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あなたはテロリストとの交渉に賛成、反対ですか?

木村正人在英国際ジャーナリスト

対話は譲歩か

テロリストとの交渉について日本は米英両国と足並みをそろえている。身代金の要求にも人質の交換にも応じない。特に、対テロ戦争を主導してきた米英両国はテロリストに譲歩することに強く反対している。

イスラム過激派組織「イスラム国」にフリージャーナリスト、後藤健二さんが殺害されたあと、安倍晋三首相は「テロリストたちを決して許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携していく」と記者団に語った。

米国との「特別な関係」を誇る英国は米中枢同時テロ9・11への報復のためアフガニスタンを空爆してから13年後の昨年、同国から撤退した。筆者が非常に驚いたのは、アフガンで息子を失った母親の言葉だ。「英国はイスラム原理主義勢力タリバンと早く対話を始めるべきだった」

米国とともに「アングロ・サクソン」に仕分けされる英国だが、西部劇の勧善懲悪を好む米国に比べ、かつて7つの海を支配し、内なるテロを抱えてきた英国の思考回路ははるかに複雑だ。敵との対話を戦死者遺族がテレビ番組で訴える姿に、英国の懐の深さを感じさせられた。

ブレア元英首相の懐刀で、北アイルランド和平交渉にかかわった元外交官ジョナサン・パウエル氏は次のような発言を繰り返している。

「政府は最終的には必ずテロリスト・グループとの交渉の場に引き込まれる。コミュニケーションのラインを開いて対話を始めるのは遅いより早い方が良い」

「ブレア政権が最終的にIRA(アイルランド共和軍)と直接対話したとき北アイルランドで起きたように、服役囚の解放や武器の解体を含む平和的な解決が続く」

米国も捕虜の交換に応じている

昨年、オバマ米政権はアフガンのイスラム原理主義勢力タリバンに拘束されていた米兵の解放と引き換えに、グアンタナモ米軍基地収容施設からタリバンの捕虜5人の移送に応じた。一部の共和党議員からは厳しい批判を受けた。

イランの核開発問題で、オバマ政権は同国の穏健派ロウハニ大統領と粘り強く交渉を続けている。冷戦時代から敵対してきたキューバとも国交正常化交渉を開始した。

アジア太平洋地域では、アジア回帰政策を掲げて中国の拡張的な冒険主義を抑制するとともに、包括的な対話を中国と進めている。

ロシアのプーチン大統領が引き起こしたウクライナ危機と、イスラム国など世界各地でのイスラム過激派組織の台頭…。激震に揺れる国際社会は、悪魔的な地政学と、欧米諸国のパワーが相対化する中でより国際協調的に行動しようという考え方に二分している。

プーチン大統領は原油価格とルーブルの暴落、資本逃避のトリプルパンチに見舞われている。ウクライナ東部の親露派グループをどれだけコントロールできているのかも非常に怪しい。

イスラム国も見境なく非人道的な処刑を世界中に喧伝したため、戦列から離脱する外国人戦士が跡を絶たなくなっている。カリフ国建設という幻想は覚め、殺戮の現実が広がっている。シーア派だけでなく、スンニ派まで敵に回したことで資金源も細ってくるに違いない。

「秩序」と「無秩序」の戦い

9・11後のアフガン、イラク戦争、そして中東の民主化運動「アラブの春」で、中東・アフリカに「無秩序」が広がっている。イエメンの反体制派、イスラム教シーア派の武装勢力フーシ派が今月6日、政権掌握を宣言した。

米国一国では「無秩序」の拡散を防げなくなっている。無人航空機によるテロリスト暗殺だけでは「無秩序」の広がりを止めることができなくなっている。

国際危機グループのゲエノ理事長(筆者撮影)
国際危機グループのゲエノ理事長(筆者撮影)

国際NGO「国際危機グループ」(本部ブリュッセル)の理事長、ジャン=マリ・ゲエノ元国連平和維持活動担当事務次長は、ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演し、紛争解決のため次のポイントを強調した。

(1)早期警報

紛争はいったん始まると終わらせるのが非常に難しい。さらに長期化すればするほど終わらせるのは困難だ。だからこそ紛争が始まる前にそれを予防することが重要になってくる。

(2)パワーの減退

国際社会でのプレイヤーが増え、冷戦時代のような核による均衡や安定は再来しない。パワーの多極化は多国間主義を意味しない。オールドパワーがあまりに早く縮小すると、ニューパワーや新しい組織がそのスキにつけ込む深刻なリスクが発生する。

(3)仲間を増やす力

排除の論理が紛争の原動力になっている。仲間を増やしていく政策が重要だ。アフガンの女性を巻き込み、イラクで阻害されたスンニ派やウクライナ東部住民の政治参加を促していく必要がある。

(4)対話の力を軽視するな

紛争を解決するためにはある時点で、武力ではなく、対話が求められる。米国とキューバの国交正常化交渉、イランの核開発協議、コロンビアの和平交渉は良いサインだ。正当性が疑われても、対話の用意がある武装勢力とは対話の準備をすべきだ。

(5)軍事力を過信するな

軍事力に過剰に頼っても紛争は解決しない。政治の力を信じる決意と忍耐が必要だ。

ゲエノ理事長は講演の最後をこう締めくくった。

「私たちはトップダウンではなく、ボトムアップの世界、お互いにつながった世界に住んでいる。それが、地政学上のブラック・スワン(不確実性とリスク)が新しい標準になっている理由だ」

ウクライナ危機、イスラム国の脅威に直面する欧州は、米国と違って、対話重視だ。武力重視だった米国も力の限界に直面し、対話に少しずつ舵を切り始めている。

それに対して、現在の日本は中国の圧力にさらされているとは言え、あまりに地政学重視に傾き過ぎていないか、心配になる。

アンケートに答えてくださるとうれしいです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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