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市民や人質の処刑に失望、6千人が「イスラム国」を脱走 スパイ容疑で122人処刑

木村正人在英国際ジャーナリスト

有志連合の空爆は1900回強

米軍を中心とした有志連合のイスラム過激派組織「イスラム」に対するシリアやイラクでの空爆は1月26日時点で1909回にのぼった。イラクが1070回、シリアが839回という。

有志連合が800回以上も空爆しているのはトルコに隣接するシリア北部の都市コバニ。「イスラム国」にとっても、トルコにとっても戦略上の要衝だ。トルコとの国境を制すれば、「イスラム国」はその穴から外国人戦士をどんどん呼び込める。

400回以上空爆しているのはイラク北部の主要都市モスル。ここは油田地帯に近い。「イスラム国」はモスルを陥落した際、銀行の金庫から4億ドルを強奪した。

「イスラム国」の勢力を弱めるにはヒト(外国人戦士)とカネ(原油売買、人質の身代金、強奪資金)の補給ルートを断つ必要がある。

外国人戦士は2万人突破

しかし、2千回に近づく有志連合の空爆にもかかわらず、「イスラム国」をはじめイスラム教スンニ派武装組織に参加するためシリアやイラクに流入する外国人戦士はついに計2万人(推定)を突破した。

英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)とミュンヘン安全保障会議の共同調査で判明した。活動実態をつかむのが難しい東南アジアや外国人戦士の数が5人以下の国を除く50カ国を調べた。

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ICSRなどのデータに基づき筆者が作成したマップは上の通り。色が濃くなればなるほどシリアやイラクに流入する外国人戦士が多いことを意味している。

調査可能な西欧14カ国から4千人近い外国人戦士がシリアやイラクに流入。フランスが最も多く1200人、英国とドイツがともに500~600人。

人口100万人当たりの外国人戦士の割合ではベルギー40人、デンマーク27人、スウェーデン19人、フランス18人、オーストリア17人の順で多かった。イスラム系移民の過激化が西欧全体で進んでいることを裏付ける。

各国がとる移民政策の違いが過激化にも影響を与えていることをうかがわせる。

それ以外では中東のチュニジアが1500~3千人、サウジアラビアが1500~2500人のほか、ロシアも800~1500人と多かった。

脱走企てた外国人戦士122人を処刑

このうち5~10%(1千~2千人)が空爆などですでに死亡。さらに10~30%(2千~6千人)が残忍な方法で市民や人質の処刑を続けるイスラム国に失望し、脱走したと推定される。

2つを合わせると15~40%になり、実際にシリアとイラクで活動する外国人戦士は1万2千人~1万7千人とみられている。

英国の非政府組織「シリア人権監視団」のまとめでは、イスラム国の戦士122人が外国のためスパイ活動を行った罪で処刑された。そのほとんどがイスラム国を抜け出し、自分の祖国に帰ろうと試みて捕まっていた。

本家アルカイダと競うフランチャイズ化

イスラム国はソーシャルメディアだけでなく、人質事件で大手メディアを巻き込み、世界にフランチャイズを広げている。

英BBC放送によると、エジプト、リビア、アルジェリア、イエメン、サウジアラビア、アフガニスタン、パキスタン、バングラデシュ、ロシアのカフカス地方、インドネシア、フィリピン、ナイジェリアでイスラム国の「支店」が活動しているという。

2001年の米中枢同時テロで成功を収めた国際テロ組織アルカイダも世界中にフランチャイズを広げたが、締め付けがきつく、欧米諸国で国際テロを実行するよう呼びかけている。

これに対して、イスラム国は名前が示すように、それぞれの地域にカリフ(イスラム社会の最高指導者)に指導されるイスラム国家を築こうというのがフランチャイズになる条件で、締め付けも緩い。

ヒトとカネを呼びこむため、アルカイダから主導権を奪う狙いもある。イスラム国のフランチャイズになったイスラム過激派は次の通りだ。

【エジプト】

「アンサール・バイト・アル・マクディス」

シナイ半島を拠点とするイスラム過激組織で、勢力約700~1千人(推定)。イスラエルの打倒を掲げ、ロケット弾攻撃やイスラエル向けの天然ガス・パイプラインの爆破を実行。2013年のモルシ政権崩壊後は内相暗殺未遂事件、軍情報機関施設への爆弾テロ、内務省職員殺害事件を起こしている。

【リビア】

イスラム国は首都トリポリ、南部フェッザーンなど3つの地域にイスラム国の「州」ができたと表明。地元ジハード組織Majlis Shura Shabab al-Islamが昨年10月、イスラム国への忠誠を誓う。今月27日にトリポリのホテルを攻撃し、外国人5人を含む9人を殺害。

【アルジェリア】

「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」から分派したグループをイスラム国の最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディが受け入れる。このグループはフランス人旅行者を処刑し、注目を集める。しかし昨年12月から沈黙しており、リーダーがアルジェリア軍に殺害されたとみられている。

【イエメン、サウジアラビア】

イスラム国の最高指導者アル・バグダディが一方的にイエメンとサウジアラビアに「支店」を開設すると表明、アルカイダのフランチャイズ「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の逆鱗に触れる。

アルカイダから主導権を奪うための挑発とみられている。

【アフガニスタン、パキスタン】

パキスタン・タリバンの元司令官ら10人がイスラム国への忠誠を誓う動画を投稿。動画の中でパキスタン兵1人を処刑。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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