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ギリシャ反緊縮派SYRIZAが勝利、ユーロの波乱要因膨らむ

木村正人在英国際ジャーナリスト

「緊縮は過去のものに」

[アテネ発]25日投票のギリシャ総選挙で勝利した最大野党の反緊縮派、急進左派連合(SYRIZA)のアレクシス・ツィプラス党首(40)が25日夜、アテネ大学のプロピュロン(前門)で「緊縮と破壊の覚書、トロイカは過去のものとなった」と高らかに宣言した。

勝利演説のため党本部を出るツィプラス党首(中央、筆者撮影)
勝利演説のため党本部を出るツィプラス党首(中央、筆者撮影)

トロイカとは、ギリシャの財政再建と構造改革を監督する欧州連合(EU)欧州委員会、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)の3者を指す。

地獄へ墜ちろトロイカと書かれたプラカード(筆者撮影)
地獄へ墜ちろトロイカと書かれたプラカード(筆者撮影)

ECB内のタカ派、ドイツ連邦銀行(中央銀行)のワイトマン総裁は「ギリシャはこれまでの合意内容を守ることでのみ支援を得られる。新政権が守れない約束をしないことを望む」と牽制する。財政再建と構造改革を進めない限り、債務再編の再交渉には応じない構えだ。

しかし、単一通貨ユーロ圏内にもドイツが主導する緊縮策への批判が渦巻く。ギリシャで反緊縮派政権が誕生したことをきっかけに、緊縮派の欧州「北部」と反緊縮派の「南部」の対立がさらに激化するのは必至だ。

年内に総選挙が行われる予定のスペインの左派政党ポデモスのイグレシアス党首もツィプラス党首の応援に駆けつけた。

「今日、ギリシャの有権者は歴史の1ページを刻んだ。希望が歴史を刻んだ。主権者のギリシャ国民は明白で強い、争う余地のないマンデートをわが党に与えた。緊縮による破壊、独裁、恥辱と苦痛の5年に終わりを告げ、新しいページを開こう」

ツィプラス党首は天に拳を突き上げながら声を張り上げた。弁舌はいつも以上に冴える。緊縮策を指導するトロイカ、ここまで祖国をダメにしたエリート層とオリガルヒ(新興財閥)。ギリシャにはEUと既成政党に対する怒りと失望が渦巻いている。

SYRIZAに希望を託す支持者が大学の広場を埋める。旗が揺れる。「祖国と国民は喪失した尊厳を取り戻す。それが新政権の最優先課題だ。これは国民が勝利したとのメッセージだ。われわれは希望と笑顔、楽観主義を取り戻した」とツィプラス党首は勝利演説を締めくくった。

ラジカルか、現実派か

債務の再編と成長への投資を求めて、ツィプラス党首はドイツのメルケル首相を中心とした「北部」緊縮派との再交渉に臨む方針だ。

しかし、注意しなければならないのは、ツィプラス党首がトロイカの再建路線を否定するようなら「ギリシャのユーロ圏離脱もやむなし」とドイツなど「北部」緊縮派が考え始めていることだ。

SYRIZAの選挙ポスター(同)
SYRIZAの選挙ポスター(同)

内務省の集計(75%)では、今のところSYRIZAは300議席中149議席を獲得する見通しだ。ツィプラス党首は連立を組むパートナーと交渉する用意があると述べ、衝突は回避すると強調した。中道の新党「ポタミ(川)」も交渉の窓口は開いていると応じた。

「ポタミ」と連立を組む場合、ツィプラス党首は主張を和らげなければならなくなる。

キャメロン英首相はギリシャ総選挙についてツイッターで「欧州経済に不確実性が広がる」と警告した。しかし、このまま無慈悲に緊縮策を継続すれば、仕事につけないギリシャの4分の1は死んだままだ。ある程度の緩和は欠かせない。

しかし緩和のさじ加減が難しい。だからこそ、ツィプラス党首が交渉可能な現実主義者か、筋金入りの社会主義者なのかが大きな問題になってくる。

ツィプラス党首と同じ高校を卒業したパナヨティス・マティノプロスさん(62)は「彼は15歳のときからスターでした。もともとギリシャ共産党の青年組織に入っていたが、SYRIZAに転向した。職業政治家のわかりにくい物言いに比べ、彼の主張はわかりやすい。現実主義を兼ね備えた社会主義者だ」と解説する。

流れは変わるか

投票権を得た18歳のときから、ずっとツィプラス党首に投票してきた大学医学部の卒業生(25)は「ツィプラスが党首になる前はSYRIZAの支持率は3%。それが今回の総選挙で36%。随分、主張を中道に変えてきている。ポピュリスト的な主張が強くなるにつれ、昔からの若者の支持者は離れている」と語る。

投票所を訪れる有権者(同)
投票所を訪れる有権者(同)

筆者はアテネ市内の投票所で簡易出口調査(回答者20人)をした。その結果は次の通りだ。

SYRIZA8票

新民主主義党(ND)6票

ポタミ(川)3票

全ギリシャ社会主義運動(PASOK)、黄金の夜明けなど各1票

SYRIZAに投票した人はほぼ全員が「変化」を求めていた。失業している人も多かった。

PASOKに投票したクリス・ジュハギアスさん(74)は「生活はとても苦しい。食べて寝るだけの生活で人間と言えるのか。映画にもレストランにも行けない日が続いている。ツィプラスはギリシャが小国だということをまだ理解していない。ギリシャの政治も経済も強くない。力がない」と言う。

ツィプラス党首はギリシャの軍事政権が終わった3日後に生まれた。ギリシャの民主主義世代だ。しかし既成政党と職業政治家のだらしなさと腐敗ぶりを目の当たりにしてきた。1990年代に無料教科書などを削減する教育改革に反対して高校生が全国の学校を占拠した事件がツィプラスの人生を変えた。

生徒側の要求をまとめるためアテネ市内の全生徒がツィプラスの高校に集まってきた。16歳のツィプラスはたった一つ、教育改革の撤回を求めて生徒側の主導権を握り、政府側との交渉に臨む。3カ月後、政府は教育相を解任し、教育改革を撤回した。

ツィプラス党首の政治活動の原点だ。今度の相手はドイツのメルケル首相。当時の教育相ほど甘くない。非妥協的な一点突破主義はギリシャをユーロ圏の外に追いやり、再び欧州を混乱に陥れる危険性をはらんでいる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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