南シナ海・南沙諸島に中国の「不沈空母」出現 東シナ海も安心できない
南沙諸島の人工島
英国人とフィリピン出身の友人夫婦を自宅に招いて鴨鍋を囲んでいたとき、中国が実効支配を強化する南シナ海の現状をレポートした英BBC放送のドキュメンタリー番組が流れた。
フィリピンは南シナ海で、日本は東シナ海で中国と領有権争いを抱えているため、その場が凍りついた。
日中首脳会談で習近平国家主席と安倍晋三首相は不測の事態を回避するため「海上連絡メカニズム」の構築で合意したが、南シナ海で進む中国の横暴を改めて目の当たりにすると背筋が寒くなる。
中国が東シナ海で大人しくしているのは、おそらく日米同盟のにらみが効いている間だけだ。
1988年の南シナ海・南沙(英語名スプラトリー)諸島海戦では、サンゴ礁に立てられたベトナム旗を守るベトナム兵ら約70人が中国人民解放軍海軍の銃撃で死亡した。
この海戦で中国が手に入れたジョンソン南礁(中国名・赤瓜礁)やファイアリー・クロス礁(同・永暑礁)、クアテロン礁(同・華陽礁)、ガベン礁(南薫礁)では現在、急ピッチで埋立工事が行われている。
国際軍事専門誌IHSジェーンズ・ディフェンス・ウイークリーが21日に公表した南沙諸島・ファイアリー・クロス礁の衛星写真2枚を送ってきてくれた。
1枚目は8月8日に撮影された。中国人民解放軍海軍の主力哨戒艦艇や浚渫船、小さな建造物は確認できるが、礁のほぼ全部が海の中に沈んでいる。
これが中国の「不沈空母」だ
2枚目は約3カ月後の11月14日に撮影された。埋め立てられた人工島は長さ約3千メートル、幅200~300メートルもあり、滑走路やエプロンをつくるのに十分な広さだ。
2枚の写真を比べると、ものすごいスピードで埋立工事が進んでいることが実感できる。人工島化が進むジョンソン南礁やクアテロン礁、ガベン礁もまだこれほど広くない。
しかも浚渫船を使って水上戦闘艦艇やタンカーが接岸できる港湾施設(写真右側)まで建設されている。
中国外務省は「中国は南沙諸島に争う余地のない主権を有している」と滑走路建設を隠そうという素振りも見せない。これが少しずつ既成事実を積み重ねる中国の「サラミソーセージ薄切り戦略」だ。
中国はウクライナの空母ヴァリャーグを完成させた「遼寧」を就航させ、南シナ海の制空権を広げようとしている。ファイアリー・クロス礁の滑走路や関連の軍事施設が完成すれば、文字通り「不沈空母」になる。
桟橋を設けて人民解放軍海軍の守備隊を常駐させ、対空砲を設置、領有権を争う国々の潜水夫を排除する前線基地として使用するのが狙いとみられている。
急増する中国機へのスクランブル
日本の防衛関係者に話をうかがうと、沖縄・尖閣諸島の守りを緩めるわけにはいかないが、中国が長期的にみて手に入れたいと考えているのは与那国、石垣、宮古、西表の4島だという。
太平洋に自由に出るルートを確保するのが狙いだ。
中国が尖閣の領有権を主張し始めたのは海底資源が埋蔵されている可能性が指摘されてからだと日本の外務省はしきりに説明するが、空と一体化した中国の海洋戦略の狙いは別のところにある。
昨年11月に中国が尖閣上空を含む東シナ海に設置した防空識別圏(ADIZ)について、日本国際問題研究所の小谷哲男主任研究員が英語で解説したリンクを送ってきてくれた。
日本の防衛省は日本周辺を囲むような形でADIZを設定しているが、領空・領土の限界や範囲を定めるものではない。国籍不明の戦闘機がADIZを通って領空に向かってくる場合、領空侵犯の恐れがあるとして航空自衛隊の戦闘機が緊急発進する。
小谷氏の集計では2013年10月から今年9月までに計473回も空自の戦闘機は中国機にスクランブルをかけている。前年同期に比べて23%増も増えている。
中国独自の空間認識
日本のADIZは国際水域や公海上空の「飛行の自由」を妨げるものではない。しかし、中国のADIZはまったく性格を異にする。「航空機の行き先がどこであれ、ADIZ内では中国の規則を厳守しなければ、中国人民解放軍は防御的緊急措置をとる」(小谷氏)という内容だ。
「ADIZの法的な根拠を提供する国際法はほとんどないものの、領空に近づいて来るわけでもない航空機にも強制的な手段がとれるというのは『飛行の自由』という概念に反している」と小谷氏は解説している。
尖閣の領有権争いに加えて、ADIZや排他的経済水域(EEZ)上空の空間認識の違いが危機を招きかねない事態を引き起こしている。
今年5月、東シナ海の公海上空を飛行していた海自の画像情報収集機OP3Cと空自の電子測定機YS11EBに中国軍の戦闘機2機が約30~50メートルの距離まで接近。
現場は日中中間線の周辺で、日本と中国のADIZが重なる空域だった。海自と空自の航空機は東シナ海で行われていた中国とロシア海軍の合同軍事演習を監視していたとみられている。
6月にも海上自衛隊の画像情報収集機OP3Cと航空自衛隊の電子測定機YS11EBに中国の戦闘機2機が約30~45メートルの距離まで近づいた。現場はやはり日中中間線付近で日本と中国のADIZが重なる空域だった。
「飛行の自由」の乱用
中国はこれまで「中国のEEZ内で軍事的な偵察活動を行うことは許されない」「中国のEEZの上空は『国際空域』ではなく、偵察活動は『飛行の自由』の乱用に当たる」と主張してきた。
中国はEEZや大陸棚とその上部海域を「海洋国土」ととらえているようだ。東シナ海のADIZも中国の主張する大陸棚の限界とほぼ重なっている。
これに対して、先進国はEEZは国際水域で、軍事演習や偵察活動は制限されないとの立場だ。
小谷氏の解説によると、中国がADIZの狙いは米国や日本の軍用機がEEZ上空を飛行することを制限することだ。これは中国がADIZを領空の延長とみなしていることを示唆している。
国際水域に航行禁止区域を設定する権限はどの国にも認められていないのに、5月のケースでは中国は日本がADIZや中露の軍事演習で設定された航空禁止区域に「侵入」したと非難した。
中国の限界と野望
今のところ中国機は早期警戒機のエスコートがない限り、日中中間線付近までしか出てきていない。小谷氏は「飛行パターンは海岸沿いに設置された中国のレーダーの限界を示唆している」と分析する。
画像情報収集機OP3Cや電子測定機YS11EBのように飛行高度が高いものはとらえることができても、対潜哨戒機P3Cのように低高度で飛ぶものは捕捉できないのかもしれないという。
中国は南シナ海で「サラミソーセージ薄切り戦略」で領土の拡大を図り、合わせてEEZを広げている。
東シナ海では、国際水域のEEZを「海洋国土」と位置づけ、その上空にADIZを設置して領空の延長を図ろうとしている。
尖閣の領有権争いにとどまらず、EEZや大陸棚とその上部海域、その上空に設けられたADIZで中国と日米両国のつばぜり合いが一段と激しさを増すのは避けられそうにない。
(おわり)