Yahoo!ニュース

戦略的対外発信「ジャパン・ハウス」は「プロパガンダ・ハウス」なのか

木村正人在英国際ジャーナリスト

器はもう要らない

外務省がロンドンと米ロサンゼルス、ブラジルのサンパウロの3都市に設置する日本の対外発信拠点「ジャパン・ハウス」(仮称)。

産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏がウェブメディア「日本ビジネスプレス(JBpress)」に寄稿した「日本はこうして世界に発信せよ、正しい歴史を伝えるための10の提案 外務省は『ジャパン・ハウス』建設の前にやるべきことがある」を読んで背筋が寒くなった。

対外発信拠点のシンボルにするにせよ、世界一コストが高いロンドンに新たに「ジャパン・ハウス」を作るのは大変な物入りだ。古森氏が指摘するように情報発信の器はすでに十分過ぎるぐらいある。

在英日本大使館をはじめ、日本貿易振興機構(ジェトロ)ロンドン事務所、国際交流基金ロンドン日本文化センター、独立の日英友好団体「ジャパン・ソサエティ」「大和日英基金」などたくさんある。

日本大使館の文化広報担当公使を中心にネットワーク機能を強化した方がより効果が上がるだろう。

ロンドンには英BBC放送、インターネットを通じてグローバル・メディア化している英紙ガーディアン、英紙フィナンシャル・タイムズ、英誌エコノミストなど国際的な影響力を持つメディアがたくさんある。

シンクタンクの英王立国際問題研究所(チャタムハウス)、国際戦略研究所(IISS)に加え、国際的に高く評価されている大学がいくつもある。ロンドンは日本の戦略的対外発信を強化するための最高のプラットフォームであることは確かだ。

プロパガンダは信用を失うだけ

しかし、「2015年は、日本が諸外国へ向けて歴史や領土に関しての明確なメッセージを発信すべき年である。日本がこれまでのように対外的に沈黙していたのでは、汚辱の傷を深め、領土さえも失いかねない」(古森氏)というのが、500億円を投ずる日本の戦略的対外発信の柱だとしたら目も当てられない結果を招くだろう。

すでにその兆候は現れている。安倍政権からロンドンに送り込まれた外交官らのプレゼンテーションがあまりに日本にとって都合が良い独りよがりの見解に満ちていて、日本は「プロパガンダ」をやっているとの印象を与えてしまった。

古森氏が挙げる10の提案は次の通りだ。

(1)日本政府としての公式見解を再整備して声明の形で対外発表する。

(2)米国に対して国政レベルで日本の主張を改めて発信する。

(3)米国の大手ニュースメディアに恒常的に働きかける。

(4)日本の歴史や領土についてのシンポジウムを開催する。

(5)米側大手の広報企業、ロビー企業を利用する。

(6)日本側の専門家を米欧などへ派遣する。

(7)日本側の主張を新たな調査報告書として発信する。

(8)日本側の主張のインターネット発信を体系的に整備し、拡大する。

(9)米国の日本研究学界への新たなアプローチを試みる。

(10)外務省の対外発信の現状を分析する。

出典:日本はこうして世界に発信せよ、 正しい歴史を伝えるための10の提案

上記の提案は古森氏が指摘する以前から、いくつかはすでに実践されている。中国が東シナ海の尖閣だけでなく、南シナ海でも随分前から傍若無人に振る舞い、少しずつ現状変更を試みては既成事実化を図っており、過去には武力を行使した事実も活発な議論を通じてロンドンの研究者やメディアの間に浸透している。

筆者の印象では、「中国は太平洋に抜けるため最終的に石垣、宮古、与那国島などを取りにくる」(日本国際問題研究所の小谷哲夫主任研究員ら)という見方にはまだ首を傾げる人が多いが、東シナ海や南シナ海の緊張は中国の拡張主義が原因であることを疑う人はいなくなった。

歴史問題にこだわるな

一番の問題は、「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍晋三首相が「先の大戦で日本が行なったことは何一つ悪くなかった」と言おうとしているという印象を欧米メディアや知識人に与えてしまっていることだ。

安倍首相の周辺は旧日本軍慰安婦問題を正当化しようとしているという認識が広がっている。安倍首相は靖国神社に訪問し、自ら歴史問題に火をつけることで、尖閣問題をわかりにくくし、中国が尖閣を歴史問題に位置づける口実を与えてしまった。

外務省は、日本の「正しい姿」や多様な魅力を世界に伝える拠点として「ジャパン・ハウス」を設置し、戦略的対外発信機能を強化するという。日本の「正しい姿」の発信とは主に領土保全や歴史認識を念頭に置いているようだ。

歴史問題は難しい。中国や韓国が戦略的に「反省しない日本」という対日歴史キャンペーンを国際的に展開する中、黙っていると間違った認識が定着するだけという意見が日本国内では強くなっている。歴史問題はやればやるほどナショナリズムが沸騰する。

安倍首相の周辺はこれまで「大戦後の東京裁判そのものが間違った歴史認識」というメッセージを何度も発している。安倍首相の靖国神社参拝に海外の親日派・知日派がそうした懸念を抱いている。

中国や韓国のキャンペーンに反応して日本が歴史問題を取り上げると、過去の問題が現在の問題になる。これは日本にとって何一つプラスにはならない。

日本経済がかつての成長力を失い、中国や韓国に比べ、国際的にも注目されなくなってきた。安倍首相や日本が先の大戦にこだわる姿は後ろ向き、内向きの日本にスポットライトを当ててしまう。旧日本軍慰安婦問題にこだわる日本や日本人の姿はネガティブな印象を世界に広げている。

世界が中国や韓国のキャンペーンに耳を傾けるのは、日本より中国、韓国経済の方が魅力的だからだ。

歴史問題にカネと時間を費やす余裕があるなら、世界をアッと言わせる「メイド・イン・ジャパン」の大ヒット商品の開発に全力を注ぐことだ。日本には世界を驚かせる底力が残っているはずだ。それができないなら、ジャパン・ハウスは負け犬の「プロパガンダ・ハウス」になってしまう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事