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風刺週刊紙テロはどうして防げなかったのか? 加速する過激化スパイラル

木村正人在英国際ジャーナリスト

イエメンで軍事訓練

12人の犠牲者を出したフランス風刺週刊紙シャルリエブド銃撃事件は、シリア内戦の混乱が欧州におけるテロの脅威を急激に拡大し、危険人物すべてに目配せするのが難しくなっている現状を浮き彫りにした。

欧米メディアの報道をまとめると――。

アルジェリア系移民の兄弟のシェリフ・クアシ(32)、サイド・クアシ(34)の2容疑者は立て籠もり先で「われわれは国際テロ組織アルカイダ系の武装組織『アラビア半島のアルカイダ(AQAP)』だ」と表明した。

米高官は報道陣に対し、サイド容疑者が2011年、数カ月にわたってイエメンに渡航し、小火器の取り扱いや射撃などAQAPの軍事訓練を受けていたことを明らかにした。爆弾の製造方法を習得した可能性もあるという。

AQAPは13年に出版した雑誌で、今回殺害された週刊紙シャルリエブドの編集長を含め、イスラムを侮辱した西洋人へのテロ攻撃を呼びかけている。

フランスの情報関係筋は米CNNに対し、容疑者のうちどちらかが昨年、シリアに渡航していたことを示す情報があると語っている。クアシ兄弟は米国便への搭乗禁止リストに掲載されている要注意人物だった。

兄弟はパリ北東部のビュット・ショーモン公園で10代を過ごした、どこにでもいるような非行少年だった。しかし、米英が主導した2003年のイラク戦争を契機に過激化していく。

過激化スパイラル

シェリフ容疑者は仏北西部レンヌの孤児院で育った。パリで兄のサイド容疑者と合流する前はフィットネスコーチとしての訓練を受けていたこともある。ピザ店の配達人として働いていた。

兄弟はパリ・スターリングラード地区のモスク(イスラム教の礼拝所)に足しげく通うようになり、過激イマーム(礼拝の導師)の元用務員Farid Benyettouの強い影響を受ける。

Benyettouは兄弟に自分の家やモスリムセンターでイスラム教について学ぶよう勧めた。

シェリフ容疑者はモスクに行くより、若くてかわいい女性と話すことが好きなトッポイ青年に過ぎなかった。最初はBenyettouの説教を聞くか、大麻を吸うかフラフラしていたが、2~3カ月もしないうちにBenyettouに傾倒していく。

兄弟はパリで短期間、Benyettouと同居している。Benyettouは「聖典は自爆攻撃の素晴らしさを証明してくれる。殉教することの正しさが聖典に書かれている」と、兄弟に殉教テロの正当性を説いた。

シェリフ容疑者は、イラクのアルカイダと一緒に戦うためジハーディスト(戦士)を送り込むのを支援する地元のイスラム過激派組織「ビュット・ショーモン・ネットワーク」に「Abu Issen」の名前で参加する。

「ビュット・ショーモン・ネットワーク」では、訓練のために走ったり、Benyettouの説教を聞いたり、旧ソ連製の自動小銃AK47の扱い方を学んだりしていたとみられている。

仏警察は05年、シリア行きの旅客機に搭乗しようとしたシェリフ容疑者を逮捕。シリアはその時、イラクで米軍と戦うことを望むジハーディストの玄関口になっていた。

逮捕直前に撮影された動画には、説教者や、一緒に投獄されたBenyettouの導きによって自分がどのように過激化していったかをラップで歌うシェリフ容疑者の姿が映し出されている。

Benyettouは過激思想を理由に、いくつかのモスクから追放処分を受けている。

明白な兆候

シェリフ容疑者は08年にも、イラクに戦士を送り込んでいたとして拘禁3年の判決を受けたが、未決勾留日数を差し引いて1年半で釈放されている。このとき、01年にパリの米国大使館へのテロ攻撃計画で投獄されたイスラム過激派Djamel Beghalと出会う。

Benyettouはグループを精神的に指導していたとして拘禁6年の判決を受けている。この際、08年に治安当局の尋問を受け、「自爆攻撃はイスラム教の教えで正当化されている」と供述している。

イラクのアブグレイブ収容所で米軍がイラク人を虐待していた事件もシェリフ容疑者の過激化に影響を及ぼしている。

10年には、シェリフ容疑者は服役中のイスラム過激派Smain Ait Ali Belkacemを奪還する計画への関与も取り沙汰された。Belkacemは無法組織アルジェリア・イスラム武装グループ(GIA)に所属し、30人を負傷させた95年のパリ地下鉄爆破事件で02年に終身刑で投獄されたテロリストだ。

サイド容疑者もBelkacem脱獄事件で名前が取り沙汰されていたが、兄弟は証拠不十分のため起訴はされなかった。

「ビュット・ショーモン・ネットワーク」のキーマンはイラクで米軍と戦ったアルカイダとつながりがあるBoubaker al-Hakimだ。08年にHakimは拘禁7年の判決を受け、同ネットワークは崩壊した。

Hakimは04年、イラクでアルカイダが勢力を持つファルージャで戦う戦士をリクルートしていた。13年にはチュニジアで左派の野党政治家2人を殺害した容疑で指名手配されている。このときHakimは「イスラム国」の犯行を名乗っていた

激増するテロリスト予備軍

近所の人の話ではシェリフ容疑者は身なりもきっちりしていて、礼儀正しく、丁寧、友好的で、お年寄りや障害者を進んで助けていた。攻撃的なところもなく、狂信者でもなく、穏やかな人物だったという。

シリア内戦でイラクやシリアでのジハードに参加しようと出国したフランス国籍を持つイスラム系移民は約1千人とみられている。このうち約400人が戦闘に加わり、50人近くが死亡した。

フランスのジハーディストは昨年だけで、58%も増えたという。10年前は30~40人だったが、今では1200人が潜在的な脅威になっている。フランス国内でのテロは、起きるかどうかではなく、いつ起きるかの問題になっていた。

テロリスト予備軍はパリ郊外だけでなく、フランス全土に広がっている。フランスではテロ対策法が強化され、出国を防ぐため旅券を没収できるようになった。少なくとも20人は24時間の監視が必要で、危険人物すべてを監視するのは極めて困難なのが現実だ。

状況は英国も同じだ。英情報局保安部(MI5)のアンドリュー・パーカ―長官は8日、過去14カ月間に西側を標的にしたシリア関連のテロ計画が20件以上もあったことを明らかにした。

600人以上の英国人ジハーディストがシリアに飛んでおり、MI5が以前把握していたより少なくとも100人多くなっている。

シリア内戦に参加しているイスラム過激派の中には、シャルリエブド紙を襲撃したクアシ兄弟と同じ危険思想を持ったテロリストが英国でもテロを計画しているという。

シリアのコア・アルカイダは欧州から渡航してくるジハーディストをリクルートしている。MI5のパーカー長官は「すべてのテロ計画を防止できると期待するのは現実的ではない」と警戒を呼びかけている。

フランスは11日にパリで開く緊急閣僚会合に、米国、英国、ドイツ、スペイン、イタリア、ポーランド、トルコ、カナダの治安担当閣僚を招いた。

国際的なテロ対策網を構築するため、エドワード・スノーデン容疑者が内部告発した米国家安全保障局(NSA)の監視プログラムでヒビが入った情報機関同士の信頼関係回復も大きな課題となる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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