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キャサリン妃日帰り出産「そこまで心配しなくて大丈夫」 英国で出産「家族の絆」強まる

木村正人在英国際ジャーナリスト

プロポーズ

ジャズダンサーを目指してロンドンにやって来た高橋真紀さん(39)とは7年近い友人だ。真紀さんと筆者、彼女(現在の妻)の3人で夕食を楽しんでいたとき、真紀さんから「パーティーで知り合って付き合っている男性からプロポーズされた。どうしようか迷っている」と打ち明けられた。

真紀さんは初婚である。離婚経験のある筆者は「僕にアドバイスする資格はないものの、その人を信じられるなら、飛び込んだ方が良い」と自分の考えを伝えた。真紀さんの彼は英国人でクワジャ・ページさん(39)。ロンドン・ハックニーの使用されていない建物を利用してナイトクラブを経営していた。

クワジャさんは典型的なハンディ・マンで、ストリート・ワイズな男性だ。英国ではエリート大学の卒業生より、料理から水道管の修理まで何でも自分でできる男性が女性には好かれる。ストリート・ワイズとは自分の経験から学んだ機知のことだ。クワジャさんは陽気で音楽の好みもイカしている。

2人は間もなく、ハックニーの区役所で結婚式を挙げた。友人が作ってくれたクリーム色のウェディングドレスに身を包んだ真紀さんは「ああ、この人に添い遂げるんだと思いました」と話した。真紀さんは長女のリリーちゃん(現在4歳)を身ごもっていた。

英国と日本の医療制度

英国と日本では医療制度も出産を取り巻く環境も随分、異なっている。

日本の健康保険制度では小学生以上70歳未満は3割負担。正常な状態での妊娠・出産は健康保険の適用から除外されている。2012年度の全国平均で入院日数は6日、出産費用は48万6376円。健康保険から出産育児一時金42万円が支給されるので、自己負担額は平均6万6376円。

一方、「揺りかごから墓場まで」の福祉国家のモデルとなった英国のNHS(国営医療サービス)はすべてが税金で運営されている。英国の所得税率は45%、40%、20%。付加価値税(VAT)率は20%。税金と社会保障負担額を合計した国民負担率は英国が47.4%、日本は39.8%。

財務省HPより
財務省HPより

国民負担率は英国の方が日本より高いが、それでもNHSの財源を賄うのは大変だ。5月7日投票の英総選挙でもNHSの財源拡充が大きな争点になっている。財政再建を旗印に掲げる保守党でさえ2020年までにイングランド地方のNHS年間予算を少なくとも80億ポンド(約1兆4560億円)増やすことをマニフェスト(政権公約)に掲げている。

2020年までにイングランド地方のNHS年間予算は300億ポンド(約5兆4600億円)不足すると指摘されており、保守党は残り220億ポンド(約4兆40億円)についてNHSの運営を効率化させることで節約する考えだ。NHSでは診断や治療の優先順位が決められ、まるで戦場の野戦病院のように次から次へと患者を退院させていく。NHS病院のベッド数や予算に限りがあるからだ。

陣痛

真紀さんの最初のお産は2010年11月。陣痛が始まったが、3分間隔になるまでNHS病院は妊婦を受け入れてくれない。陣痛の間隔が30分になり、10分になり、2日間は自宅で過ごした。午前2時、ついに陣痛が3分間隔になった。クワジャさんの運転する車でNHS病院に駆け込んだ。日本から手伝いに来てくれていた母親も一緒だった。

真紀さんは水中出産を希望していた。しかし、担当のミッドワイフ(助産師)が経験不足でプールにつかるタイミングが早すぎた。午前6時に交代したミッドワイフの方針で、真紀さんはプールを出て、中腰で出産するポジションを選んだ。後ろからクワジャさんが抱きかかえてくれた。激痛のあまり、クワジャさんの腕や肩に真紀さんの指が食い込んだ。

長女リリーちゃんを出産した真紀さんと付き添うクワジャさん(真紀さん提供)
長女リリーちゃんを出産した真紀さんと付き添うクワジャさん(真紀さん提供)

「麻酔を使って痛みを和らげる無痛分娩にする?」とミッドワイフから聞かれた真紀さんは「何でも良いからして下さい」と言ったが、無痛分娩に切り替えるにはタイミングが遅すぎた。午後1時にリリーちゃんを出産した。ミッドワイフが血まみれのリリーちゃんを真紀さんの体の上に載せてくれた。

失神

出血が多く、胎盤が出たところで真紀さんは気が遠くなった。ベルが鳴り、分娩室は「大変だ」と大騒ぎになった。「トイレも往生するなど初産は大変でした。出産後に気絶したので、NHS病院には2泊しました。どうして良いか何もわからなかったので、看護師さんがいろいろ教えてくれて助かりました」と真紀さんは振り返る。

親孝行のつもりで母親を日本から呼び寄せたが、日本の出産を知っている母親は、英国での出産に驚いた。母親は「病院にお願いして、もう少し置いてもらいなさい」と繰り返した。真紀さんは「死にそうなくらい痛かった。母親には逆に心配をかけてしまいました。クワジャは『ここまでして産んでくれたんだ』と思ったようです」と言う。

産後、何も問題がなければすぐ退院になるが、少しでも母子に異常があれば「即入院」という印象を真紀さんは受けたという。

生まれたばかりのミアちゃん(真紀さん提供)
生まれたばかりのミアちゃん(真紀さん提供)

2人目のミアちゃん(現在2歳)を出産したのは13年4月。午後11時ごろ破水してNHS病院に駆け込んだが、陣痛が来るまで病院の中を歩いていた。午前2時ごろ分娩室に入り、3時間後にミアちゃんが生まれた。初産に比べて随分軽かった。真紀さんは正午ごろには家族に付き添われ、退院した。

「他の患者さんもいて、病院にいても仕方がないと感じました。初産は英国人女性でも、日本人女性でも大変なのは同じだと思います。でも、そこまで心配しなくても大丈夫なんですよ、って今回のキャサリン妃の日帰り出産を見て、改めて思いました」

真紀さんとクワジャさんはリリーちゃんとミアちゃんを自然に近い環境で育てようと、家族4人でフランス南部サンタフリクの田園地帯に引っ越した。大工もできるクワジャさんは古い住宅を改装して転売するビジネスを始めた。真紀さんも、リリーちゃんも、ミアちゃんも色が真っ黒になった。

帝王切開でも3泊4日で退院

筆者が産経新聞ロンドン支局長時代、助手として手伝ってくれた樋熊泰奈さん(38)は昨年3月、NHS病院で帝王切開により双子の女児を出産した。「日本では出産前に入院するようですが、私の場合は破水して緊急手術になりました。帝王切開は前々から決まっていました」

泰奈さんと双子の女児(泰奈さん提供)
泰奈さんと双子の女児(泰奈さん提供)

痛みがひどく、3泊4日で退院した。双子の出産だったので、泰奈さんは個室で過ごした。「英国人女性とは骨格、筋肉のつき方、体の作りが違うと思いました。体力的に違うという意見に同感します。英国では自然分娩、帝王切開にかかわらず、歩いた方が回復が早いと考えているようです」

「みんな病院より早く家に帰ってプライベートで過ごしたいと考え、日帰りを希望する母親が普通です。そうなっているので、誰も疑問に思わないようです」と泰奈さんは話している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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