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EU離脱か残留か 感情が政治を支配する恐ろしさ【2015年英総選挙(7)】

木村正人在英国際ジャーナリスト

2017年末までに国民投票

英保守党のキャメロン首相は5月の総選挙で政権を維持した場合、2017年末までに欧州連合(EU)に留まるか、離脱するかを問う国民投票を実施する方針を表明している。

英国は1973年に欧州経済共同体(EEC、EUの前身)に加盟したが、EEC残留を問う国民投票を75年に実施、67%の圧倒的多数で残留に賛成している。

間接民主制の議会主権が確立している英国で国民投票が行われたのはこのときが初めて。EEC加盟条件の再交渉後に国民投票を実施すると政権公約に掲げて政権についた労働党のウィルソンが首相だった。

労働党では閣僚の何人かが離脱派だったが、ウィルソンは国民投票で残留を勝ち取った。ウィルソンは「保守党のヒース前首相がエリート層をEECに加盟させた。私は英国民をEECに加盟させた」と振り返った。

当時、EECの共通市場に加盟すれば仕事が奪われると離脱を訴える労働党支持者が多かった。保守党は共通市場に加盟すれば、英国は欧州の成長力を取り込めると主張していた。

今では立場がすっかり逆転し、労働党はEUの統合と深化を支持、保守党内では統合懐疑派が勢いを増す。

しかし労働党の伝統的支持層だったブルーワーカーが投票先を、EU離脱を掲げる英国独立党(UKIP)に切り換える例が目立つ。EUからの出稼ぎ移民に建設現場での仕事を奪われていると感じているからだ。

英国では、欧州は伝染病の感染ルートだったり、戦争に巻き込まれる原因だったりしたため、歴史的に欧州に対する懐疑論が強い。

EU離脱は自殺行為

保守党内では議会主権に強いこだわりがあり、主権がEUに移譲されていることへの不満がユーロ危機で一気に吹き出した。しかし、キャメロン首相も懐刀のオズボーン財務相も腹の底ではEU離脱はまったく考えていない。

EU離脱は自殺行為だからだ。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのSwati Dhingra講師(経済)らが作成した英国とEU加盟国の輸出入グラフをご覧いただきたい。赤い点線がEUへの輸出、青い実線がEUからの輸入だ。

LSEのHPより
LSEのHPより

英国が1973年にEECに加盟したとき英国の輸出の30%余がEEC向けだったが、2008年までEU向けは50%を超えていた。Dhingra講師らはEU離脱による楽観、悲観の2つのシナリオについて考察した。

GDPで8兆8700億円の損失

(1)楽観シナリオ 英国がスイスやノルウェーと同じように欧州自由貿易連合(EFTA)を通じてEUと自由貿易協定(FTA)を結べた場合

(2)悲観シナリオ 英国がEFTAのような好条件を交渉で得ることができない場合

英国がEUを離脱した場合、非関税障壁が増え、EU統合の深化による利益を受けられなくなる。実質消費で計った国民総生産(GDP)は悲観シナリオで3.09%(500億ポンド)、楽観シナリオで1.13%(180億ポンド)減るという。

500億ポンドは日本円にして約8兆8700億円だ。

英国とEUの貿易は25%、英国の国民1人当たり所得は6.3%~9.5%減少すると予測している。それでも英国がEUからの離脱を選択するとしたら正気の沙汰とは思えない。

英国民もそれほどバカではない。今年に入ってからの世論調査では10回中8回は残留派が離脱派を上回っている。

筆者作成
筆者作成

キャメロン首相がEUとの再交渉に臨み、英国の利益を守ったと判断した場合は、残留派が離脱派を圧倒している。

画像

EU統合による移民が仕事や年金・医療など社会保障の機会を奪っているとUKIPは主張する。しかし、働き盛りの移民は英国の経済と財政にとってマイナスというより大きなプラスなのだ。

グローバル時代が大きな転換点を迎え、ジオエコノミクス(地理経済学)の世界は米・中・欧、ロシアに分断され始めている。英国がEUから離脱すればEUというレバレッジを失い、ジオエコノミクス戦争の荒波にのみ込まれてしまうだろう。

キャメロン首相は政権を維持した場合、国民投票で有権者からEU残留の信認を得たい考えだ。経済が悪くなれば人は感情に支配されやすくなる。逆に経済が良くなれば余裕ができてきて、損得勘定すなわち理性に基いて判断するようになる。

政治は往々にして感情に支配される。

英国がEU離脱を選択することはよもやあるまいと筆者は考えているのだが…。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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