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韓国メディアが見た日本の総選挙 安倍政権強化で好転期待も

木村正人在英国際ジャーナリスト

今回の総選挙では、沖縄・尖閣諸島の購入計画をぶち上げて日中関係を混乱の極みに追いやった石原慎太郎元東京都知事が最高顧問を務める次世代の党が壊滅的な敗北を喫した。

ネット右翼の熱狂的な支持を集めてきた元航空幕僚長・田母神俊雄、西村真悟両氏も落選。石原氏も比例東京ブロックで落選し、政界を引退する。

自民・公明が衆院の3分の2を維持する一方で、右派の次世代の党はほぼ消滅した。これは日本の民主主義が健全に機能している証拠なのか。

韓国メディアは、安倍晋三首相の「1強」を改めて印象づけた今回の総選挙をどう見たのか。筆者が主宰するつぶやいたろうジャーナリズム塾4期生、笹山大志くんのソウルレポート。

「再武装路線が国民の承認を受けたものと見て、この流れをより強化していく可能性が高い」(朝鮮日報)というステレオタイプの批判が目立つ一方で、「政権基盤を強めた安倍首相が国内向けに行っていた挑発的な対外政策を自制し、周辺国との関係改善に向けて努力するとの見方もある」(聯合ニュース)と前向きな分析記事も。

安倍首相には政治資産を建設的に使ってほしいものだ。

安倍自民の大勝と今後の日韓関係

【笹山大志=ソウル】20歳の私は今回初めて選挙権を得たが、現在韓国留学中で数カ月前から必要な在外投票の手続きに間に合わず、投票できなかった。総選挙の結果は自公大勝だった。

議席数は自公で326(公示前324)、民主73(62)、維新41(42)、次世代2(19)、共産21(8)。自公と維新は現状維持。次世代や生活、旧みんなの議席を民主、共産で分け合った格好だ。

日本の借金を将来世代にツケ回す消費税再増税先送りを口実にした抜き打ち解散だったが、本当に総選挙が必要だったのか今でも釈然としない。

日本は右傾化していない

今回の総選挙で個人的に安心したことがひとつある。ネット右翼が現実社会では無力だと証明されたことだ。石原慎太郎、田母神俊雄、西村真悟の3氏が落選するなど次世代の党は壊滅的惨敗を喫した。

次世代の党の登場は自民党の大勝を手助けしたように思う。著述家の古谷経衡氏が指摘するように、次世代の党の登場で国民にとっては自民党の中道右派イメージが一層強まった側面はある。

次世代の党は歴史修正主義が疑われる安倍晋三首相側近の毒消し役を果たしたと言えるだろう。

日本世論の右傾化伝える韓国メディア

自公大勝を受けて、韓国メディアは、日本での「平和憲法」改正の動きや集団的自衛権の法整備などの加速を懸念する。朝鮮日報は15日付社説でこう伝える。

「再武装路線が国民の承認を受けたものと見て、この流れをより強化していく可能性が高い」「戦争をする国への最後の歯止めとなる『憲法9条』を廃棄するため、自主憲法制定を推進することもできる」

問題だと思ったのは安倍自民の大勝を受け、日本の世論にも右傾化の傾向があると伝えていることだ。

「日本国民は、今回の選挙を通じて、このような安倍首相に明確な支持を表明した」「政治指導者と、過激な保守勢力の言動が実は幅広い支持の上にあることも確認された」

中立・非営利のシンクタンク、言論NPOの第2回「日韓共同世論調査」にあるように韓国人の半数以上が現在の日本に対し「軍国主義」というイメージを抱いている。

「自民党圧勝=日本の右傾化」という韓国メディアの短絡的な見方と根っこは同じである。

日本国内では、安倍政権が進める集団的自衛権の限定的行使容認に否定的な声は5割を超え(毎日新聞)、特定秘密保護法の廃止、修正を求める声は8割を超えている(共同通信)。

安倍首相はテレビ東京番組で「7月1日に憲法解釈を変更する閣議決定をした。それを加味した上での選挙だった」と集団的自衛権の限定的行使容認が総選挙で国民から信認されたとの見方を示した。

しかし、今回の総選挙において憲法改正や集団的自衛権の限定的行使容認、特定秘密保護法はほとんど争点にならなかった。

韓国メディアが言うように安倍首相が進める安保政策に有権者は明確な支持を送ったわけではない。誇張報道でナショナリズムを煽る韓国メディアが日本のありもしない軍国主義化イメージを増幅させる源になっている。

自民党大勝による日韓関係の展望は

安倍自民の大勝で日韓関係はどうなるか。韓国では期待と不安が交錯する。

ハンギョレ新聞「自民党の大勝で『慰安婦問題に対する譲歩はない』という既定の外交方針が大きな枠組みで維持され、韓日関係の劇的な改善を期待するのは難しくなった」

聯合ニュース「今回の衆院選で国内における政治的基盤を確認した安倍首相が、国内向けに行っていた挑発的な対外政策を自制し、周辺国との関係改善に向けて努力するとの見方もある」

韓国メディアの中にも肯定的な見方はある。

日韓関係の展望は河野・村山談話の扱い次第

来年の戦後70年と日韓国交正常化50周年で出される安倍談話で、旧日本軍「慰安婦」の強制性、村山談話と河野談話がどう扱われるかに注目が集まっている。

ハンギョレ新聞は安倍談話が今後の日韓関係の「最大変数」になると表現する。

ミャンマーで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)の首脳会議で、朴槿恵大統領が日中韓3カ国首脳会議の開催を提案した。

日中韓3カ国首脳会議は2008年以降、3カ国が持ち回りで毎年開いていたが、12年5月の北京を最後に13年以降は開けなくなっている。

朴大統領の提案の背景には日中首脳会談が実現したことにより、韓国が孤立化を懸念したことがある。長期政権が確実になった安倍政権が河野・村山談話の継承をどんな形で表明するのか。

その一方で韓国は旧日本軍「慰安婦」問題で前提条件なしに日本に歩み寄れるかが新年の日韓関係の課題となる。

笹山大志(ささやま・たいし)1994年生まれ。立命館大学政策科学部所属。北朝鮮問題や日韓ナショナリズムに関心がある。現在、韓国延世大学語学堂に語学留学中。日韓学生フォーラムに参加、日韓市民へのインタビューを学生ウェブメディア「Digital Free Press」で連載し、若者の視点で日韓関係を探っている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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