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ユーロと欧州、再び波乱の年に

木村正人在英国際ジャーナリスト

リトアニアが19カ国目のユーロ参加国に

1月1日、バルト3国のリトアニアが欧州単一通貨ユーロを導入し、ユーロ圏はこれで19カ国になった。

グルジア紛争に続き、ウクライナ危機で牙を剥いたロシアのプーチン大統領。文字通り軽武装のバルト3国にとってはドイツやフランスと同じ通貨を持つことが北大西洋条約機構(NATO)加盟と同様、最大の安全保障となる。

エストニアは2011年1月、旧ソ連諸国では初めてユーロを導入、ラトビアも14年にユーロ圏に参加した。外資を呼びこむためユーロの傘に入ることで急激なインフレと為替変動を抑制する狙いもある。

世界金融危機に直撃されたバルト3国は国内総生産(GDP)比で、エストニアが08年に-5.3%、09年に-14.7%、ラトビアが08年に-3.2%、09年に-14.2%、10年に-2.9%、リトアニアが09年に-14.8%という深刻な景気後退を経験している。

バルト3国が賃下げや失業という艱難辛苦を乗り越えることができたのは、ひとえにロシアへの恐怖心のおかげだ。その意味で、欧州統合は「戦争と荒廃」を「平和と繁栄」に変える未完の政治プロジェクトということができる。

バルト3国と程度の差はあれ、ギリシャやキプロスがユーロにしがみつく大きな理由の一つにトルコの存在がある。ユーロは経済合理性より政治的な事情が優先される通貨なのだ。

地政学リスクが増せば増すほど、どんなにユーロを取り巻く環境が厳しくても参加国は拡大する。それが今の状況だ。

ユーロの構造的欠陥

ユーロの牽引役であるドイツ経済について、独連邦銀行(中央銀行)は14年の成長率を1.9%から1.4%に下方修正し、15年は1%まで減速すると予測。

欧州中央銀行(ECB)も14年のユーロ圏の成長率を0.9%から0.8%に下方修正し、15年は1%成長を見込む。物価上昇率はわずか0.3%とユーロ圏は低成長とデフレの時代を迎えつつある。

世界金融危機と欧州債務危機を受けて、ユーロ圏と欧州は企業も、銀行も、個人も借金を減らす「デレバレッジ」の局面に入っている。日本語ではよく「バランスシート調整」と表現される。

世界金融危機の際、一気に金融機関のバランスシートから不良債権を取り除き、公的資金を注入して資本を増強した米国や英国は比較的早く景気回復した。

しかし、ユーロ圏の重債務国における金融機関の不良債権比率はまだまだ高い。景気が拡大する局面でユーロは非常に上手く機能する。しかし過剰な消費ブーム、不動産バブルを生んでしまった。

これに対し、デレバレッジの局面でユーロは真綿で首を絞めるように経済を壊死させていく。デレバレッジの局面を早く抜け出すためには中央銀行がお札を刷って資金供給量を拡大する必要がある。

なぜなら、金融機関は企業や個人から借金を取り立てる「貸し剥がし」や「貸し渋り」を進めるため、金利を下げるという通常の金融政策が働かなくなっているためだ。

中央銀行による資金供給で株や不動産を持つ富裕層は元気を取り戻しても、一般市民が使えるオカネを増やさないと消費は戻ってこない。そこで政府が、一般市民にオカネを配分する役割を担わなければならない。

デレバレッジの局面を脱出するためには中央銀行と政府の二人三脚が欠かせない。だから「中央銀行の独立性」という大原則は脇に押しやられることになる。

政府と中銀の二人三脚できないユーロ

ユーロは悲しいかな、政府と中央銀行の二人三脚ができない致命的な欠陥を抱えている。欧州連合(EU)は加盟国の利害調整の場に過ぎず、欧州の共通利益を目指す仕組みは十分には確立されていない。

各国政府はあってもEU政府やユーロ政府は存在しない。方やECBはユーロ圏の金融政策を一手に任されているが、各国の中央銀行が必要に応じて独自にお札を刷ることはできない。

さらに大きな問題がある。

当たり前のことだが、ドイツはドイツの利益しか考えていない。フランスも同様だ。ギリシャが歳出削減や増税でどんなに財政赤字を減らしても、債務の一部を免除してやらなければ回らないことは誰にだって分かっている。

ギリシャの若者失業率は49.8%(季節調整済み、14年9月)。スペイン53.8%、イタリア43.3%、ポルトガル33.3%(同、14年10月)。「失われた10年」とはよく言ったもので、デレバレッジの局面を抜け出すのに約10年はかかると解説する著名トレーダーもいる。

08年の世界金融危機から6年半足らず。こんな状態があと3~5年も続いたら、南欧諸国の若者はみんなユーロやEUというシステムが大嫌いになる。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで講演した欧州委員会のバルニエ委員(域内市場・サービス担当、フランス、当時)に筆者が「若者たちの志を奪うことは欧州の未来を失うことだ」と質問した際、「若者の失業率が高いのはユーロとは別の問題で、構造改革が必要だ」と受け流した。

ドイツの外交官に「日本は安倍晋三首相の経済政策アベノミクスでほぼ完全雇用の状態。一方、南欧諸国の若者失業率は50%前後だ。ドイツのメルケル首相の緊縮策は間違っているのではないか」と質問した時も、「ギリシャや南欧諸国はドイツとは別の問題を抱えている」という答えだった。

欧州は一つではない

欧州は一つ、ユーロは欧州統合の象徴というのは建前であって、ドイツもフランスも、ギリシャなど重債務国は自分たちとは違うと考えているということだ。経済が失速し、それぞれが自分のことしか考えられなくなっている。

欧州は一つではない。そうした空気の中で欧州は2015年を迎えた。

3回に及ぶ投票でも大統領が選出できず、議会が解散されたギリシャでは1月下旬に総選挙が行われる。5月の英総選挙では、伝統的な二大政党制が終わりを告げ、1930年代以来の挙国一致内閣が誕生するとの予測すら飛び交っている。

南欧諸国ではメルケル首相に緊縮策の撤回を求める声が強まり、英国や北欧諸国では移民規制を訴える極右政党が伸長している

メルケル首相の戦略は、構造改革を優先していれば、いずれ欧州は景気拡大局面に戻るというものだ。

しかし、今年から、フランス大統領選、ドイツ総選挙が行われる17年にかけて、メルケル首相が緊縮策を大幅に緩め、ECBが大胆な量的緩和に踏み切らなければ、欧州プロジェクトは完全に人心を失い、瓦解しかねないと筆者は懸念する。

EU域内の主な選挙日程

1月25日、ギリシャ総選挙

4月19日、フィンランド総選挙

5月7日、英国総選挙

9月、デンマーク総選挙

10月、ポーランド総選挙

その他

ポーランド大統領選

ポルトガル総選挙

スペイン総選挙

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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