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ママ・ペナルティーを放置するな 男女平等社会の第一歩に

木村正人在英国際ジャーナリスト

遠い道のり

政府が19日、2015年版「男女共同参画白書」を閣議決定した。中身を見れば見るほど、男女共同参画への道のりは果てしなく遠いことが分かる。

昨年8月の意識調査で「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に「賛成」「どちらかといえば賛成」と答えた男性は46.5%、女性が43.2%。

2015年版「男女共同参画白書」より筆者作成
2015年版「男女共同参画白書」より筆者作成

それぞれ前回2012年調査の55.2%、48.4%を下回ったものの、女性の場合、04年、07年、09年調査を上回っている。

共働き世帯は年々増えて昨年は1077万世帯。専業主婦世帯は720万世帯に急落。だいたい共働き世帯6対専業主婦世帯4の割合だ。昭和55年(1980年)と比べると専業主婦世帯は394万世帯も減っている。

2015年版「男女共同参画白書」より抜粋
2015年版「男女共同参画白書」より抜粋

経済構造の変化が家族の形も変えている。が、日本ではまだ女性の間に「主婦願望」が根強く、専業主婦は勝ち組とも言われている。果たしてそれが正しい姿なのか。

「30歳の壁」がないBBC

英BBC放送でシンガポールを拠点に活躍し、第1子を出産後すぐに復帰した大井真理子記者がツィートしている。

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30代に入って第1子を出産し、育児に手が掛かる時期になると仕事か家庭かの選択に悩んで退職する典型的な「30歳の壁」が日本のNHKにはまだ残っている。それに対して英国では女性記者の出産・育児を会社ぐるみ、社会を挙げて支えるのが当たり前になっている。

だからBBCでは女性記者が育っていく。「30歳の壁」にぶつかって女性記者が大量に辞めていくNHKでは、優秀な女性記者が育つ確率は当然のことながらBBCに比べかなり低くなってしまう。だから公共放送はオトコ目線、日本もオトコ中心社会に傾きがちだ。

お腹の大きくなった女性記者が日常的にTVに登場してリポートすれば、だんだんそれが自然な風景になってくる。TV局は茶の間に直結しているだけに率先して男女平等に近づけていく努力が欠かせない。国会も同じことだ。

日本の労働生産性はイタリアより低い

男系男子の皇位継承、男系相続に基づく家・戸籍制度、血統主義の国籍法は日本の伝統と文化だと言う人がいる。男女平等を実現し、日本を再び成長させていくためにはその伝統と文化をおおもとから議論すべき時期が来ている。

日本人は勤勉と信じている人は多いが、悲しいかな労働生産性はそんなに高くない。就業1時間当たりの国内総生産(GDP)で比較すると、経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国中、実に22位。欧州連合(EU)の低成長国イタリアより下なのだ。

2015年版「男女共同参画白書」より筆者作成
2015年版「男女共同参画白書」より筆者作成

就業1時間当たりのGDPは36ドル。単一通貨ユーロ圏からの離脱が懸念されるギリシャは28.4ドル。欧米企業で残業をする日本人は能力がないから長時間働いていると思われている。

海外のNPO(非営利組織)でインターンシップをした筆者主宰の「つぶやいたろうラボ」の女性参加者は日本と同じように張り切って夜遅くまで作業をしたところ、上司に叱られたそうだ。「あなた仕事が時間内にできないの」と。

それが現実だ。最近ではオフィス代を節約するため在宅勤務を導入する企業が英国では増えてきている。

日本にはまだ単身赴任という非人間的な制度がある。12年の総務省「就業構造基本調査」で単身赴任者は99万人。年次有給休暇取得率も女性56%に対し男性45.6%。これだけ生活を犠牲にして働いても労働生産性は上昇しない。

2015年版「男女共同参画白書」より抜粋
2015年版「男女共同参画白書」より抜粋

有給休暇をきちんと取得して午前9時から午後5時までの間に仕事を終わらせる工夫をしなければ労働生産性は向上しない。

育児休暇の取得率は2%台

その次に男性の育児休暇は必ず100%取得させる。そうでないと海外の優秀な人材は日本で働くことを望まない。

同

有給休暇と同じで育児休暇も取得しないことが会社への忠誠心のバロメーターだ。民間企業の育児休暇取得率2.03%はほとんど取得していないも同然だ。法律や制度があっても日本では会社の論理が優先する。年金、健康保険や手当、退職金といったメリットに加え、正規雇用というステイタスを失えば、生活は一気に不安定になる。

共働き家庭でも夫の家事・子育て参加率は低い

長時間労働でも無理な上司の注文でも黙々と耐えることが合理的な経済判断なのだ。それでは労働生産性が向上するはずもない。疲れ果てた夫の家事・育児参加率は先のエントリーでも指摘した通り、日本は先進国の中で断トツに低い。

同

日本の1日1時間7分はノルウェーの3時間21分の3分の1。労働生産性ではスウェーデンは逆に日本の30%近く高い。女性の社会進出が進んだスウェーデンでは働き方の効率性を追い求め、労働時間をできるだけ短縮しようとしている。そちらの方が長時間働くより労働意欲が湧いてくる。

日本では共働きの世帯(下図の左側)でも夫の家事、介護・看護、育児の参加率は非常に低い。男性の方が女性より賃金が高いからだ。これだけ負担を押し付けられ、虐げられては、妻になろう、母になろうという女性が減るのもむべなるかなである。

同

プムジレ・ムランボ=ヌクカ国連女性機関事務局長がロンドンで講演した際、こんな数字を挙げた。米国で無給の子育ての総価値は12年に3兆2千億ドルに達したと推定されている。もし子育てが産業化したら、こうした労働は女性によって担われるだろう。

フランスでは女性の生涯年収は母親になるため男性より21~75%少ないとみられている。母親になることがペナルティーになる状況を放置していては誰も子供を産みたくなくなってしまう。

日本は飛び立てるか

世界は持続可能な社会を目指して、男女平等に大きく舵を切り、前進している。北欧諸国をはじめ、フランスや英国でも合計特殊出生率が回復してきている。少子高齢化が急速に進む日本は果たして変われるのか。経済優先で子育て支援の環境を整えず、女性の就業率を上げる政策だけをとれば出生率はさらに下がるだろう。

これは女性だけの問題ではなく、社会全体の問題だ。男性の働き方も変化を求められている。女性が働きながら出産、夫と協力しながら子育てをして職場に復帰する。それを政府が支援する。教育から男女平等を徹底し、賃金格差を生じないようにする包括的な政策が欠かせない。

日本は変わらなければ一定の人口規模を持続できない。それなのに企業利益の最大化を最優先課題にして、社会政策は後回しになっている。飛ぶ必要がなくなった鳥はどうなるか。翼がどんどん退化していつの間にか飛べなくなってしまう。地上で外敵に狙われ、飛ぶ必要に迫られても、二度と飛び上がることができない。

日本はまだ翼が完全になくなってしまわないうちに、飛ぶ努力を始めた方が良い。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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