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中学社会で「マグナ・カルタ」は教えられていた

木村正人在英国際ジャーナリスト

マグナ・カルタ(大憲章)発布800周年に合わせて、英国の世論調査会社Ipsos MORIが世界23カ国で行ったアンケートで、マグナ・カルタを知っている人が日本では23%にとどまった。

米国の独立宣言(1776年)を知っている人は45%。国連の世界人権宣言(1948年)を知っている人は25%だった。

学校の授業でマグナ・カルタがどのように扱われているのか気になって、中学校の社会科教科書を出版する会社に電話してみた。

東京書籍(東京都)の話では、マグナ・カルタは中学の歴史ではなく公民の教科書で扱われている。「人権の歴史」の中で、マグナ・カルタ(イギリス、1215年)はいの一番に取り上げられていた。

【人権思想のめばえ】

マグナ・カルタ(イギリス、1215年)

権利章典(イギリス、1689年)

【自由・平等の確立】

アメリカ独立宣言(1776年)

フランス人権宣言(1789年)

【日本での憲法の制定】

大日本帝国憲法(1889年)

【社会権の確立】

ワイマール憲法(ドイツ、1919年)

【日本での人権と民主主義の確立】

日本国憲法(1946年)

【人権の国際的保障】

世界人権宣言(国際連合、1948年)

中学生がその精神を完全に理解しているかどうかは別にして中学校の社会科教科書でマグナ・カルタもアメリカ独立宣言も世界人権宣言も取り上げられていた。

中学歴史、公民教科書の内容が比較的詳しいと言われる清水書院の話でも、マグナ・カルタは公民の「民主政治発達の歴史」という年表の中でアメリカ独立宣言、世界人権宣言とともに取り上げられている。

中学校の歴史でマグナ・カルタは扱われない。というのは、10年ほど前に行われた学習指導要領の改訂で社会の時間数が少なくなり、歴史は日本通史をメーンにすることになり、世界史は圧縮されたからだ。

西洋史は1600年以降のものが扱われ、先生が教室で特別に触れない限り、英国の13世紀はほとんどやらない。世界の中で日本の開国と近代の歩みがどのように進んだかが中学校の歴史で教えられている。

世論調査会社Ipsos MORI創設者ロバート・ウースター氏の「マグナ・カルタは学校で教えられていないんでしょう」という感想は大いなる誤解だった。

だがしかし、なぜ世論調査の結果がこれだけ低く出てしまったのだろう。

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高校で世界史は必修科目。大学入試センター試験(2012年度)で世界史を選択する人は日本史、地理、現代社会に比べて少ないものの、倫理や政治・経済に比べて多い。

平均点は60.6点で、倫理や日本史に比べると難しくなっている。マグナ・カルタが日本でそれほど浸透していないのは、センター試験で世界史を選択する人が少ないのが原因かもしれない。

英国は立憲君主国だ。民主主義の家元を自負する英国にとっては、国王の専制に終止符を打った1215年のマグナ・カルタこそ立憲君主制の原点である。

フランスにとっては国王のルイ16世とマリー・アントワネットを処刑し、共和制に移行したフランス革命こそ民主主義の原点だ。

ドーバー海峡を隔てた英国とフランスの民主主義には、それぞれの国がつくる映画以上に大きな開きがある。

Ipsos MORI/MC800thより
Ipsos MORI/MC800thより

Ipsos MORIの調査で、マグナ・カルタを知っていると答えたフランス人が6%と極端に少なかったのは、知っていても知らないと答えたか、立憲君主制への移行は民主主義の発達にとってそれほど大きな節目ではないという認識なのかと筆者は思う。

英国と同じ立憲君主国の日本の皇室と英国の王室のつながりは先の大戦で傷ついたものの、依然として太く、深い。

しかし、戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の主導で米国のソーシャルスタディーズが持ち込まれ、民主主義と言えば米国の三権分立型モデルが学校で教え込まれる。

筆者は英国で暮らすようになって7年半になるが、総選挙やウィリアム王子とキャサリン妃のロイヤル・ウェディングなどを取材して初めて立憲君主制の奥深さがほんの少しだけわかるようになった。

1215年、国王の権限を制限する諸侯たちの要求をジョン王が受け入れ、マグナ・カルタに調印した。貢納金の徴収や司教の選任、司法、地方行政に関する国王の専制を制限し、絶対王政を終わらせる。

「ウェストミンスター」と呼ばれる英国会議事堂と議会の開会式に行われる恒例の女王演説のセレモニーは、立憲君主制と議会政治の発展を目に見える形で今に伝えている。

マグナ・カルタを知っていても知らなくても、多くの日本人にとってどうでも良いことかもしれない。

日本は明治憲法をつくる際、英国の立憲君主制ではなく、ドイツの憲法体制を取り入れた。日本には英国型立憲君主制の民主主義はまだ早いという伊藤博文らの判断だ。

以後、日本は官僚国家の道を進む。日清戦争と日露戦争に勝ったまでは良かったが、その後、軍部が台頭し、国策を大きく誤ってしまう。明治憲法は民主主義というブレーキを欠いていたからだ。

戦後、GHQ主導で日本国憲法が制定される際、日本は上院が事実上権限を持たない英国型二院制を導入しようとした。が、首相に権力が集中するのを恐れたGHQが米上院のような強い権限を参院に与えてしまった。

それが良かったのか悪かったのか、まだ答えは出ていない。歴史を学ぶということは国のかたちの成り立ちを学ぶことだ。それは日本の未来を探る手がかりにもなる。

筆者の簡易アンケートに308人の方が回答して下さいました。どうもありがとうございました。Ipsos MORIのアンケートよりはるかに知っている割合が多かったので、安心しました。

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「日本で現在、最も脅かされていると感じる権利は?」(複数回答)という問いには、144人が「表現の自由」、113人が「基本的人権」と答えています。

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(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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