを未然に減らすことのように思える。

日本をダメにした「世界第2の経済大国」

庶民の生活実感と日銀の思惑は異なる。庶民の側に立つべき大手メディアは「3.2%」と「1%程度」のどちらに軸足を置いて報じているのだろう。一読者としては庶民の側に立ったナラティブ(物語)を伝えてほしい。

財務省回りの記者は「財務省の論理」で、日銀担当の記者は「日銀の論理」で、官邸詰めの記者は安倍晋三首相の利害に基づいて報道する。それが日本の大手ジャーナリズムだ。

日本をここまでダメにした最悪のナラティブは、中国に追い抜かれるまで掲げ続けてきた「世界第2の経済大国」という大看板。この看板がすべての問題を覆い隠し、日本の改革を阻んできた。

消費税の影響を除いた「2年程度で2%の安定インフレ」という黒田日銀の政策目標が今、われわれの生活を振り回している。安倍政権は「株価連動政権」とも言われるが、株価チャートも庶民の生活には直結しない。

総中流階級と言われた日本では高所得者と中・低所得者が二分し、中所得者の低所得者への移行が進む。

この20年でメディアの役割も随分変わった。不正や腐敗といった勧善懲悪報道にとどまらず、政策の妥当性や効率性がテーマになっている。記者が御用聞きをしていて済む時代は終わった。なぜなら、永田町も霞ヶ関も「正解」を持ち合わせていないからだ。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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