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米中パワーゲームで緊迫する南シナ海 人工島の面積は昨年末の4倍に

木村正人在英国際ジャーナリスト

米国が仕掛けたチキンゲーム

これまで、のさばらせすぎたのがまずかった――と、米国が南シナ海で中国にチキンゲームを仕掛けている。中国は漁船、海底油田の開発施設、公船などを使って既成事実を少しずつ積み重ねている。

狡猾な「サラミソーセージ薄切り戦略」で米軍との正面衝突を避けながら、南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島で人工島を次々と埋め立て、滑走路の整備を急ピッチで進めてきた。

南シナ海の南沙諸島(グーグルマップより)
南シナ海の南沙諸島(グーグルマップより)

南シナ海や東シナ海で中国が米国の同盟国ともめ事を起こしても、米国は対中関係に響かないよう報道向け声明で非難するだけだった。このため、フィリピンや日本は米国に強い態度を示すよう何度も求めてきた。

中国の横暴をこのまま放置しておくと南シナ海に「不沈空母」がいくつできるか分からない状況になってきた。早ければ2017年にも空母艦載機が離着陸できる人工島の滑走路が完成する。そうなれば安全保障上の脅威は一気にエスカレートする。

南沙諸島をめぐっては中国や台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシアが領有権を主張している。米国はこれまで他国の領有権争いに首を突っ込んで来なかったが、もう知らぬ顔の半兵衛を決め込むわけにはいかないところまで追い込まれた。

来年の米大統領選をにらんで共和党のマルコ・ルビオ上院議員は中国に対してもっと毅然とした態度を取るようオバマ政権を突き上げている。中国問題は米大統領選の大きな争点になるはほぼ確実だ。

人工島の上空を飛行した意味

米海軍の哨戒機P8-Aポセイドンが、中国が滑走路を建設するファイアリークロス礁や、ミスチーフ礁の上空1万5千フィート(4572メートル)を飛行した。中国側は米哨戒機にすぐ離れるよう警告した。

米軍の哨戒機P8-Aポセイドン(米海軍HPより)
米軍の哨戒機P8-Aポセイドン(米海軍HPより)

米CNNのクルーが同乗しており、米哨戒機の乗務員は偵察活動が初めてではないことをにおわした。この様子は全世界に放送された。

ベトナムやフィリピンはかつてファイアリークロス礁やミスチーフ礁を支配していたが、現在は中国が実効支配している。米国は中国に対し、領有権争いのある岩礁での埋め立てを中止するよう要求。中止しない場合は、人工島の12カイリ以内に哨戒機や軍艦を派遣すると警告してきた。

いずれの国の船舶も平和や安全を害することがない限り他国の領海を通航することができる(無害通航権)。一方、領空に入る場合はその国の許可が必要だ。

グレーゾーンがある海と違って、領空はシロ・クロがはっきりしている。米軍機がファイアリークロス礁やミスチーフ礁の上空を飛行し、CNNを通じて世界に伝えたということは中国の領有権を認めないと宣言したことになる。

なめられた米国

米国のケリー国務長官は今月16~17日、中国を訪れ、習近平国家主席や王毅外相らと会談し、南沙諸島での埋め立て中止を求めている。しかし、王外相は「主権と領土は断固して守る」と強く反発した。言ってダメなら行動で分からすしかない。CNNのニュースにはそんな意味が込められている。

なぜ米国が重い腰を上げたのか。国際コンサルティング会社IHSが発行する軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」から南シナ海の状況を見てみよう。

(1)ファイアリークロス礁

滑走路の一部ができ上がったファイアリークロス礁(IHS提供)
滑走路の一部ができ上がったファイアリークロス礁(IHS提供)

最初の組み写真は(上)2月6日撮影(下)3月23日撮影。下は3月23日撮影した写真を拡大したものだ。全長3千メートルの滑走路のうち幅53メートル、長さ503メートル分が完成し、幅20メートルと長さ400メートルのエプロンもすでにできている。港湾施設や誘導路もある。

(2)スビ礁

2月6日と4月17日に撮影した写真を比べると、全長3300メートルの滑走路をつくることができる人工島(2.27平方キロメートル)が埋め立てられている。

(3)ミスチーフ礁

ミスチーフ礁(IHS提供)
ミスチーフ礁(IHS提供)

上の組み写真は少し古いが、4月13日に新たに撮影された写真では、サンゴ礁を破壊したり、土砂を埋め立てたりした人工島の面積は2.42平方キロメートルに達していることが確認されている。

(4)ジョンソン礁

埋立地の上に複数の大型施設を建設。

米国防総省の「中国の軍事力に関する年次報告書2015年版」によると、中国は14年に南沙諸島の5カ所で大規模な埋め立て工事を進めた。同年12月には2平方キロメートルだった埋め立て面積は早くも4倍の8平方キロメートルに広がっている。

中国は南シナ海のほぼ全域と言える広い海域に「九段線」を引いて、領有権を主張。1988年の南沙諸島海戦で、サンゴ礁に立てられたベトナム旗を守るベトナム兵ら約70人が中国人民解放軍海軍の銃撃で死亡。この海戦で中国はファイアリークロス礁やジョンソン礁などを手に入れた。

中国はウクライナの空母ヴァリャーグを完成させた「遼寧」を就航させ、前方展開能力をつけている。ファイアリークロス礁やスビ礁の滑走路や関連施設が完成すれば、南シナ海での中国の前方展開能力は飛躍的にアップする。

フィリピンも台湾もマレーシアも領有権争いにある島や岩礁に飛行場や滑走路を持っており、中国側にはこれに対抗する狙いがある。さらには人工島に桟橋を設けて人民解放軍海軍の守備隊を常駐させ、対空砲を設置、領有権を争う国々の潜水夫を排除する前線基地として使用するという見方もある。

中国の軍艦に追跡された米海軍の最新鋭沿岸海域戦闘艦と同型艦(米海軍HPより)
中国の軍艦に追跡された米海軍の最新鋭沿岸海域戦闘艦と同型艦(米海軍HPより)

南沙諸島の海域をパトロールしていた米海軍の最新鋭沿岸海域戦闘艦(LCS)が中国海軍のミサイル・フリゲート艦に何度も追跡されている。米海軍側は「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES)」に基づき事態がエスカレートするのを防いでいると説明している。

中国は、豊富な海底資源の確保、中東からの原油を輸送する海上交通路(シーレーン)の防衛という以上に、九段線で仕切った南シナ海の「国土化」を図り、最終的に米軍を追い出すのが狙いとみて良いだろう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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