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ギリシャ6月危機にみる債務大国ニッポンの未来

木村正人在英国際ジャーナリスト

「返すカネがない」

「すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である」(トルストイの『アンナ・カレーニナ』)

債務が返済できるかどうかの瀬戸際に立つギリシャと、6月末に財政健全化計画を決める日本。同じように膨大な政府債務を抱えていても、問題のかたちは大きく異なっている。

まずギリシャが6月の債務を返済できるかどうか。

メディアは恒例行事のようにデフォルト(債務不履行)の危機感をあおるが、ギリシャ10年債の金利は11%台。40%に迫った2012年の欧州債務危機の最悪期に比べるとまだ市場は落ち着いている。

「6月、国際通貨基金に対して4回の返済があり、その合計は16億ユーロ(下のグラフでは15億ユーロになっている)だ。返済するカネはない」。ギリシャのブチス内相は地元テレビに出演し、こう言い放った。ブチス内相は、チプラス首相率いる急進左派連合(SYRIZA)の中でも極左グループに属する。

ギリシャの分割払いのスケジュールは次の通り

6月5日 国際通貨基金(IMF) 3億100万ユーロ

6月12日 短期国債 16億ユーロ

6月12日 IMF 3億3900万ユーロ

6月12日 短期国債 20億ユーロ

6月16日 IMF 5億6500万ユーロ

6月19日 IMF 3億3900万ユーロ

6月19日 短期国債 16億ユーロ

6月危機が去っても7月、8月と危機はまだまだ続く。

筆者作成
筆者作成

プライマリーバランスは黒字化しているギリシャ

ギリシャ財務省の2月財政統計によれば、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字は12億3800万ユーロ。財政収支は1億9400万ユーロの赤字で政府目標(7千万ユーロの赤字)を下回った。

財政の劣等生ギリシャですらプライマリーバランスの黒字化を達成している。英紙フィナンシャル・タイムズの著名コラムニスト、ウォルフガング・モンシャウ氏はこんな話を耳にしたそうだ。

国内総生産(GDP)比で2.5%のプライマリーバランスの黒字が機能する。これに対してギリシャ政府は1.5%にハードルを下げるよう求めている。しかし交渉の原案には3.5%と記されている。以前の条件では2016年以降は4.5%と定められていた。

4.5%のプライマリーバランスの黒字目標について、モンシャウ氏は「バカげている」と記す。

ハードボイルドな風貌で一時、話題を呼んだギリシャのバルファキス財務相は英BBC放送に「ギリシャは4分の3まで近づいた。今度はユーロ圏が4分の1近づく番だ」と語った。しかし、ユーロ圏、欧州中央銀行(ECB)、IMFが相手にしているのはチプラス首相のみ。

SYRIZA内では現実主義派と最左翼強硬派「左翼プラットフォーム」の対立が深刻になっている。左翼プラットフォームは国営企業の売却などに反対しており、「越えられない一線を越えたらユーロ離脱だ」と息巻いている。

ユーロ圏、ECB、IMFと党内の左翼プラットフォームの板挟みになっているチプラス首相の綱渡りは果たしていつまで続くのか。債権者の中でもIMFの見方は厳しい。市場はギリシャの偶発的なデフォルトを警戒している。

日本は名目成長率3%以上を実現できるか

これに対して、政府債務がGDP比で240%に迫る日本では、日銀が異次元の量的緩和を実施し、長期国債の保有残高を毎年80兆円ずつ増やしている。安倍政権は今月末に財政健全化計画を決めるが、成長見通しがあり得ないほど甘い。

12日の経済財政諮問会議に伊藤元重・東大大学院経済学研究科教授ら4人の民間議員が提出した資料によると、2015年度の財政赤字はGDP比で3.3%(16.4兆円)。

民間議員が提出した資料より抜粋
民間議員が提出した資料より抜粋

内閣府の試算では実質成長率が2%以上、名目成長率が3%以上の高い経済成長を実現できた場合、18年度はGDP比2.1%(12兆円)、20年度は1.6%(9.4兆円)の赤字になる(上のグラフ)。名目成長率が平均1.5%のベースラインシナリオでは20年度のプライマリーバランスの赤字は16.4兆円だ。

名目成長率3%以上という見通しについて、IMFは「楽天的な成長想定」と指摘。英紙フィナンシャル・タイムズの社説は「日本の内閣府は名目成長率3~4%を想定して財政再建計画を立てている。20年以上も名目成長率がそのレベルに達したことがないにもかかわらずだ」と皮肉っている。

さらに今後5年、「経済・財政一体改革」に取り組むことで(1)経済成長・税収増で3.4%改善(2)消費税率引き上げで0.7%、歳出・歳入改革で1.6%改善――。歳出の自然増2.4%と差し引いて、プライマリーバランスを3.3%改善し、20年度に均衡を図るという。

日経新聞のコラムニスト平田育夫氏の「大見えを切る『財政健全化』」によると、「3%台の成長なら税収はもっと増えるという声も出てきた」「税収を上積みすれば歳出を9.4兆円も減らさずに済むとあって政権はこの議論に乗った」そうだ。

黒魔術

日本はもう日銀・異次元緩和のアクセルを踏み続けるしかない。アベノミクスに失敗は許されないからだ。市場から国債を買えなくなったら禁じ手の直接引き受けを解禁してでも国債の購入を続けなければ名目成長率3%以上を維持するのは難しいだろう。

円安誘導で国内に賃上げと設備投資の好循環を定着させることができるのか。インフレによって政府債務の対GDP比を抑え、経済成長と税収増でプライマリーバランスの黒字化を図るという黒魔術が奏功するかどうかは誰にも分からない。

外国に借金がほとんどない日本は、経常収支の黒字が続くうちは黒魔術を続けることができる。ただ財政健全化に勤しむ欧州で日本と比較できるのはドイツでも英国でもイタリアでもなくなった。問題児のギリシャでさえ、日本と比べると優等生に見えてくる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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