ソニー映画会社への北朝鮮サイバー攻撃を「対岸の火事」で済ませるな 安倍政権は当事者として積極的関与を
ソニー事件が日本で大きなニュースにならない理由
ソニーの米映画子会社ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)へのサイバー攻撃が北朝鮮の犯行と断定された事件で気になることがある。
筆者もエントリーしたが、他のトピックに比べ反応が予想以上に少なかった。Yahooリアルタイム検索に「ソニー・ピクチャーズ」と入れてみても関心は恐ろしく低いことがわかる。
被害企業の親会社は落日とは言え、電子立国・日本を代表するソニー。しかも、北朝鮮の犯行が断定されたにもかかわらずだ。
と思っていたら、AP通信が「どうしてソニー・ハッキング事件は日本で大きなニュースにならないのか」という記事を配信している。
「ソニー・ピクチャーズエンタテインメントは法的にはソニー帝国の一角をなすが、完全に分離された米国企業として長らく経営されてきた。日本メディアは日本の国内問題というより、むしろ米国の問題とみている」とAP通信は指摘する。
BLOGOSに転載された筆者記事に次のようなコメントが寄せられた。
日本の大手新聞が今回のニュースを主に中面で扱う理由について、AP通信は「ハリウッドへの攻撃と主にみられている。渦中の映画『ザ・インタビュー』も日本で公開される予定はない」と分析する。
低い関心の理由は新聞読者の高齢化?
しかし、AP通信の記事中、次の専門家の指摘は気になる。
日本の大手新聞は情報革命の中核をなすデジタル化の流れに背を向けてきた。デジタル革命の旗を振る朝日新聞の木村伊量(ただかず)社長が福島第1原発事故や旧日本軍慰安婦の誤報問題で引責辞任。
部数が7月の720万部余から10月には702万部に減ったことから、後任の渡辺雅隆社長は販売に配慮せざる得ない。朝日新聞のデジタル改革は減速する恐れがあると筆者はみる。
日本の新聞は紙の部数を守ることで生き残りを図る。世界中で進む革新的なデジタル改革には取り組まないだろう。大量の失業を生み出すため、販売に手を入れることはできないからだ。
朝駆け、夜回りに全精力を注ぎ込み、疲れきった記者や昔気質の編集者に最先端のテクノロジー記事を期待するのは難しい。だから若い読者はインターネットから生まれた新興メディアに流れていく。
しかし、日本のマジョリティーを握るのは高齢者なのだ。
危なっかしい金正恩
オバマ米大統領はホワイトハウスでの今年最後の記者会見で北朝鮮を名指しで非難し、映画の皮肉に前例のない規模のサイバー攻撃で応じた金正恩第1書記の危なっかしさを強調した。
「相応の対策をとる」と表明したオバマ大統領は水面下で中国に対して、北朝鮮にインターネット回線を使わせないよう協力を要請したと米紙ニューヨーク・タイムズは報じている。
今回のサイバー攻撃は中国を経由してシンガポールやタイ、ボリビアのサーバーを利用して仕掛けられていたため、米国は対策の第一弾として中国に協力を求めた。
メディアには(1)北朝鮮をテロ支援国家に再指定(2)ウクライナ危機に対するロシア制裁に準ずる経済制裁の強化(3)イラン核施設にコンピューターウィルス「スタックスネット」で仕掛けたのと同じサイバー攻撃を北朝鮮・寧辺核施設に加える――などの勇ましいシナリオが書き立てられている。
(1)テロ支援国家の再指定はあるか?
【筆者解説】基本的にオバマ政権の北朝鮮政策は、瀬戸際作戦には絶対にご褒美を与えない「戦略的忍耐」。そして北朝鮮の生命線を握る中国に行動を促していくというものだ。
中国の習近平国家主席はコントロールが効かなくなった金正恩第1書記を疎んじている。基本的にオバマ大統領は習主席に協力を求めていくとみられる。北朝鮮のサイバー攻撃にさらされてきた韓国の朴槿恵大統領とも密接に情報交換するなど連携しているはずだ。
北朝鮮を再びテロ支援国家に再指定するとしたら、引き金は今回の事件ではなく、4回目の核実験と長距離弾道ミサイルの発射実験の方が可能性が高い。
一企業の被害だけでオバマ政権がテロ支援国家の再指定に動くとは筆者には思えない。
(2)経済制裁の強化
【筆者解説】北朝鮮の核・ミサイル問題を協議する韓国の外交担当者はいつも「米国がイラン核問題のように真剣に経済制裁を実施してくれたら、北朝鮮の核開発はここまで進まなかった」とこぼしている。
中国が北朝鮮をとことん追い詰める方針に転換しない限り、経済制裁には意味がない。米国がやるつもりなら切り札の金融制裁を発動するかもしれないが、米国単独で行動することはあり得ないと筆者はみる。
(3)寧辺核施設などへのサイバー攻撃
【筆者解説】これには相当な準備がいる。まず寧辺核施設と制御システムをそのまま再現してプログラムを作る必要がある。おそらく北朝鮮は閉鎖型の制御システムを使っているはずだから、マルウェアを施設のネットワークに植え付ける人間のスパイを送り込まなければならない。
それには韓国の情報機関の協力が欠かせない。しかし、米国と韓国の情報機関の信頼関係が、スタックスネットを共同開発した米国とイスラエルのレベルに達しているとは考えにくい。しかも朝鮮半島には中東の石油に匹敵するような国益が米国にはない。
インターネットでつながっている北朝鮮のネットワークへのサイバー攻撃は、米国がこれまでに構築したり、植えこんだりしてきたバックドア(裏口)やトロイの木馬型マルウェアを台無しにしてしまう恐れがあるため、行わないだろう。
「サイバー空間の警察」
米司法省は今年5月、上海に拠点を置く中国人民解放軍総参謀部第3部第2局(61398部隊)に所属する将校5人を産業スパイなど31の罪で起訴したと発表。中国は激しく反発した。
サイバーセキュリティについて中国との対話を進める元MI6(英情報局秘密情報部)幹部は筆者にこう解説する。
「中国は米国に対して同じことをやり返す能力を身につけている。しかし、状況をこれ以上、エスカレートさせないよう様子をみている」
オバマ政権はサイバー空間の技術的優位を利用してインターネットガバナンス構築の国際議論で主導権を握りたいと考えている。
スノーデン事件で米国家安全保障局(NSA)の世界的な監視プログラムが明るみに出てからというもの、米国は欧州からも南米からも総スカン状態だ。オバマ大統領は中国を抱き込んで、国際議論で巻き返しを図りたい。地球温暖化対策でも同じ構図が浮上している。
米国がソニー事件だけを取り上げて報復に出るとは考えにくい。
今回、中国に協力を要請したところをみると、大量破壊兵器の拡散を阻止する「拡散に対する安全保障構想(PSI)」の枠組みと同じようにサイバー攻撃を取り締まる「サイバー空間の警察」の形成を模索しているように見える。
これは他人事ではない
日本の菅義偉官房長官は18日の会見で、「ハッカー攻撃について米国で調査中であり、コメントは控える」とする一方、日朝関係への影響については「直接影響を与えることは考えられえない」と述べた。
ソニー・ピクチャーズエンタテインメントは米国の会社とはいえ、親会社はソニーだ。米メディアは「ソニー」と報じている。捜査管轄権の問題はあるが、ソニーも日本当局も日本メディアも当事者意識が薄すぎるのではないか。
米国には悪名高きNSAやそこからスピンアウトしたサイバーセキュリティ企業がたくさんある。ICT(情報通信技術)の人材も豊富だ。ハッカーのリクルートも盛んに行われている。
これに対して日本では「情報」分野と言えば下請けのイメージが強く、良い人材が育たない。突出したタレントは直接、米国や韓国にリクルートされているのが現状だ。
BLOGOSの筆者記事へのコメントはこう警鐘を鳴らす。
北朝鮮のサイバー攻撃は日本企業、日本への攻撃と受け止め、安倍政権はあらゆるチャンネルを駆使して積極的に情報を収集するべきだ。そこから人の交流も生まれるし、米国の政策決定の方向性を探ることもできる。
今回の事件をみていると、日本のサイバーセキュリティをもう一度、見直す必要があると痛感する。金正恩第1書記がいつ日本に矛先を向けてこないとも限らない。そのとき米国の力を借りなくても、きっちり対応できるのだろうか。
安倍政権が拉致問題を優先するのは正しいが、北朝鮮政策をめぐって米国、中国、韓国と足並みが乱れるのは良くないように筆者には感じられる。
(おわり)