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米国に見切りをつけられた英国 70年の「特別関係」に終止符 日米同盟は?

木村正人在英国際ジャーナリスト

役に立たなくなった英国

「さもありなん」というか、中国が音頭をとるアジアインフラ投資銀行(AIIB)に一目散に参加した英国を米国が見放す――。こんな特ダネ記事が英大衆日曜紙メール・オン・サンデー電子版(下)に掲載された。

メール・オンラインより
メール・オンラインより

米議会調査局(CRS)が今月、上下両院の議員に配布した非公開のブリーフィング・ペーパーで5月に行われる英国の総選挙の影響について分析している。

結論は「米国にとって優先課題と考えられる問題や関係すべてについて英国は確実に役に立つとはみなすことはできないかもしれない」と英国に三行半を突きつけた格好だ。

メール・オン・サンデー紙は、第二次大戦でチャーチル英首相とルーズベルト米大統領が築いた英米の「特別関係(special relationship)」は終わったと伝えている。

シリア否決が転機に

5月の総選挙で再選を狙うキャメロン英首相は当初、人道的介入に積極的だった。フランスと一緒に腰の重いオバマ米大統領を動かしてリビアに軍事介入したまでは威勢が良かったが、シリアで挫折。

2013年8月、シリアのアサド政権が化学兵器を使用したとされる問題で、英下院は懲罰的攻撃の承認を求めるキャメロン首相の動議を7時間審議した結果、反対285票、賛成272票で否決した。

キャメロン首相は「議会は軍事介入を望んでいない。政府は議会の意思に沿って行動する」と軍事介入を断念。単独でも攻撃を実施する構えだったオバマ米大統領もこれで完全に腰が砕けた。

キャメロン首相の周辺にはマイケル・ゴーブ下院院内幹事長(前教育相)ら積極介入派のネオコンが結構多かったが、この一件から国際介入は「お付き合い程度」という方針に転換してしまった。

軍事介入の新たな成功モデルと一時もてはやされたリビアも武装組織の勢力争い、イスラム系組織やイスラム国の台頭、部族間抗争などで魑魅魍魎の世界に陥っている。

英国はイラク空爆の6%

過激派組織「イスラム国」がシリアとイラクで勢力を拡大したため、オバマ政権は2014年8月、大規模な空爆を開始。英下院は9月、イラクでのイスラム国空爆を賛成524票、反対43票で可決した。

しかし、英誌エコノミスト最新号によると、英国が実施したのは有志連合によるイラク空爆のわずか6%。バグダッドには英軍の兵員はほとんどいない状態だ。

英国の貢献度は低いという批判に対して、英国防省はホームページで「3月23日の時点で英国の攻撃機トーネード、ハンターキラー無人機リーパーがイラクで194回の空爆を実施した」と強調。

「有志連合の中では米国に次いで2番目に空爆が多い」と実績をアピールしている。

財政健全化を政権公約に掲げるキャメロン政権は国防費も聖域扱いせずに削減、国内総生産(GDP)の2%の国防費を維持する北大西洋条約機構(NATO)のガイドラインを守れるかどうかも怪しくなってきた。

ドイツやフランスはロシアの脅威に反応し、ウクライナ危機を沈静化させるため汗を流したが、地理的にロシアから離れている英国のキャメロン首相は関与せず、呆れるほどの「お気楽ぶり」を発揮してしまった。

ハング・パーラメントで大混乱

米議会調査局のペーパーは「英国の総選挙でどの政党も単独過半数に届かないハング・パーラメント(宙ぶらりんの議会)になれば、英国は混乱に直面する」と警鐘を鳴らしている。

英国では二大政党制の液状化が起きており、今回の総選挙では連立交渉にどれぐらいの期間を要するのか予想もつかない。

最大野党・労働党が、スコットランドからの核ミサイル原潜の立ち退きを求めている地域政党・スコットランド民族党(SNP)と連立を組めば、現在の原潜基地をイングランドに移転しなければならない。

保守党が政権を維持すれば、欧州連合(EU)に残留するか離脱するかを問う国民投票を2017年末までに実施する。米議会調査局の指摘を待つまでもなく、英国は「大混乱」の瀬戸際に立たされている。

「特別関係」の起伏

第二次大戦を勝利に導いたチャーチル首相が1944年に「英国と米国が『特別関係』を築かない限り、新たな破壊的な戦争が勃発すると確信する」と演説。

それ以来、英米の「特別関係」が外交の軸に据えられている。レーガン米大統領とサッチャー英首相は社交ダンスを踊るように見事な連携を見せ、冷戦を終結に導いた。

「米国のプードル」と呼ばれたブレア英首相は愚かなブッシュ米大統領に引きずられイラク戦争を強行、中東・北アフリカに大混乱の種をまいてしまった。

英米の特別関係は英国がしっかり米国の補佐役を果たせるときに機能する。スエズ動乱や、派兵要請を拒否したベトナム戦争で英国は米国と対立。特にベトナム戦争では英米関係は15年間、冷え込んだ。

旧ソ連のアフガン侵攻をめぐるモスクワ五輪のボイコットをめぐっても日米はボイコットしたのに英国は参加している。

ブレア元首相の外交政策担当補佐官を務めたデービッド・マニング氏は英米の「特別関係」について筆者にこう語ったことがある。

「文化が類似し、価値観を共有、第二次大戦、冷戦を経験した英米関係は特別だ。だが、その響きが英国を倦怠(けんたい)や自己陶酔に陥れる危険性があり、対米関係以外の国益を幅広く検討することを妨げている」

ジオエコノミクス戦争

キャメロン首相の懐刀オズボーン財務相は、対米関係を重視する外務省の反対を押し切って、アジアインフラ投資銀行への参加を決めた。事前に相談がまったくなかったオバマ政権は「英国は中国にサービスしすぎ」と激怒した。

南シナ海や東シナ海で同盟国を中国に揺さぶられた米国は「このままでは米国の威信が失墜する」と危機感を強め、地政学上、中国に対し軍事的優位を確保するのが最優先課題になっている。

南シナ海で起きていることをみると、軍事的な均衡が崩れるや否や中国は現状変更を強行している。このため日本にとって日米同盟を強化して軍事的な均衡を保つのが死活問題になっている。

さらに中国が圧倒的な経済力を背景に無理難題をふっかけてくるのを抑えるため、米国は環太平洋経済連携協定(TPP)、環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)の交渉を急いでいる。環太平洋と環大西洋でルールを作り、中国を巻き込んでいくのが狙いだ。

安倍政権は日米同盟に配慮して、アジアインフラ投資銀行への参加も先送りした。

地政学では米国と連携、ジオエコノミクス(地理経済学)では自国の利益を優先させた英国と、米国との結束を最優先にし、地政学でもジオエコノミクスでも米国に追従する日本。

激動する21世紀、米国の同盟国の対応は大西洋と太平洋で大きく分かれている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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