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アベノミクスも財政健全化に本腰を入れないと日本は危ない

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本国債に絡む2つの大きなニュースが報じられた。

国債保有規制と格下げ

日経新聞26日付1面トップの「銀行の国債保有規制 バーゼル委、金利変動に備え」という独自ネタと、大手格付け会社フィッチ・レーティングスが27日、日本国債の長期債務格付けを上から6番目の「A」に1段階引き下げたというニュースだ。

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主要20カ国・地域(G20)諸国が中心のバーゼル銀行監督委員会は金利上昇リスク規制を議論している。昨年12月、市中協議文書「信用リスクに係る標準的手法の見直し」を公表した。

「これまでリスクウェイトがゼロだった日本国債にもリスクウェイトをかける必要が出てくるの」と、国内金融機関を中心に関心が高まっていた。日経によると、新たな国際規制は2016年中にもまとめられ、19年以降に適用されるという。

金融機関の国際的な自己資本規制(バーゼル3)では国債の格付けがAAA、AAであればリスクウェイトはゼロ、Aであれば20%などとされている。しかし各国当局に例外を設けることを認めており、日本の金融庁は国内銀行が日本国債を持っていてもリスクウェイトはゼロとしていた。

この例外が認められなくなると、格付けがAになった日本国債を保有する国内銀行は一定のリスクウェイトをかけなければならなくなり、資本を積み増す必要が出てくる。資本を増強できなければ国債を売る必要が出てくるというわけだ。

11年末と14年末の日銀資金循環統計で国債・財融債・国庫短期証券の保有者を比較してみた。残高は920兆円から1023兆円に膨らんだ。アベノミクスの異次元緩和で日銀の保有額は92兆円(10%)から256兆円(25%)にハネ上がっている。

日銀資金循環統計をもとに筆者作成
日銀資金循環統計をもとに筆者作成

国内銀行の保有額は141兆円から122兆円に減ったものの、依然として全体の約12%を占める。日銀の昨年6月時点の試算では2%の金利で国内銀行全体の含み損は10兆円に達するという。バーゼル委の議論は、各中央銀行の量的緩和で低金利が進む中、こうした将来の金利上昇リスクに備えよというものだ。

同

銀行の国債保有率の低い英国、ドイツと、保有比率の高い日本の間で意見が分かれており、金利上昇リスク規制の詳細が決まるのはこれからだ。

無視された首相への直言

日経・石川潤記者の15日付記事「黒田日銀総裁、首相への直言(真相深層)」によると、日銀の黒田東彦総裁は2月の経済財政諮問会議で安倍晋三首相に財政健全化に本腰を入れるよう直言したという。

「欧州の一部銀行は日本国債を保有する比率を恒久的に引き下げることとした」(略)「実はドイツ、アメリカ、イギリスなどが強硬に、銀行が自国の国債を持つことについても資本を積むべきであると主張している」(略)

安倍首相はこう応じた。「格付け会社にしっかりと働きかけることが重要ではないか。(政府の1000兆円規模の債務総額である)グロスで見ると確かに大きいのだが、(政府債務から資産を差し引いた純債務である)ネットで見ると他国とあまり変わらないという説明などをしなければならない」

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資金循環統計(上図)の一般政府の負債1193兆円と資産552兆円を合わせると、純負債は641兆円になるというのが安倍首相の言い分だ。

国内では向かうところ敵なしの安倍首相に反論できる人はいないのかもしれないが、神の見えざる手に導かれる市場は安倍首相の一存ではどうにもならない。地縁・血縁・縁故主義で日本の政治は支配できても、市場には通じない。

昨年12月、大手格付け会社ムーディーズが日本国債の長期債務格付けを1段階引き下げ、上から5番目の「A1」にしたのに続いて、フィッチは上から6番目の「A」に格下げ。

法人減税に加え、税収の上振れ分を補正予算の財源に使ってしまったことから、財政健全化に関する「不透明感を増大させる」とフィッチは格下げの理由を説明している。

みずほ総合研究所ロンドン事務所の山本康雄所長はこう疑問を呈する。

「バーゼル委の議論がどうなるか、まだはっきりしたことは言えません。格付けに依存した規制が妥当なのかという疑問もあります。海外依存度が低い日本国債のA格が本当に妥当なのか」

「格付けが悪くなると国債金利が上昇し、さらに格下げされるという負のスパイラルが起きかねません。バーゼル委のやり方は逆に金融を不安定にしてしまう恐れがあります」

浅井将雄さん(筆者撮影)
浅井将雄さん(筆者撮影)

バーゼル委の金利上昇リスク規制は日本国債暴落の引き金になるのだろうか。債券のヘッジファンドでは世界最大級の資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の共同創業者、浅井将雄さんに電話でお話をうかがった。

――バーゼル委の規制で自国国債の保有にもリスクウェイトをかける必要が出てくると、国内銀行は前倒しで国債の売却などを検討するのでしょうか

「他のアセットの方がリスクウェイトが80%、100%もとられる。自国国債の保有にリスクウェイトをかけても20%。自国国債を他のアセットに持ち変えるということにはならないでしょう」

「国債の保有残高を抑制するというケースはあるかもしれませんが、国債暴落の引き金になることはありません。銀行の国債保有規制につながるというのは時期尚早です。市場への影響は現状では極めて限定的でしょう」

「金利上昇リスクをきちんと認識して下さいというのがバーゼル委の狙いです。金利上昇リスクに見合う資本を積み増しなさいということです。貸し渋りや貸し剥がしは起きないと思います」

「バーゼル委の金利上昇リスク規制より、フィッチの格下げの方が将来的には問題があります。シングルAより下の格付けになると海外の年金基金などが日本の国債を持てなくなる。シングルAなら本当に待ったなしですからね、BBBまで」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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