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「借金を返さないならユーロから出て行け」と言えてしまうドイツ気質って何?

木村正人在英国際ジャーナリスト

ギリシャのユーロ離脱シナリオ

25日に行われるギリシャ総選挙で左派政党連合、急進左派連合(SYRIZA)が勝利し、借金を予定通り返済しないつもりなら、ギリシャの欧州単一通貨ユーロ圏(19カ国)離脱は避けられない――。

独週刊誌シュビーゲルが3日、メルケル政権に近い消息筋の話として「ギリシャのユーロ離脱シナリオ」を伝えた。これはメルケル首相が主導する緊縮財政策について再交渉を求めるSYRIZAのツィプラス党首への警告ではない。ドイツの本音なのだ。

ドイツとギリシャがチキンゲームを始めれば、市場がぐらつく。欧州債務危機の再燃だ。ユーロが売られる一方、安全資産として円や日本国債が買われ、日本は円高・株安に転ずるリスクが膨らむ。日本の安倍晋三首相にとっては傍迷惑もいいところだ。

政治的な通貨であるユーロを切り下げる最も効果的な手段はユーロ圏の欧州「北部」と「南部」が不協和音を奏でることだ。量的緩和への意欲を強調した欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁のインタビューに続いて、シュピーゲル誌へのリークはユーロ安を誘うメルケル首相とショイブレ財務相の高等戦術なのか。

メルケル首相(左)とユンケル欧州委員長(著作権European Union, 2015)
メルケル首相(左)とユンケル欧州委員長(著作権European Union, 2015)

筆者は単純に、ギリシャの甘えは絶対に許さないというドイツらしい頑固さがストレートに出ただけとみる。2009年秋にギリシャの粉飾決算が発覚、欧州債務危機に火がついて以来、世界経済はギリシャのいい加減さとドイツの几帳面さに振り回されてきた。

国民性が水と油ほど違う2つの国が同じ通貨を持っていることにそもそも矛盾がある。しかし、メルケル首相とショイブレ財務相がギリシャという患部を外科手術で取り除くなら今だと考えているとしたら、問題は大きくなる。

市場はECB内部で量的緩和をめぐってドラギ総裁とドイツ連邦銀行(中央銀行)のワイトマン総裁の間に深刻な対立があると疑っている。メルケル首相がこれまで通りドラギ総裁を支持していなければ、いくらドラギ総裁でもECB内部の反対を押し切って量的緩和を導入するのは難しい。

12年、ドラギ総裁が国債の無制限購入を表明して危機を封じ込めた際、メルケル首相の強い支持を得ていた。今回はどうなのか? それが問題だ。SYRIZAのツィプラス党首はECBの量的緩和でギリシャの国債を購入することを求めている。

プランAか、プランB

2年半前の夏、メルケル首相の目の前には「プランA」と「プランB」があった。プランAは、債務危機が金融危機・経済危機を引き起こさないよう市場にじゃぶじゃぶ資金を流し込む。プランBはギリシャという腐ったシステムを清算することだ。

当時、ギリシャを清算すればポルトガルやアイルランド、さらにはスペイン、イタリアに飛び火し、制御不能の混乱に陥る恐れがあった。今、メルケル首相とショイブレ財務相はギリシャを切り捨てても他の債務国には飛び火しないと考えているようだ。

ギリシャはこれまで欧州連合(EU)、ECB、国際通貨基金(IMF)のトロイカの指導に基づき、財政再建を進めてきた。

14年1~10月、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字は政府目標の35億3900万ユーロを下回ったものの、26億5400万ユーロを確保した。

トロイカから財政再建支援プログラムとして、15年の財政ギャップ補填策、年金制度の改革、付加価値税(VAT)税率引き上げなど、19の実施項目を求められ、サマラス現政権は、62歳以下の年金受給者の受給額見直し、VAT最低課税率の引き上げなどを提案した。

財政ギャップの補填策が12月のユーログループ会合までに合意に至らなかったために、支援プログラムの期限が延期される見通しになっている。ギリシャはユーロを維持するため健気に努力を続けてきた。

しかし、痛みを伴う緊縮策の代償は、決して小さくない。欧州委員会による14年のギリシャ経済見通しは次の通りだ。

国内総生産(GDP)の成長率は0.6%(13年は-3.3%)、インフレ率-1%(同-0.9%)、失業率26.8%(同27.5%)、GDP比の政府債務は175.5%(同174.9%)。

それでもドイツは変わらない

15年からギリシャは上向くというのがメルケル首相ら欧州「北部」やEUの考え方だ。ユーロ残留を明言しているSYRIZAのツィプラス党首が主張する緊縮緩和は、メルケル首相らが描くシナリオとは相容れない。

欧州「北部」の処方箋が受け入れられないならユーロから出て行けというのは、あまりに無慈悲すぎないか。ギリシャ経済は世界金融危機以降、26%強も縮んでしまった。若年層の失業率も50%を超えている。

メルケル首相の緊縮策は若者から志を奪い、祖国の未来を押しつぶしているというのがギリシャの声である。SYRIZAのツィプラス党首を否定することはギリシャの民主主義を否定することと同じである。

それでもドイツは頑なな態度を変えないだろう。それがドイツだからだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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