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「集団的自衛権と言っても他国の領海に勝手に入って行くことは想定外」元掃海隊群司令(下)

木村正人在英国際ジャーナリスト

ペルシャ湾掃海派遣時現地連絡官(外務省出向)、掃海隊群司令などを歴任した元海上自衛隊海将補の河村雅美さんからのインタビュー第2弾。「放って置くと悪いことをするからカギをかけて行かせないようにするというのは本末転倒の議論」と現在の国会審議に警鐘を鳴らしている。

――ホルムズ海峡が機雷で封鎖されたことはありますか

「昔どういうことをやったのかというと、ホルムズ海峡には機雷をまいていません。どちらかというと狙い撃ちしたような形跡があります。船がよく通る道筋があるでしょう。そこで相手を10キロ先に認めて、その航路筋に機雷を置いてくるということをやったと見ている学者もいます。どこで被害にあったかということを地図に落としていくと、いろんなところに置かれています」

UAEフジャイラ(グーグルマイマップで筆者作成)
UAEフジャイラ(グーグルマイマップで筆者作成)

「アラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラはペルシャ湾の外側です。そこにも機雷がまかれ、触雷している船もあるんです。どこに設置されるかわからない。ホルムズ海峡というのは今やみんな見ていますからね、衛星でも何でも。そこでやったらすぐに分かってしまうし、自分で自分の首を絞めることになります。だからそこにはまきにくいと思うんです。ホルムズ海峡の機雷封鎖は比喩的な表現であって、実際に国際海峡への機雷攻撃を行うと非難の的になります」

「サウジアラビアは紅海側にパイプラインを引いています。UAEの湾岸に面したオイルターミナルから外側のフジャイラというところまでパイプラインが敷設され、タンカーがホルムズ海峡に入って来なくても外側で積み出しできます。ペルシャ湾の中や外で機雷が設置されたときの備えが必要なんです」

「中東戦争の歴史では紅海側にも機雷はいくらでもまかれています。ホルムズ海峡だけを取り上げて、機雷の封鎖の可能性は少ない、パイプラインもあっちもこっちもできているじゃないか、そんなに困らないじゃないかという議論になっていますが、そうじゃないんです」

「逆にペルシャ湾の中や外でポツポツと触雷が起こると誰も行きたがらなくなります。どこにどの程度の機雷をまいたかが分からない限り、もう分からないわけです。狭いところだったら自分の通る所だけを一生懸命調べて、そこに機雷がなければOKということができます。そういうことを考えると『ホルムズ海峡の機雷封鎖』というのはたとえですよね。あまりそれに拘泥するとおかしな議論になってしまいます」

――過激派組織「イスラム国」がイラクやシリアで勢力を拡大しています

「機雷は非常に安いですから。公に売られています。たとえばイタリアの機雷が使われたこともあります。1万ドルぐらいから、もっと安いのは1500ドルぐらいのものもあります。スウェーデンだってイタリアだってフランスだって、どこだって武器を売っているわけです。機雷を売っている国はいくらでもあるわけです。造るのも比較的簡単だからです」

――実際に機雷掃海ということになるとどうなりますか

「それは状況によります。そういうところでは嫌だという国もありますし、やらないと自分は困ると考える国もあります。国それぞれでしょう。戦史をみると、タンカー戦争では、ペルシャ湾の中でも外でもタンカーが被害を受けました。これは商船に対するイランの無差別攻撃だということで、俺は嫌だ、行きたくないと言っていた連中も来てやるようになった。戦時だったけれどもイギリス、フランス、イタリア、ベルギー、オランダなどはやったわけです。それはそれぞれ国の判断です。アメリカはその前から日本に一緒に来てやってくれ、やってくれと言っていました」

――掃海作業を行う時に制海権や制空権は確保されていますか

「いつもそうとは限らないです。掃海艇というのは普通、20ミリ機関砲しか持っていません。自分を守るための機関砲ではなくて、浮いている機雷を処分するためのものです。そのため発射速度なども遅くしてあります。要はプカプカ浮いている小さな機雷を撃つことが目的だからです」

「航空機を撃てるかと言うとまったくダメでしょうね。だから掃海は普通、他の艦に守られた状態でやります。ちなみに1991年のペルシャ湾掃海を米国と日本が一緒になってイランに近いところでやったとき、オーストラリア海軍の軍艦は『自分たちが守っている』と公言していました」

「日本はオーストラリア海軍に守ってくれと頼んだわけではありません。戦争が終わったとは言え、不満分子とかいろんな過激派とかリスクはゼロではないわけです。戦争が終わったからと言って戦闘状態が起こらないわけじゃあないでしょ。もう平和の状態でまったく危険はありませんと、そんなわけにはいきません、常識的に」

「ペルシャ湾掃海ではイタリアの最新鋭の機雷マンタが使われていました。エイのようにずんぐりむっくりしてステルス形状なんです。ソーナーに映らないものもあります。機雷は新旧織り交ぜてありましたが、大半はソ連の前のロシアの1908年ごろのデザインでM-8という機雷をモディファイしたものでした。どうやら北朝鮮から入ったとみられるものや、東ドイツ製と思われるものもありました。パッキンに獣皮や日本製の電池が使われたりしていました」

――国際協調の中での機雷掃海はどんな形になりますか

「掃海する時に護衛する艦が必要になってきます。日本が護衛をやるやらないは別にして、日本は掃海だけやりますよ、他の国は守りますというようにそれぞれ得意分野があり、国によってそれぞれ法的な制約も違っています」

「自分で完結した形でやるのではなくて、私は機雷除去をやる、日本と何カ国はやります、守るのはアメリカがやりますと。協調してやるというのはそういうことです。テロ対策の場合には沿岸国の力が期待できます」

――集団的自衛権がないと起きる不都合は

「(掃海部隊の派遣を見送った)タンカー戦争のときのように、能力はあるけれど何もできないということになります。それで良いのでしょうか。一番困るのは自分たちでしょ。すべて他人任せになってしまいます。他にそれで中東への石油依存度を減らすようなことはやっているのかというと、やっていないわけです」

「原子力だって、福島第一原発事故で大きな影響を受けています。あとはオイルサンドもメタンハイドレートも代替にはなり得ないわけです。そういう状態が当面ずっと続いていくわけですから、そこでできませんと言って他の国にすべてを任せたままにしておいて良いはずがありません」

「第二次大戦以降も戦火の絶えない中東では、紅海、ペルシャ湾、オマーン湾で機雷が使用されてきました。特にイラン・イラク戦争末期のタンカー戦争ではオイルショックが起きました。このような場合は、戦時か平時かにかかわらず、沿岸国の要請を受けて我が国も掃海を行うべきだと思います」

――海上自衛隊はペルシャ湾での多国間共同訓練に2011年以降継続して参加しています

「米海軍のウェブサイトを見ますと、特定の国を対象とするものではなく、抑止効果を含め過激派テロなどから通商航路を守るための多国間訓練という位置付けのようです。2012 年9月には米海軍が主催する最大規模の国際掃海訓練が中東地域で行われ、海上自衛隊掃海部隊の掃海母艦うらが、掃海艦はちじょうを含む30カ国以上の海軍が参加しました」

「この訓練は、各国の掃海能力を用いて、通商と通航の自由を維持するため国際社会とともに協力し活動することを使命にしていました。国際的な通商路の要衝(チョークポイント)の一つであるホルムズ海峡を念頭に置いた訓練であったことは明らかです。核開発をめぐってイラン情勢が緊迫する中で行われた訓練を通じ、国際社会がイランを牽制し、海峡封鎖を抑止したと考えるのが自然だと思います」

海の中で発見された不発弾や機雷を処理する水中処分班(海上自衛隊掃海隊群HP)
海の中で発見された不発弾や機雷を処理する水中処分班(海上自衛隊掃海隊群HP)

出典:海上自衛隊掃海隊群水中処分班

「安全保障の要諦は、まずは抑止であり、次いで、たとえ現実味が薄いとしても万が一に備えることであると思います。集団的自衛権についても、抑止効果を高めるために行使し得る軍事力の幅を保っておく上で不可欠なものという意義を重視して考えるべきではないでしょうか」

「そういうことが起きた時に何ができるのかということ以上に大切なのは抑止することです。海上自衛隊がペルシャ湾での共同訓練に参加しているのも一つの抑止です。けれども実際にはできないということになったら、それは何だということになります。それが知れ渡ってしまったら、日本は訓練には参加していても実際のときには来ないんだな、能力は高いんだけれど来ないんじゃあしょうがないということでは、抑止効果が薄れてしまいます」

「戦争に巻き込まれるという議論ではなくて、抑止するために憲法上許される範囲内でマキシマム(一番大き)なところをとっておくことが一番の抑止になると思います。放って置くと悪いことをするから足かせも二重、三重にしておく、カギをかけて行かせないようにするというのはあまりにも本末転倒の議論じゃないかなと思えてなりません」

――機雷の除去は実際、他国の領海に入ってすることもあるんでしょうか

「それは要請がない限り、ないでしょう。来てやってくれと言われない限り、勝手に行ってやるわけにはいきません。いくら集団的自衛権と言ったって、そういうことは想定していない。それはやらないでしょう」

河村雅美(かわむら・まさみ)元海上自衛隊海将補。1947年東京都生まれ、防衛大学校卒(14期)。1970年海上自衛隊入隊。掃海艇「にのしま」艇長、第14掃海隊司令、ペルシャ湾掃海派遣時現地連絡官(外務省出向)、掃海隊群司令などを歴任後、2003年に海将補で退官。

参考:海洋政策研究財団「海洋安全保障情報月報2012年9月号」

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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