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グローバル時代が終わり、世界は再び二極化する?

木村正人在英国際ジャーナリスト

ロシア、中国との地政学的対立

「世界の貿易の伸びは、引き続き、危機以前の平均と比較して低いままである」。今年2月、トルコ・イスタンブールでの20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の声明にはこう記されている。

1990年以降、世界の実質成長率と貿易量の推移(前年比)はほぼ連動していたが、2012年以降は、成長率に比べ、貿易量の伸びが鈍化している。3%台の成長率をやや下回って推移している。

なぜか。日経新聞によると、国際通貨基金(IMF)は、日本や韓国、台湾から部品や半製品を輸入し、最終製品に組み立て欧米諸国に輸出してきた中国で自国の部品メーカーが育ち、供給網が変化したからだと分析しているという。

同紙は「先進国の投資低迷も影響している」とも指摘している。果たして、そうだろうか。

筆者は「地政学上の政治的な対立により地理経済学上の断片化が始まった」(英紙フィナンシャル・タイムズのコラムニスト、フィリップ・スティーブンス氏)ためではないかという考えに傾いている。

「虫の目」「鳥の目」「魚の目」という言葉がある。「虫の目」とは事象にべったりくっついて観察すること。「鳥の目」とは高い所から俯瞰する目を持つこと。

「魚の目」とは潮の流れの変わり目を見逃さないことだ。

国際都市ロンドンには世界中からいろいろな人が集まってくる。シンクタンクや大学でのパブリック・ディベートに耳を傾けているだけで時々刻々と変わる国際政治の潮目を肌身で感じることができる。

南シナ海で進む中国の人工島建設

ウクライナ危機を起こしたロシアのプーチン大統領、アジア太平洋で米国のリーダーシップにあからさまに挑み始めた中国に対して、米国は強烈な拒絶反応を示している。

冷戦後、急速に拡大したグローバリゼーションは終わりを告げ、欧米はロシアと中国を自由経済圏から締め出し、世界は二極化に向かうかもしれない。そんな空気が国際議論の中に漂い始めた。

ウクライナはプーチン大統領が支援する親露派勢力が支配する東部とそれ以外に分断された。

南シナ海では中国の人工島建設が急ピッチで進む。領有権が争われている海域で中国は制海権と制空権を確立しようとしている。

調査会社IHSが発行する軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」のアジア太平洋編集長、ジェームズ・ハーディ氏が南シナ海の最新レポートと衛星写真を送ってきてくれた。

(C)CNES2014, Distribution Airbus DS/IHS
(C)CNES2014, Distribution Airbus DS/IHS

中国は南シナ海・南沙諸島(スプラトリー諸島)の最も東方にあり、フィリピン本土に近いミスチーフ礁の陸地化を進める。中国・天津の浚渫会社の浚渫船が海峡から採取した土砂で礁を埋め立て、広大な土地をつくる。

中国は、放水銃やヘリ搭載能力を備えた沿岸警備隊の船をパトロールに当たらせていることも確認されたという。

フィリピン軍やIHSの発表で確認された南シナ海の状況をまとめると次の通りだ。(日経新聞、産経新聞、ロイター通信から)

(1)チグア礁 複数の大型施設の建設

(2)ジョンソン礁 複数の大型施設の建設、埋め立て地の面積は約8万平方メートル(2年前は約1千平方メートルの小さな建造物)

(3)ファイアリークロス礁 長さ3キロ、幅最大600メートルの巨大人工島が完成

(4)ミスチーフ礁 新たな浚渫作業、埋め立て確認、魚の養殖施設

(5)スビ礁 新たに埋め立て確認

(6)ヒューズ礁 7万5千平方メートルの敷地に「大規模な施設」を建設中

(7)ガベン礁 建設作業

(8)クアテロン礁 建設作業

(9)エルダッド礁 建設作業

対中関与政策の見直し

一方、中国経済が米国を追い抜いて世界最大になるのはもはや時間の問題になっている。

しかし、対中関与政策を掲げ、日米同盟を保険と位置づけてきたオバマ米政権も、中国の習近平国家主席から中国の核心的利益に米国は口出しするなという「新型の大国関係」を突き付けられ、考えを改めたようだ。

南シナ海や東シナ海で米国の同盟国に対する中国の横暴を見逃せばアジア太平洋での米国の威信は失墜する。

米国内の一部では「市場開放は中国を利するだけ」という声が強まり、地理経済学上、中国への対抗手段として環太平洋経済連携協定(TPP)、環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)を使おうという意図が見え見えになってきた。

オバマ大統領に叱られたキャメロン首相

英紙フィナンシャル・タイムズによると、中国が主導する500億ドル規模のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に英国のキャメロン政権が主要7カ国(G7)から初めて参加を表明したことについて、オバマ政権が怒っているそうだ。

第二次大戦のルーズベルト米大統領とチャーチル英首相以来の「特別な関係」はオバマ大統領になって大きく揺らいでいる。財政再建に取り組む英国の国防費は間もなく北大西洋条約機構(NATO)の目標である国内総生産(GDP)の2%を下回る見通しだ。

欧州では、緊縮策をめぐり単一通貨ユーロ圏のドイツなど欧州「北部」連合との関係がギクシャクするギリシャはロシアや中国への傾斜を強めている。

米国は中国にナンバーワンの座を譲るつもりはまったくない。その座を死守するためにあらゆる手段を使うだろう。筆者は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛された日本がアジア通貨基金(AMF)構想を打ち出し、米国の反対で頓挫した場面を思い出す。

キャメロン政権がAIIB参加を事前にオバマ政権に根回ししなかったことも米国の逆鱗に触れた理由の一つだ。しかし、アジア太平洋の覇権をめぐり米国の防衛本能がむき出しになってきたことが最大の理由だろうと筆者はみる。

東シナ海で中国の地政学的な圧力に耐えなければならない日本にとって集団的自衛権の限定的行使を容認して日米同盟を強化するとともに、TPPを締結して地理経済学上も米国の陣営に入るしか進むべき道はない。

最近の国際議論に耳を傾けていると、杞憂に終わることを祈りながらも、グローバル時代が幕を閉じつつあるのをひしひしと実感する。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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