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世界は「機雷除去は海自掃海に任せるのが当然」と思っている 元タンカー乗りが怒りの直言(下)

木村正人在英国際ジャーナリスト

超大型タンカーVLCCの船長を務め、ホルムズ海峡を何十回も航行、1980年代のイラン・イラク戦争、イラン軍・イラク軍がタンカーなどの船舶を攻撃したタンカー戦争、91年の湾岸戦争など「危機のペルシャ湾」をくぐり抜けてきた片寄洋一さんへの直撃インタビュー第2段。(次回は元海上自衛隊海将補で、91年のペルシャ湾掃海派遣時現地連絡官を務めた河村雅美さんからインタビューしている)

ペルシャ湾で海自は100%掃海を達成

――ペルシャ湾掃海はどのようなものでしたか

片寄さん「実践で鍛えられてきた海上自衛隊の実力は世界でずば抜けた実力を有しており、また世界はそれを認め、期待しています。ペルシャ湾掃海は最初にアメリカ海軍、イタリヤ海軍、イギリス海軍などが掃海に従事し、浮流機雷は除去しましたが、残りは海底に潜む磁気機雷で、この掃海は海上自衛隊にすべてを任せ撤収しました」

機雷除去の訓練(出典:海上自衛隊掃海隊群HP)
機雷除去の訓練(出典:海上自衛隊掃海隊群HP)

「100%の掃海を目指し、海上自衛隊掃海部隊の実力を発揮し、完全に100%の掃海を成し遂げました。世界の国々、特にタンカー乗りは『Japan Navy(正式にはJapan Maritime Self-Defense Force)』を大絶賛しております」

「確かに我が海上自衛隊が持つ掃海能力は、ずば抜けて世界一と賞賛されるモノです。ですからホルムズ海峡の掃海は海上自衛隊掃海部隊に任せるのが当然との考えです。これこそが国際貢献であり、しかも最大の利益を得るのは我が国の輸送路確保です。シーレーン防衛の最大の功績です」

機雷掃海は憲法を踏みにじるのか

――シーレーン防衛と安全保障関連法案の審議についてどう思われますか

「ところが我が国ではシーレーン防衛の重要性を理解できずに自衛隊掃海部隊の活躍をまったく無視するか、憲法を踏みにじるとんでもない違法行為のような受け取られ方で、誠に義憤を感じています」

機雷処分後の海底クレーター(出典:海上自衛隊掃海隊群)
機雷処分後の海底クレーター(出典:海上自衛隊掃海隊群)

「日本は海に囲まれた国ですが、江戸時代の鎖国令を引きずったままの感覚で、海運に関する知識も関心も低く、国民生活の必需品がどのようにして輸送されているのか関心がありません。これは国民の全体の発想、価値観で、(シーレーンの重要性を理解していなかった)戦前の軍部の発想そのものです」

「石油がどのようにして我が国に運ばれているのか、あるいは他の輸出入の実態をどう理解しているのか、誠に無責任な国民性なのでしょうか。最近はシーレーン防衛の論議もなくなり、平和を満喫できるのは憲法9条があるからであって、はるか遠く、ホルムズ海峡での掃海などとんでもない」

「そのようなことは外国海軍に任せておけば良い、何もしないことが平和に繋がるのだという身勝手な論考が行われており、シーレーンの重要さなど露ほども考えておりませんし、理解もしておりません。現場で散々苦労してきた身としては口惜しい限りです。日本国民に警鐘を鳴らさなければならない思います」

ペルシャ湾にはゲリラも存在

――他に心配事はありますか

「もう一つの心配事は、海運日本とは名ばかりで、日の丸を掲揚して航行している船舶はほんのわずかしかおらず、大半はパナマ籍、リベリア籍で、乗組員も多国籍で日本人の船乗りはわずかしかおりません。四方海に囲まれた海国日本が、外国籍ばかりの船舶で、どうやって海運を護れるのか心配です」

「どうかこの点も警鐘を鳴らしてください。私は海上の経験があるだけの老爺ですが、僅かでもお役に立てばとの想いがあり、もう一例を報告します」

「ペルシャ湾では機雷ばかりが障害になっているのではなく、もっと直接的なゲリラが存在します。スピードボートに重機関銃を搭載し、猛スピードでジグザグに接近しては、銃撃を浴びせ、反転して素早く逃れ、島陰に隠れてしまいます。タンカー戦争中はアメリカ海軍の駆逐艦が護衛していたのですが、イラン領海内の島陰に逃げ込んでしまうと、それ以上の追跡は出来ないのでお手上げでした」

「我々タンカー側は、見張りを厳重にし、襲来を察知したときは、甲板上からは船内に退避し、また防衛策として消火銃での散水で防御しますが、効果はまったくありませんでした。また狙って銃撃するのは船橋です。海面から40メートくらいの高さですから、下から狙うので、乗組員が直接被弾することはないのですが、船橋の室内に飛び込んできた弾丸は室内を凄まじい音をたてて、飛び跳ね、跳弾から身を護るのは大変です」

日本国内でまったく報じられなかったゲリラのニュース

「といって狭い航路を航行中ですから、身を伏せるわけにもいかず、船長として前方を見詰めながら操船指揮を執っておりましたが、ホルムズ海峡を無事通過して、やっと食事が喉を通るようになります。それまでは船橋に立ったままお茶かコーヒーがやっとでした」

「海上のゲリラ戦とも言うべきこの戦術は、巨象を襲う一匹の蜂のようですが、これが怖ろしい蜂で、何しろ防御の手段を一切持たない巨象が茫然としているのですから、蜂の一刺しは怖ろしいものでした。このゲリラの実態は国内ではまったく報道されませんでした。船員の危険性はそれを承知で乗船しているのだから、ニュースとして価値はないということでしょか」

「ホルムズ海峡を無事通過すれば、これで安心はできません。次がマラッカ海峡の難関を通過しなければなりません。海賊が出る海域です。タンカーは舷側が高いので襲われる心配は少ないのですが、それ以上の難敵が存在します。それは水深21メートルと浅く、喫水がぎりぎりで満潮の時間帯しか航過できないことです」

「それで全航程を満潮時間帯内で航過できるよう綿密な航程表を造りますが、特に夜間航過する場合は灯台や導標を確かめながらです。霧や雨があると泣き出したくなるほどの緊張の連続です」

南シナ海埋め立ては「海上封鎖の脅し」の布石?

――南シナ海についてどう思われますか

「シンガポール沖合いで大きく変針して、南シナ海に入るのです。中国が岩礁を埋め立て飛行機の滑走路や、海軍基地を建設しているらしいですが、目的は何なのか、海底の石油資源だけが目的なのか、次に考えられるのは海上封鎖の脅しです」

南シナ海(グーグルのマイマップで作成)
南シナ海(グーグルのマイマップで作成)

「南沙諸島は広範囲の珊瑚礁帯で大型船はこの付近は航行できず、南沙の西側、ベトナム寄りの航路しかありません。一部パラワン島沖を航行できますが、大型船は航行できません。従って船舶の航行を封鎖するのは可能で、この航路を航過するのは日本、韓国、台湾、中国ですが、日本船だけを狙い撃ちするのは可能です」

「国会ではその心配はまったくされておりません。憲法論争ももちろん大切です。しかし国民の安全を護るのが第一と思います。老爺の戯言と一笑に付されそうですが、世に心配の種は尽きません」

(おわり)

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片寄洋一(かたよせ・よういち)外航船乗組、船長、通信長を歴任(日本籍、米国籍、ギリシャ籍、ポルトガル籍、パナマ籍、リベリア籍船など)。中東駐在員、ポートキャプテン、スーパーバイザー、マリンロイヤーを歴任した。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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