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曽野綾子氏も産経新聞も少しはモウリーニョを見習ったら

木村正人在英国際ジャーナリスト

「俺たちは差別主義者」

17日、サッカーの欧州チャンピオンズリーグ(CL)でイングランド・プレミアリーグのチェルシーがパリ・サンジェルマンと対戦し、1-1で引き分けた。

その試合の前、パリ中心部のリシュリュー・ドゥルオ駅で黒人男性(33)が地下鉄車両に乗ろうとして、チェルシー・サポーターから2度も突き出される人種差別事件が起きた。

チェルシー・サポーターは「俺たちはレイシスト(差別主義者)、俺たちはレイシスト、俺たちはレイシスト、こういうやり方が俺たちの好みなのさ、そうさ、そうさ」と節をつけて繰り返した。

この一部始終を録画した動画がソーシャルメディアや大手メディアで拡散し、英仏両国で大問題になった。

キャメロン英首相はラジオ番組で「犯罪に該当する恐れがあるのは明白だ。フランスの警察はことを重大視している。英国の警察はできる限り協力している。これは非常に深刻な問題だ」と語った。

欧州では、フランスの風刺週刊紙襲撃事件、ユダヤ系食品店人質事件、デンマークでの風刺画トークイベント襲撃事件が相次ぎ、不穏な空気が流れる。

イスラム過激派がイスラム教とキリスト教、ユダヤ教、イスラム系移民と白人社会の間にクサビを打ち込もうとしている。

キャメロン首相がチェルシー・サポーターによる人種差別行為を座視しなかった背景には、若いイスラム系移民の過激化と、イスラム系移民排斥を唱える極右政党が台頭していることへの懸念がある。

チェルシーはサポーター5人を終生追放へ

一部のチェルシー・サポーターから「ジョン・テリーの応援歌を歌っていた」「黒人を差別したわけではない。パリ・サンジェルマンのサポーターを追い出しただけ」という擁護論が寄せられたが、動画が人種差別の動かぬ証拠となった。

チェルシーの対応は迅速だった。サポーターの協力を得て、人種差別行為に関わった計5人を特定し、ロンドンの本拠地スタンフォード・ブリッジへの立ち入りを禁止した。関与が確定すれば終生、クラブから追放される。

チェルシーだけが生きがいのサポーターにとっては「死刑宣告」に匹敵する重い措置。これからはチェルシー・サポーターが集まるパブに行っても、「クラブの面汚し」と遠ざけられる。

チェルシーのオーナーはユダヤ系ロシア人の大富豪アブラモビッチ氏。クラブでは黒人選手を含め、たくさんの外国人選手がプレーしている。

今回の事件で、アブラモビッチ氏は「最低の行いだ」と人種差別への嫌悪感を露わにするとともに、被害男性をスタンフォード・ブリッジの役員席に招待した。

モウリーニョ監督も非常に厳しい態度を示した。

「事件を知ったとき、恥ずかしくて仕方なかった。しかし、このサポーターはクラブの一員ではない。選手たちも私と同じ気持ちだ」

1970~80年代に比べると改善したが

1982年、チェルシー初の黒人選手ポール・カノビル氏がピッチに立った時、極右政党・英国国民戦線に加わるチェルシー・サポーターが「N*****は要らない」と叫び続ける事件が起きた。

当時、フーリガンが荒れ狂い、英国サッカーはどん底をさまよっていた。人種差別の根底にあるのは「排除の論理」だ。排除の論理は人を遠ざけ、廃退をもたらす。

2012年9月、チェルシーDFで元イングランド代表主将ジョン・テリー選手はイングランド・サッカー協会(FA)からプレミアリーグの4試合出場停止と罰金22万ポンドの処分を受けた。

テリー選手は11年10月のQPR戦で相手DFアントン・ファーディナンド選手(現レディングFC)に「F****** Black C***」と差別発言をし続けた。治安判事裁判所では無罪判決を受けたが、FAは処分を科した。

ウルグアイ代表のリバプールFWだったルイス・スアレス選手(現FCバルセロナ)はマンチェスター・ユナイテッドDFパトリス・エヴラ選手(現ユベントスFC)を7回も「N*****(黒人)」と呼び、FAから8試合の出場停止と4万ポンドの罰金を言い渡された。

スアレス選手は処分明けの試合でエヴラ選手との握手を拒否、厳しく批判されて謝罪した。

英下院文化・メディア・スポーツ委員会は12年9月、サッカーをめぐる人種差別について「1970~80年代に比べると目覚ましく進歩したが、まだ改善の余地が残っている」とFAにさらなる努力を求めている。

差別に寛容な日本

ベストセラー作家の曽野綾子氏が「(日本は)労働移民を認めねばならないという立場に追い込まれている」「(しかし)居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい」と産経新聞のコラムで主張した。

駐日南アフリカ大使から「世界中のどの国でも、肌の色やほかの分類基準によって他者を差別してはならない」と厳しく抗議されたが、曽野氏も産経新聞も「個人の経験を書いただけ」と問題なしとの立場を貫いている。

菅義偉官房長官は13日の記者会見で、ロイター通信の日本人記者から2回質問され、「個人の見解について政府としてコメントは控えたい。日本は法の下の平等が保障されている」と述べるにとどめた。

筆者が暮らすロンドンは移民背景を持つ人口が5割を超える。チェルシー・サポーターの人種差別は一日中、TVで流され、差別を許してはならないと何度も強調された。

アパルトヘイト政策と闘った南アフリカの初代黒人大統領マンデラ氏は英国では神様のような存在だ。

もし英国で「日本人と同じフラットで暮らしたくない」と一流作家が主要メディアで主張したら、騒ぎにならない方がおかしい。それが日本では何の問題にもならない。

曽野氏は日本の言論界では神様のような存在だ。だから「個人の経験」を書いてもすべてが許されるとでも考えているのだろうか。

南ア大使も言葉を失っているに違いない。日本では世界の常識が通じない、と。もし、あなたが人権、平等、法の支配、人間の尊厳という価値を信じるのなら、もっと真剣にこの問題を議論した方が良い。

そうしないと日本人全体が曽野氏と同じような人間と思われてしまう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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