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世襲議員は廃止すべきか【2015年英総選挙(2)】

木村正人在英国際ジャーナリスト

美しい国・日本への帰属意識

同じ立憲君主制、議院内閣制をとり、英国流の二大政党制を目指して衆院選に小選挙区まで導入したものの、日本と英国の民主主義はどうしてこうも違うのかといつも考えさせられる。

安倍晋三首相の選挙区・山口4区の出身者からこんな苦情を聞かされたことがある。「安倍首相は私たちにとって藩主と同じなんです。だから悪く書かれると内心穏やかではいられない」

安倍首相が発散する「美しい国・日本」という共同体意識。帰属意識の強い日本人には心を揺さぶるメッセージとなる。

大家族や地域社会が崩壊する中で、非正規雇用が増え、多くの日本人が会社という共同体を失った。だからこそ、歴史問題で貶められた日本の名誉回復をという共同幻想が特別な共感を呼ぶ。

ウィリアム王子の日本・中国歴訪について週刊紙の取材を受けた筆者は海外メディアの報道ぶりを検証して、愕然としてしまった。

チャールズ皇太子とダイアナ妃(故人)が初来日した1986年5月、産経新聞神戸支局で勤務していた筆者は川崎重工を見学した2人を取材した。

ダイアナ妃も輝いていたが、当時は日本も輝いていた。2人は川崎重工のほか、松下電器、日産自動車を見学。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛された輝きを世界に向けて強烈に発信した。

赤と白の鮮烈なダイアナ妃の「日の丸ドレス」が京都の新緑に映える。日本は薄い緋色(ひいろ)の着物をダイアナ妃にはおらせ、見事に日本の美を競演させた。

輝きを失った日本

それに比べ、今回のウィリアム王子の訪日はキャサリン妃という花を欠いたとはいえ、東日本大震災の被災地でウィリアム王子が子供たちに即興のジャグリングをしたシーンぐらいしか注目すべき点がなかった。

奇妙な裃をつけて安倍首相とウィリアム王子が食事をしたり、NHKの撮影スタジオでウィリアム王子に豊臣秀吉のカブトと陣羽織を着せたりすることに、いったい何の意味があるのか。

これでは年間700億円も投入する戦略的広報文化外交の先行きが思いやられる。

横浜の英連邦戦死者墓地ではウィリアム王子の記帳をスマホで撮影しようと殺到する日本人の姿が英メディアで伝えられた。墓地に葬られている英国人らがどんな死に方をしたのか、どれだけの日本人が知っているのか。

ウィリアム王子の訪日に合わせて、日本が世界に向けて発信できたのは、辛うじて東日本大震災からの回復だけ。しかし、「安倍首相がウィリアム王子を政治利用」という文脈で、だ。

舛添要一・東京都知事も安倍首相もウィリアム王子とテレビに露出することばかり意識していたと言っても過言ではない。日本が輝きを失ったのはなぜか。

閣僚の学歴を日英比較してみた

政治に大きな問題があると筆者は考えている。まず、日本と英国の閣僚の学歴を国際比較してみよう。

大学ランキングはタイムズ・ハイヤー・エデュケーション(TIMES HIGHER EDUCATION、略称THE)世界大学ランキング2014-15年を参考にした。

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安倍政権の閣僚で国際的に通用しそうなのは、東大、米ハーバード大行政学大学院の学歴を持つ川上陽子法相、塩崎恭久厚労相、宮沢洋一経産相の3人と、東大卒の林芳正農水相ぐらい。

安倍首相、麻生副首相を筆頭に多くの閣僚の卒業大学は400位圏内に入っていない。しかも世襲議員が19人中、9人もいる。

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これに対し、英国はキャメロン首相やクレッグ副首相を筆頭にオックスフォード大、ケンブリッジ大卒業者がズラリと並ぶ。

ロンドン・ビジネス・スクールは英紙フィナンシャル・タイムズのグローバルMBA(経営学修士)ランキング2014年からとった。

閣僚の高学歴化を受け、キャメロン首相はオックスフォード大卒のエリートを重用していると批判され、大衆酒場(パブ)で煙草をくゆらせながら政治活動を展開する英国独立党(UKIP)のファラージ党首の台頭を許してしまった。

しかし高学歴化が進んだのは、欧州連合(EU)首脳会議や閣僚理事会で首相や大臣が自ら先頭に立って長時間、議論しなければならないことがやはり大きい。高学歴者でないと務まらないのだ。

官僚の振り付けはあっても、EUという舞台で政治家同士が国益をかけて真剣勝負を繰り広げる。無能なものは容赦なく切り捨てられる。ワイルドな風貌で話題を呼んだギリシャのバルファキス財務相もケンブリッジ大で教鞭をとったインテリだ。

世襲政治の弊害

日本の政治家には英語というハンディがある。しかし今は世界中の政治家が英語で自分の考えを主張し、議論している。それとも、政治家の学歴にこだわらない日本はエリート主義ではない平等で良い国なのだろうか。

世襲政治がはびこる日本で大臣になるには学歴はあまり重要でないと言った方が適切だ。

安倍、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫首相と世襲政治家の政権が連続して1年前後の短命に終わったことから、「世襲議員は打たれ弱い」という批判が強まった。

1960年代から世襲議員は増え始め、2009年時点で自民党議員の約4割、民主党議員の約2割が世襲議員。自民党は世襲批判をかわすため12年、公募に応じた人から党員投票で候補者を決める改革案を示した。

しかし、引退議員の親族しか公募に応じないケースが目立ち、14年の総選挙でも6人の世襲議員が新たに誕生した。当選した自民党議員291人のうち約3割が世襲だ。

有効投票総数の10分の1に達しなければ没収される供託金は300万円(小選挙区)、法定選挙費用が優に2千万円を超える日本で政治家を志すには相当なリスクを伴う。

英国では「親の七光」は無能の証

地盤、看板、カバンの三バンを引き継ぐ日本とは異なり、将来見込みのある候補者には当選確実な選挙区が割り当てられる英国では世襲議員はほとんど見当たらない。上院(貴族院)でも世襲議員は大幅に制限された。

英国では「親の七光り」に頼らないと議員になれないというのは無能の証でもあるからだ。

小選挙区で有効投票数の5%に達しなければ没収される供託金は500ポンド(約9万円)、選挙期間中の費用は1万2千ポンド(約218万円)。志と資質さえあれば、だれでも政治家を目指せるのだ。

英国は政治の間口が格段に広い。選挙期間中だけ仕事を休んで気軽に立候補することもできる。

小選挙区で世襲議員さらに有利に

日本では三バンを持つ世襲議員の得票率が非世襲議員よりも高くなる傾向が確認されている。小選挙区が導入されてからは、三バンを持つ世襲議員はさらに当選しやすくなった。

大臣や首相になるには当選回数を重ねなければならない。非世襲議員は落選するリスクがあるから、どうしても大臣や首相は世襲議員の比率が高まることになる。

官僚の中には「選挙の心配をしなくて済む世襲議員は政府や国会での政治活動に集中できる」と真顔で言う人もいるが、世襲議員と非世襲議員の活動量に差はないという調査結果が出ている。

親の政治活動を間近で見て育っている世襲議員は政策がつくられるプロセスを熟知しているという指摘もあるが、そうした陋習(ろうしゅう)こそが日本を衰退させてしまったのではないのだろうか。

世襲がはびこるということは縁故主義が幅をきかし、拡張的な経済政策をとる傾向が強くなる。三バンを引き継ぐ見返りに地元への利益誘導が優先され、なあなあの政治がまかり通る。

すべての難問は、バランスシートをどんどん膨らますことができる日銀におまかせというわけだ。

日本(赤い折れ線)と英国の中央政府の債務(世界銀行)
日本(赤い折れ線)と英国の中央政府の債務(世界銀行)

世襲なし、高学歴のキャメロン政権と世襲議員が半数近くを占める安倍政権の財政再建に取り組む姿勢を見ていると、日本の世襲政治は致命的な欠陥を抱えていると言わざるを得ない。国際競争力を失った政治に、日本の国際競争力を復活させる大役を期待するのは難しい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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