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邦人保護やシーレーン確保の備えは十分か 真剣に安保論議を

木村正人在英国際ジャーナリスト

「イスラム過激主義者を許容しない」

チュニジア北東部スースのホテルで外国人観光客ら38人が殺害された事件で、英国では29日、1分間の黙祷が捧げられ、キャメロン首相が「英国はイスラム過激主義者を許容してはならない。私たちの価値を守るためもっと強くなろう」と呼びかけた。

グーグルのマイマップで作成
グーグルのマイマップで作成

確認された英国人観光客の死者は18人だが、最終的に30人を超えるとみられている。英オックスフォードシャーのブライズ・ノートン空軍基地から飛び立った英空軍輸送機C17が現地で英国人負傷者を乗せ、帰還した。

今回の事件で銃乱射の実行犯、サイフディン・レズギ容疑者(24)が射殺された。同容疑者は自分のフェイスブックで過激派組織「イスラム国」(IS)へのシンパシーをほのめかしており、ISも26日、犯行声明を出した。

シリアやイラクで勢力を増すISには約100カ国から総勢2万人のイスラム教徒が外国人戦士として参戦。うち4千人が英国を含む欧米諸国から流入している。これまでISは国際テロ組織アルカイダと異なり、イスラム国の建国を再優先にし、国際テロには力点を置いていないと分析されていた。

指揮系統がはっきりしているアルカイダに比べ、ISのメッセージはソーシャルメディアを通じて不規則に拡散していく。このため、それぞれの国で繁殖する過激分子が不規則なメッセージにどう反応して、いつ、どのような行動を起こすのか予測するのは不可能だ。

英国では2005年7月7日のロンドン同時爆破テロ(7・7)で実行犯4人が自爆、地下鉄やバスの乗客52人が死亡している。

キャメロン政権はイスラム過激主義対策として、過激派組織が公の場でヘイト・スピーチを行うのを禁止したり、監視プログラムを強化したりする法案を議会に提出。7・7以降最大の犠牲者を出した今回の事件を機に、テロ対策を強化し、小・中学校にイスラム過激主義が入り込むのを防ぐ手立てをとる方針だ。

1年で3097回の攻撃を繰り返したIS

国防・安全保障情報会社IHSジェーンのテロリズム・反乱センターは29日、ISがカリフ制イスラム国家の樹立を宣言してからちょうど1年になるのに合わせて、ISの勢力と攻撃数を示す地図を公表した。ISはこの1年間で中東・北アフリカを中心に3097回の攻撃を繰り返している。

地図の黒い境界で囲まれているのはISが公式に「行政区(wilaya)」と宣言した地域だ。シリアやイラクだけでなく、アフガニスタン、パキスタン、サウジアラビア、イエメン、リビア、アルジェリアなども「行政区」に指定されている。ISの攻撃がシリアとイラクに集中していることが一目瞭然だ。

IHS Jane’s Terrorism & Insurgency Centre
IHS Jane’s Terrorism & Insurgency Centre

ISにシンパシーを感じる一匹狼のイスラム過激主義者がいつどこでテロを起こしてもおかしくない状況になっている。日本も邦人が海外でテロに巻き込まれた場合、どうするのか入念なシナリオを立てておく必要がある。

ISが今後、海上能力を身につけ、ペルシア湾や紅海に機雷を敷設する可能性も否定できない。そのとき海上自衛隊が機雷掃海に駆けつけることができるのか。日本では憲法9条の解釈をめぐる硬直した教条的な議論が半世紀を越えて続けられ、自民党では安倍晋三首相の歓心を買うため常軌を逸した暴論が飛び交っている。

国民の生命と財産を守るのが防衛の基本である。憲法は集団的自衛権の範疇に入るセルフディフェンスを禁止しているわけではないと筆者は考える。しかし最近の政治状況を見ていると、歯止めが必要なのは自衛隊ではなく、「真正保守」を名乗る自民党の一部勢力であることを痛感する。

複数の国々と国際協力を強化している防衛省と自衛隊は外務省以上に国際化している。一番怖ろしいのは歪んだナショナリズムに陶酔する政治家とそれを称賛する突出した一部世論。そして自らの出世のために時の政権に追従する官僚たちだ。大手メディアは左と右の不毛な議論に熱中し、真剣な安全保障論議を放棄してしまっている。偏ったナショナリズムの猛毒が防衛省にまで回り始めると、それこそ取り返しのつかないことになってしまう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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