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女性専用車両の導入が今ごろ英国で取り沙汰されている

木村正人在英国際ジャーナリスト
2005年に首都圏の鉄道で一斉導入された女性専用車両(写真:ロイター/アフロ)

英国の最大野党・労働党の党首選で、候補者4人のうち最下位から一躍、大本命に踊り出た左派のジェレミー・コービン氏が性犯罪を防止するため女性専用車両の導入を検討する可能性に言及したことから、女性専用車両の是非が活発に議論されている。

日本では痴漢防止のための女性専用車両が市民権を得ている。「英国では今ごろ、女性専用車両ですか」と不思議に思う方もおられるかもしれない。実はブリティッシュ・レイル(英国鉄道)では1874年に女性専用車両が導入されたが、利用者が激減し、1977年に廃止されている。

きっかけは、イングランド、スコットランド、ウェールズの3地方の鉄道や駅で発生した性犯罪が2013年度から14年度にかけ282件も増え、1399件に達したとの報告書をブリティッシュ・トランスポート・ポリス(英国鉄道警察)が発表したこと。25%も上昇した。

対策として女性専用車両が持ちだされたのだが、英国では性犯罪対策の議論は歓迎されても、女性専用車両への支持は極めて少ない。「コストがかかる割には、それほど効果が期待できない」「女性専用車両は最善策ではない」というのが多数意見だ。

「女性専用車両は、女性はレイプされるような場所に行くなという発想につながる。もし被害者が女性専用車両を利用せずに性犯罪の被害者になったら、女性専用車両に乗っていなかったことが非難にさらされる恐れがある。それでは本末転倒だ」

性犯罪被害者支援センターの関係者は英BBC放送にこう話している。加害者の行動に焦点を当て、公共交通機関での性的嫌がらせや言葉の暴力を厳格に取り締まるのが先決だ。さらに鉄道や駅での性犯罪被害者は女性に限られているわけではない。ロンドンでは被害者の約2割が男性だ。男性への性犯罪は女性専用車両では防げない。

コービン氏への反発を強めている労働党の下院議員は「女性専用車両というアイデアは南アフリカのアパルトヘイト(隔離政策)と同じだ」とこき下ろしている。しかし世界を見渡せば、日本、メキシコ、インド、ブラジルなど女性専用車両を導入している国は決して少なくない。

インドでは2012年12月に、ニューデリーで女性の医学部実習生が婚約者と一緒に無認可のバスに乗って集団レイプされ、死亡した事件が記憶に生々しい。

日本では00年以降、痴漢防止のため女性専用車両が導入されるようになり、05年5月、首都圏の大手私鉄9社と東京都営地下鉄が朝の通勤時間帯の女性専用車両を一斉に導入した。

警察当局が10年に電車内の痴漢行為で検挙された219人に対して聞き取りを行ったところ、通勤・通学の路線で痴漢をしていたのが147人(67.1%)。通勤・通学の時間が123人(56.2%)。111人(50.7%)が偶然近くにいた女性に対して痴漢を行っていた。

東京、名古屋、大阪で電車通勤・通学している16歳以上の女性2221人に意識調査を実施したところ、過去1年間に痴漢にあった304人のうち、「我慢した」が160人(52.6%)、「その場から逃げた」137人(45.1%)、「犯人に対して何らかの行動を起こした」82人(27%)だった(複数回答)。

304人中、271人(89.1%)は警察に届けていなかった。痴漢の防止対策としては「特にない」が817人(36.8%)、「女性専用車両に乗る」761人(34.3%)、「座席の前に立つ」414人(18.6%)だった。

男性1035人に対する意識調査では、通勤・通学時に電車内で痴漢に間違えられるのではとの不安を感じている人が617人(59.6%)にのぼった。痴漢に間違われないよう気をつけていること(複数回答)は「両手でつり革を持つ」460人(44.4%)、「手を上の方に上げておく」428人(41.4%)、「女性の近くに乗らない」426人(41.2%)。

男女の回答を合わせると、痴漢防止に効果的だと思うこと(複数回答)は「女性専用車両」1719人(52.8%)が1位。次いで「電車内の防犯カメラ」1476人(45.3%)、「警察の取締り強化」1255人(38.5%)の順だった。

「通勤時間帯に女性専用車両だけがゆったりしているのはいかがなものか」「男性専用車両もつくって」という不満もくすぶる。しかし、日本では「痴漢にあいたくない女性」と「痴漢に間違われたくない男性」の利害が一致していることも女性専用車両を普及させた。

女性専用車両の広告ビジネスも定着している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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