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【70年談話】安倍首相のバンドン演説 習近平主席は笑顔を浮かべた

木村正人在英国際ジャーナリスト

5カ月ぶりの日中首脳会談

アジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議で安倍晋三首相が演説した。また、安倍首相は中国の習近平国家主席と約5か月ぶりに首脳会談を行い、日中関係を改善することで一致した。

日米両国の結束を固めて中国の譲歩を引き出す――。安倍首相の対中外交は軌道に乗り始めたと言えるだろう。昨年11月と今回の日中首脳会談の写真を見れば、その変化は明らかだ。

昨年11月の首脳会談では仏頂面だった習主席(官邸HP)
昨年11月の首脳会談では仏頂面だった習主席(官邸HP)

昨年は仏頂面だった習主席が今回は笑顔を浮かべている。日米両国に対し「対立」ではなく「協調」のシグナルを送る「営業用」の笑顔かもしれないが、これは大きな変化である。前進である。

今回は笑顔を見せた習主席(官邸HP)
今回は笑顔を見せた習主席(官邸HP)

東シナ海や南シナ海で米国の同盟国に揺さぶりをかけ、「米国は中国との危険な戦争に巻き込まれるぞ」と脅しをかけたところ、中国共産党の思惑とは裏腹に米国と同盟国の結束は固まり、米国は中国との対立姿勢を強めた。

日本は日米同盟の強化・緊密化と、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を加速させ、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加も米国に歩調を合わせて見送った。財務省国際収支統計をみると、日本の対中直接投資は2013年、前年比で17.6%も減った。

筆者作成
筆者作成

14年上半期も減少傾向は著しくなっている。中国は「アジアの問題児」のレッテルを日本にはり、孤立化させる戦略を取ったが、逆に東シナ海や南シナ海での傍若無人ぶりが米国を本気にさせてしまい、一番恐れていた「囲い込み」の状況に中国自ら陥ってしまった。

態度を軟化させてきた中国

天安門事件で国際社会から孤立した中国に救いの手を差し伸べたのは日本だった。しかし江沢民体制になって抗日戦争の歴史を中国共産党の正統性を示す柱に位置づけたことや日中経済の逆転、中国の軍事的台頭、尖閣問題が両国間に軋轢を生じさせた。

今回の日中首脳会談のやり取りを各紙の報道から拾ってみると、中国側がかなり譲歩してきたことがはっきりしている。

【日中関係】

習主席「最近、両国民の共同努力の下で、中日関係はある程度改善できた」「せっかくの機会だから、中日関係の発展について安倍首相の見解を聞かせてほしい」

安倍首相「昨年11月の首脳会談以降、日中関係が改善しつつあることを評価したい」「(東シナ海を)平和、協力、友好の海としていくことは両国の共通の目標であり、利益でもある」

【アジアインフラ投資銀行】

習主席「中国は『一帯一路』(陸と海のシルクロードを中心に巨大な経済圏の構築を目指す計画)の建設とAIIBの創設を呼びかけており、国際社会から歓迎されている。AIIBでここまで各国の理解が得られたのは想定外だった。安倍首相も理解してくれると信じている」

安倍首相「アジアのインフラ需要が増大し、金融メカニズムの強化が必要だとの認識は共有する。(しかし)ガバナンスなどの問題があると聞いている。事務当局間で協議してもらい、報告を待ちたい」

【歴史認識】

習主席「歴史を直視してこそ相互理解が進む。9月の抗日戦争勝利記念日でも、今の日本を批判する気はない」「中日関係の政治基礎の重大原則だ。日本が真剣にアジアの隣国の懸念に対応し、歴史を直視して積極的なメッセージを発信するよう希望する」

安倍首相「村山談話、小泉談話を含む歴代内閣の立場を全体として引き継いでおり、今後も引き継いでいく。何度も述べている。先の大戦の深い反省の上に平和国家として歩んできた姿勢は今後も不変だ」

バンドン演説

安倍首相のバンドン演説には目に見えない中国との駆け引きが隠されている。最初に演説内容を抑えておこう。

バンドン会議で演説する安倍首相
バンドン会議で演説する安倍首相

「共に生きる。スカルノ大統領が語ったこの言葉は60年を経た今でも、バンドンの精神として私たちが共有するものであります。(略)多様性を認め合う、寛容の精神は、私たちが誇るべき共有財産であります」

「強い者が、弱い者を力で振り回すことは、断じてあってはなりません。バンドンの先人たちの知恵は、法の支配が、大小に関係なく、国家の尊厳を守るということでした」

「『侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない』『国際紛争は平和的手段によって解決する』。バンドンで確認されたこの原則を、日本は先の大戦の深い反省と共にいかなる時でも守り抜く国であろうと誓いました」

「共に豊かになる。(略)この素晴らしい多様性を大切にしながら、私たちの子や孫のために、共に、平和と繁栄を築き上げようではありませんか」

地政学というコンテキスト

戦後60年の村山談話と戦後70年の小泉談話にあった「植民地支配」「多大の損害と苦痛」「心からのお詫び」はきれいさっぱり消え去り、安倍首相は「先の大戦の深い反省」とともに1955年のバンドン会議で宣言された平和十原則を守ることを表明した。

今アジアの現状を力ずくで変更しようとしているのは日本ではなく明らかに中国共産党だ。そうした環境の激変にもかかわらず、日本が同じコンテキストで「お詫び」を続けることは、日本に「アジアの問題児」のレッテルをはりたい中国共産党の思う壺にはまってしまう――。

中国や韓国の歴史批判に対し日本がこれまで通り譲歩を続けると、海外で中・韓が展開する反日プロパガンダを勢いづけるという懸念が安倍首相の周辺にはある。安倍首相のバンドン演説に対する各紙の評価は二分している。

産経新聞主張「『未来志向』を評価したい」

「未来に軸足を置いた訴えを評価したい。(略)文言の変化を、反省や謝罪姿勢の後退などと決めつけるのは、公正な態度とはいえまい。問われるのは関係諸国との絆を強められるかである」

読売新聞社説「70年談話にどうつなげる」

「物足りなかったのは、首相の歴史認識への言及である。約6分間の演説とはいえ、侵略の否定などバンドン会議の原則に触れたものの、先の大戦については『深い反省』を示すにとどめた。日本が過去の反省を踏まえ、世界の平和と繁栄にどんな役割を担うのか。談話では『深い反省』の中身が問われよう」

日経新聞社説「アジアの人々の心に響いたか」

「ひとと話をするとき、持って回った言い回しでは、意図は上手に伝わらない。(略)バンドン会議60周年の首脳会議の演説で、先の大戦への『深い反省』を表明する一方、明確な謝罪はしなかった。(略)ある文章に他の文章を引用する入れ子構造の箇所がいくつかある。玉虫色の表現は国内では通用しても、外国人にもわかってもらえるだろうか」

朝日新聞社説「未来への土台を崩すな」

「一部の政治家が侵略を否定するような発言を繰り返すなか、村山談話は国際的に高く評価されてきた。(略)率直に過去に向き合う姿勢が、『未来への土台』となったのだ。それをわざわざ崩す愚を犯す必要はない。(略)『植民地支配と侵略』『おわび』を避けては通れない」

毎日新聞社説「日中は原点を忘れるな」

「中国や新興国には先進国主導の国際秩序への不満がある。戦後、アジアと欧米の橋渡し役を続けてきた日本には両者の対立を深めないという役割もある。難しい課題だが、その努力を怠ってはならない」

意外だったのは普段は安倍政権に厳しい毎日新聞がバンドン演説の内容を批判しなかったことだ。朝日新聞は「植民地支配と侵略」「おわび」は避けては通れないと書いたのと対照的だ。読売新聞も日経新聞も厳しい見方を示している。

日本は戦争の歴史忘れるな

日米中の地政学を考慮するとき、経済力で世界一に近づいていく中国と米国の対立は今後さらに激しくなる可能性が強い。米中対立の中で日本が米国サイドに着く姿勢を鮮明に出し、中国の譲歩を引き出していく安倍首相の外交アプローチは正しい。

村山談話と小泉談話を「全体として引き継ぐ」と言っている以上、「植民地支配と侵略」「お詫び」を何度も繰り返す必要はないとの考えも成り立つかもしれない。しかし中国や韓国との和解を考えるとき、地政学的なアプローチが絶対的に正しいとは言えない。

筆者が暮らす英国と日本の間にはタイとビルマを結ぶ鉄道建設で多大な犠牲を出した戦争捕虜(POW)の問題がある。戦後50年の村山談話をきっかけに問題は紛糾したものの、橋本、ブレア日英両首脳の決断と民間和解団体の尽力で戦争の古傷は完全ではないにせよ、大きく癒やされた。

しかし日本でいったい、どれぐらいの人がビルマ作戦と泰緬鉄道の建設で何が起きたのかを正確に知っているのだろう。21世紀はグローバリゼーションとデジタル化がさらに加速して、国境を越えてトランスナショナルに活動する若者が日本でも増えてくる。

南京事件、旧日本軍慰安婦問題、フィリピンの「バターン死の行進」、シンガポール陥落に伴う中国人の処刑など、旧日本軍による残虐行為は日本人が忘却してもアジアの人々は決して忘れない。だから日本人もあの戦争で起きた出来事を絶対に忘れてはいけない。

当時はそれが正しいと思って行動したことがアジアに多大な損害と苦痛を与えてしまった。その歴史を書き換えることはできない。目をそむけたくなるような残虐行為がなぜ起きたのか。戦争の遂行を人間の尊厳より優先させてしまったからである。

日露戦争後、日本は国際社会との約束を違え、領土的野心を剥き出しにして独善的に振る舞い始めたことがそもそもの原因だ。安倍首相の戦後70年談話にはそうした歴史を覆い隠そうとする狙いが隠されているのではないかと中・韓だけでなく欧米諸国も勘ぐっている。

日本は、中国や韓国と手を携えてアジアの平和と発展に寄与する努力を怠ってはいけない。安倍首相の戦後70年談話の内容がどうなろうとも、21世紀を生きる日本の若者たちには、間違った戦争で他国に負わせてしまった傷に寄り添える精神と心の深さを持ってほしい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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